夢見る夏のFestival
何故彼女は俺を誘った?
そして何故、俺は彼女の誘いに応えた?
疑問は加速し、増殖する。
おそらく答は単純なのだろう。
しかし、その答が導き出せない。
「ごめんなさい、相良くん。やっぱり・・・・・・迷惑でしたか?」
「いや、問題ない。俺は楽しいが」
彼女が嬉しそうに微笑む。
「そう言ってくれると嬉しいです−とても」
微笑み−傷ついた心さえ癒してくれるような。
千鳥がくれる元気とも、大佐殿がくれる力とも違う何か。
彼女と話していると、何故か心が安らぐ。
何故だろうか?
境内は様々な露店で賑わっていた。
真剣な顔で金魚すくいに向かっている子供がいる。
仲良くたこ焼きを食べている兄弟がいる。
そして射的に熱中しているクルツがいる。
・・・・・・クルツがいる?
「・・・・・・クルツ。何をしている?」
宗介は思わず問いかけた。
「よぉソースケ。・・・・・・あれ?誰、この可愛い子?」
「えと、佐伯恵那といいます。相良くんの同級生です。あの、あなたは?」
「あ、俺クルツ・ウェーバー。ソースケの親友といった所かな?」
ソースケ、と呼ぶのを見て恵那の心がさざめいた。
(名前で、呼びたいな・・・・・・)
『彼女』は彼のことを名前で呼んでいる。
でも自分はまだ『相良くん』のまま。
(悩んでるだけじゃ、駄目だよね)
もっと彼の側にいたいから。
もっと側に感じたいから。
(よし!決めた!今日から・・・・・・名前で呼んじゃおう!)
現実に戻り、顔を上げる。
そこにいたのはクルツただ1人。
(・・・・・・あれ?)
「あの、相良くんは?」
「ん。綿菓子買いに行かせた。君に聞きたいことがあってね」
「なんでしょうか?」
「んーと。恵那ちゃんは何であいつの側にいるんだい?」
もっともといえばもっともな質問。
普通の女の子なら逃げ出していてもおかしくない。
(あたしは・・・・・・)
一瞬の躊躇。しかし恵那は答えた。
この人なら信用できる。そう信じて。
だから包み隠さず話した。
手紙を爆破されたこと。凄く傷ついたこと。彼の過去を知ったこと。
想いを捨てきれなかったこと。やっぱり彼が好きだってこと。
そして。
「それである日、真っ赤なバラの花束持って来てくれて・・・・・・」
(・・・・・・どこかで聞いた話だな)
「『これが君に対する俺の気持ちだ』って・・・・・・」
真っ赤になってうつむく恵那。
(あらま。相手はカナメちゃんとばっかり思ってたけど。なるほどねぇ)
「相良くんが花言葉とか知ってるとも思えないけど」
(そりゃそうだろな。なんせそーしろと言ったのは俺だし)
「でも、嬉しかったんです。だから、負けません」
きっぱりと、恵那。
「千鳥さんにも、誰にも負けません」
(・・・・・・いい子じゃないか。本当に)
やがて宗介が綿菓子を三つ抱えて戻ってきた。
「・・・・・・遠かったぞ」
少し憮然としながら宗介。頭にはさっきまで無かったボン太くんのお面。
「ソースケ、そのお面・・・・・・」
「な、なんだ。別にいいではないか」
「我慢、出来なかったんだな」
笑いをかみ殺しながら、クルツ。
「・・・・・・」
憮然とした表情の宗介。
「相良くん・・・・・・可愛いね、そのお面」
恵那の呟きに、宗介は。
「そうか?」
嬉しそうに笑った。
その笑顔が嬉しくて。
「うん。可愛いよ。そのお面も・・・・・・相良くんも」
思わず本音が洩れる。
「ぬぅ」
少し赤くなっている宗介。
「あはは」
嬉しそうに微笑っている恵那。
(・・・・・・結構お似合いじゃないか)
そんな二人が羨ましくて。
年相応の顔をしている宗介が嬉しくて。
(おし!どーせソースケの奴、カメラなんて持ってきてないだろうし)
クルツは懐からデジタルカメラを出し、二人に話しかけた。
「おし、ソースケ!写真撮ってやるよ!」
驚いたような表情の後、宗介ははっきりと答えた。
「俺は構わないが。佐伯、君はどうだ?」
ちょっと照れくさそうに。
「あたし、撮って欲しいです」
嬉しそうに、恵那。
見つめ合って、真っ赤になる二人。
(まったく、微笑ましいったら。この先どうなるかね)
未来に想いを馳せるクルツ。そこに不安はなかった。
(ま、なんとかなるっしょ。帰る場所がある、ってことは強さを産むから)
「ほらほら、じゃれてないで仲良く並ぶ!そのまま撮っちまうぞ!」
といいつつ実際は数枚は撮った後だったりするが。
「ぬ!」
「きゃ!」
妙な声を挙げながら、二人が並んだ。
「んー、もっとくっついて!」
「えと、これくらいですか?」
恵那が宗介にぴと、とくっつく。
宗介が緊張しているのがよく分かる。
(面白い!これは面白い!こんなソースケは初めて見たぜ!)
クルツは調子に載って次の指示。
「で、ソースケは恵那ちゃんの肩に手を回す!」
「こ、こうか?」
ぎこちなく、恵那の肩に手が回る。
恵那がたちまち真っ赤になる。
(本当、お似合いだよ。二人とも)
「ほらほら、二人とももっと笑って!」
幸せそうな微笑みを浮かべる恵那。
いつものへの字口の宗介。
しかし、クルツは気付いていた。
宗介が微かに−ほんの微かに微笑っていることに。
「データはまた後で送ってやるよ!楽しみにしてな♪」
楽しそうな笑顔を残し、クルツさんは去っていった。
「あはは。なんか、得した気分です」
「そうか?」
「だって写真に残るんですよ?今日のことが」
「そうか・・・・・・そうだな」
納得顔で頷く相良くん。
「君の方も嬉しそうだな」
飾り気のない言葉。このひとらしい言葉。
他の人は色々な飾りを付けた華やかな言葉で話しかけてくる。
でも、相良くんは違う。
とてもシンプルな言葉。
だから今のあたしは、相良くんを好きでいられる。
だから今のあたしは、相良くんを信じることが出来る。
「うん!だって、あたし・・・・・・」
でも、まだ、言葉に出来ない。まだ、勇気が足りない。
「どうしたのだ?」
「なんでもないです!さ、行きましょ!」
恥ずかしくて、駆け出す。そして。
「きゃ!?」
バランスを崩してしまった。地面が迫る。でも。
倒れるあたしを相良くんは抱き留めてくれた。
「あ、ありがと、相良くん」
「いや・・・・・・問題ない」
少しだけ照れた声で相良くん。何だか気恥ずかしくて、彼から身体を放した。
−ドキドキしたの、分かっちゃったかな?
相良くんを見ると、まだ不安そう。安心させてあげなきゃ。
「あ、もう大丈夫ですから・・・・・・」
でも、歩こうとして−足首に痛みが走った。
足を、挫いている。
そんなあたしを見て、相良くんは。
「・・・・・・」
あたしを、そのまま抱きかかえて歩き出した。無言で。
「は、恥ずかしいです・・・・・・」
お姫様だっこなんて。
「何故恥ずかしいのだ?君は足を怪我している。歩かせるわけにはいかない」
変わらない表情。
「−それだけ、ですか?」
それだけじゃ、嫌。それはあたしのわがまま?
相良くんを見つめる。相良くんはつい、と目をそらした。
信じたくない。信じたくないけど。
(相良くんはただあたしに負い目を感じているだけ?)
不安が生まれた。この夜の闇よりも暗く、深い不安が。
でも、不安の寿命はすぐに尽きた。
相良くんの言葉が不安を消し去ってくれた。
「いや−正直よく分からない。ただ、君とこうしていると・・・・・・」
相良くんが深呼吸をした。相良くん、緊張してる?
「何故だか、嬉しく思っている自分がいる。安らいでいる自分がいる」
あたしの目を見て。迷い無く。心が、伝わってくる。
「これでは、答にならないか?」
漂いはじめる心地よい沈黙。
その沈黙を破り、あたしは願いを言葉にした。
一歩踏み出すために。
「あの・・・・・・」
躊躇い。でも、言わなきゃいけない。
言わないと何も変わらないから。
「何だ、佐伯」
相良くんはじっとあたしの目を見つめている。
鼓動が高鳴る。深呼吸一つ。
あたしはゆっくりと言葉を紡いだ。
「宗介くん、って呼んで−いいですか?」
−微妙にバージョンアップ!
「何やってんですかっ!」
−だからバージョンアップ。
「要するに『あっ!この台詞入れたい!』症候群?」
−そう。
「全く。油断も隙もありませんね。そーてっくの新作はどうなってるんですか?」
−散!
「あ。逃げた」