今明かされる!“世界の大道芸の館”の運命!?

1999年3月5日にオープンして、わずか3ヶ月で閉館となった今では幻の“大道芸の館”。
くれふはしの目から見た、一部始終をここにご紹介。
オープンから閉館まで、そして、その後・・・・。
(都合上あいまいな部分もありますが、“うそ”は書いていませんのでご了承下さい。)


オープン前から、大道芸関係者・ファンの間ではかなりの注目度だった館。
まずは、“大道芸の館”とは何ぞや?ってところから。

*世界中でブラボー!と絶賛されたトップ・エンターティナーたちが岩国に集結!*
*ここが、大道芸のブロードウェーになる。*
大道芸と地ビールを楽しむエンターテインメントシアター“世界の大道芸の館”
とのふれ込みでオープンした館。
場所は、山口県岩国市、錦帯橋のすぐそば(西側)で、JR岩国駅からバスですぐ。
1日3組が3回公演を行う。
価格は1公演2,990円(税込み)で、錦川上流の清水でつくった地ビール「オッター・フェスト」(旭酒造、330ml)またはジュースつき。4歳〜中学生は、2,380円(税込み)。
地ビールを飲みながらパフォーマンスを楽しむというもの。シアター形式で、60〜70分。

オープン時点で、すでに1年後の2000年2月までの予定がほぼ決まっていた。ひとりのパフォーマーは基本的に2ヶ月間公演を行う。
当然私は2ヶ月ごとに岩国に行くつもりであった。が、それは結局幻に終わることに・・・・。

第1回目潜入!
1999年3月28日、早速行ってみた。
詳しいレポートは→こちら

このレポを書いた頃は、まさかこんな運命になろうとは思ってもいなかった。
岩国という場所、高い価格などから、「大丈夫?」との不安も実はあったんだが・・・・。リピーターに期待していたらしいが、それでは高すぎる!私のような人間は、それでも行くけど、そこは岩国。そんな人が一体何人いるってんだ?
でも、思いはいろいろあれど、お客さんはいっぱい入ってたし、滑り出しは上々かな?

第2回目潜入!
1999年5月22日。(詳しいレポはありません。)
フリップ・リプレイ、エニグマティック・エバ、ヨーヘン・シェルの3人。
もちろん、3人とも公演は素晴らしかった!!そう。出演者は問題ないのです。
それなのに、私の不安は増して行った・・・・。この日、「つぶれるのは時間の問題だな。」と確信した。
そう思うには、もちろん具体的な理由があった。
・価格が下げられた。(ビールも付いていない。)さらに、次回の為に割引券まで渡された。
・1公演ごとの入れ替え制だったはずなのに、次も見て行かないか?と言われた。
など。お客がいてなんぼ、の世界。私が行ったときも、10名程度だったし、とにかくお客を入れたいというのが痛いほど伝わってきた。某タウン誌にも、入場券プレゼントの懸賞があったり・・・・。

運命の日
それは、あまりに早く訪れた。
1999年6月2日、新聞に「閉館」の文字が。ショックなのと同時に、やっぱり・・・・。
いわゆる経営不振。時間の問題とはいえ、予定が決まっている1年後まではもつだろう、と思っていたんだが。思った以上に事態は深刻だったらしい。
1999年6月1日、閉館。

今だから大っぴらに言えるが、お客が入らないのは、価格の問題だけではなかったと思う。それ以前に「知名度」があまりに低すぎたんじゃないか?岩国(山口県内)でどれだけ浸透していたかは分からないけど、通勤圏内というぐらい近い広島市に住んでいて、テレビCMは1回見た程度、チラシも見たことがない。さらに岩国駅でも、ポスターもチラシも全く見なかったし。(ちなみにチラシ自体は存在する。館の前で配っていた。)
ちなみに私は新聞と直接の問い合わせで細かい情報を得ていた。

復活!?
2000年2月8日“大道芸の館”が生まれ変わるという新聞記事を発見。と言っても、建物を改装して別の施設になるというもの。もちろん“大道芸の館”ではなく、「ピエロ人形の展示館」兼「喫茶店」。
それでも、あのせっかく作った立派な建物は今後どうなるんだろう?と思っていた私は良かった、と思った。そして、いつかその姿を見に行こう!と思った。

2000年4月2日、岩国に行くチャンス到来!
夜、コンサートへ行く予定が入ったので、その前に行ってみることにした。
前回、回数券を買わなくて結局助かったバスに乗り、錦帯橋へ。1年前までは、2ヶ月に1回来ると思っていた場所。橋から見えるあの白い建物は・・・・“大道芸の館”のときのまま。何だかすごく妙な気分。近くに行くと、名前が“いわくに屋”になっていて、“ピエロの館”の文字も見える。外観は、チケット売場がなくなったくらい。
ホールだった地下に行くと、ほとんどのものが“大道芸の館”のときのまま。カウンターにはケーキやクッキーなどが並んでいる。客席だった所にテーブルといすが並び、喫茶コーナーになっている。この床は、はり変えたらしい。でも、壁はそのままで、レンガっぽいピエロのシルエットは残っている。舞台だった所は段がそのまま使ってあって、ここがピエロ人形の展示場になっていた。
スクリーンもちゃんと活用されていて、パントマイムなどをやっている舞台の映像を流している。(実はこの映像、ほぼ間違いなく“SIRIUS”のTENSHOさんなのです。)
ピエロの展示もステキで、ケーキもおいしかったけど、この場所への思い入れが強かった分、ちょっぴり寂しい訪問だった。

そしてまた、こんな結末が!
2000年7月、1枚のハガキが届いた。
この館にピエロ人形を提供している収集家の女性。“いわくに屋”に行ったときに書いた芳名帳をもとに出されたハガキ。前にも1度、彼女の展示会の案内のハガキが届いたことがあったので、またそういうものだろう、と思って読んでみる。
そして驚いた。何と人形はすべて“いわくに屋”から撤収したという。理由は、経営者側とのちょっとしたトラブル。彼女も悩んだみたいだけど、結局思い切って撤収の道を選んだらしい。
大道芸→ピエロ人形へと落ち着いたかに見えた館。まさか、またこの短期間でこんなストーリーがやって来ようとは。あの館には、何かある!と思わずにはおれません。

人形がいなくなってから、館が今どうなっているかは私も知らない。恐らく、喫茶店をやっているのでは、とは思うけど。
近くに行く機会があれば、行ってみるつもりです。もし、誰か行くことがあったら、ぜひ様子を教えて下さい。

最後に誤解のないよう書きます。
これは、決して誰かに対して悪意を持って書いたものではありません。オープン前から期待していた施設で、本当に深い思いのあったものだっただけに、すごくすごく残念な気持ちでいっぱいなんです。今(2000年12月現在)でも「どうして?」という思いがまだ自分の中にあります。
たぶん、この館のことが知りたいと思っている人が少なからずいます。そして、恐らく私は部外者としては、いろいろ知っている部類なので、まとめて、HPの中にページを作りました。
今後、こんなことが起こらないように、今からできる施設があれば、主催者、出演者、客、みんなが気持ち良く楽しめるように・・・・そんな期待もこめて書きました。
言うほど簡単じゃないのも分かっていますが・・・・。

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