〜Breeze〜
『君をいつも見つめています。君に想いを伝えたくて、こんな手段を選びました。本当は解っているんです。君が相良を好きだってことは。でも、僕はやはり君のことが好きです。君を見ているだけで呼吸が止まりそうになります。僕は覚悟を決めました。高梨さん、お話ししたいことがあります。今日の放課後、体育館裏まで来て下さい』
「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」
溜息が漏れる。晴れ渡る空に反して、かなめの心はどことなく曇っていた。
原因は分かっている−高梨湊。最近転校してきた宗介の知りあい。
(なんだか仲良かったわよね・・・・・・)
いつもの宗介からは想像できないような態度。宗介は明らかに彼女を気遣っていた。
テッサに対するのとは違う気遣いかたで。
それも無理はないだろう。彼女、最近まで入院していたらしいし・・・・・・。
(ソースケの奴、何回か見舞いに行っていたって言ってたっけ・・・・・・)
どんな話をしていたのだろうか。気にならないと言えば嘘になる。でも−訊けない。
(ま、ソースケのことだから武器がどーしたとか、トラップがあーしたとか、そんなことだろうし)
その推測は間違っていなかったのだが、それが彼女にどのような影響を与えたか−そのときのかなめは知る由もなかった。
かなめが学校に着くと・・・・・・昇降口に人だかりが出来ていた。
最近は見なくなった光景。しかし、かなめはどことなく安心していた。
(まったく、ソースケの奴、いつまで経っても変わらないんだから!)
そう、そこには宗介がいるに違いない。
(やっぱりこうじゃなくちゃ駄目だよね!ソースケはあたしが止めなきゃ!)
身の丈ほどもあるハリセンを構え、土煙を立ててかなめが疾走する。
「ほらそこぉっ!どきなさぁぁぁぁぁぁいっ!」
その勢いに押され、人混みが割れる。
そしてハリセンを振り上げ−叫んだ。
「こら、ソースケ!あんたまだ懲りとらんの・・・・・・か?」
人混みの中心にいたのは宗介ではなかった。真新しい制服を着た、一人の少女−高梨湊だった。
「あ、おはようございます、千鳥さん」
自分の頭ぎりぎりで止まっていたハリセンを気にした風も見せず、かなめに笑顔を向けている。
「・・・・・・何やってるの、高梨さん?」
何だかどっと疲れたような気がする。
(すっごい人気・・・・・・やっぱり可愛いしね・・・・・・)
しかし様子がおかしい。いくらなんでも彼女を見るためだけに人だかりが出来るだろうか?
違和感を感じ、辺りを見渡す。そして足下を見ると−『Keep
out』と書かれたテープが貼ってある。
どこかで見たような光景。頭の中で直感が警報を鳴らしている。
「ええ。誰かがわたしの下足箱に細工したようでしたので、ちょっと」
どこかで訊いた台詞。そう、この後の展開をあたしは知っている。
「へ?」
しかし声になったのは気の抜けたような、そんな言葉。
(いや、まさか。いくらなんでもソースケみたいなことをするはず無いわよね)
しかし、湊の台詞はかなめの予想を裏切っていた−ある意味予想通りだったかも知れないが。
「挟んでおいた髪の毛が無くなってるんです。誰かがトラップを仕掛けたに違いありません!」
力説する湊にかなめは疲れたように話しかけた。
「高梨さん、ここは日本なの。トラップ仕掛ける人なんて・・・・・・」
しかし湊の行動は早かった−宗介並みに。
「皆さん、耳をふさいで下さい!」
爆音。
そしてひらひらと舞い降りてくる黒こげの紙、紙、紙・・・・・・。
湊は拍子抜けしたように笑った。
「あら?トラップじゃなかったようですね」
(転校した頃のソースケを見ているようだわ・・・・・・)
「しかし何でしょう、この紙は?」
紙の1枚を手に取り、解読を始める湊。
「えーと、見つ・・・・・・こんな・・・・・・手段・・・・・・選ば・・・・・・解って・・・・・・相良・・・・・・呼吸・・・・・・止・・・・・・覚悟・・・・・・今日の放課後−体育館裏?」
読み進めるうちに、湊の顔が険しくなっていく。
「なるほど、こういうことですね。『見つけたぞ。こんなところにいたとはな。我々が手段を選ばないのは解っているだろう。まずは相良の呼吸を止めてやる。覚悟しておけ。それが嫌なら今日の放課後、体育館裏まで来い』・・・・・・いけない!宗介さんが危ない!」
唖然とするかなめ達を残し、湊は走り去った。
「ソースケ・・・・・・あんたあの子にいつもどんな話してたのよ?」
疲れたようなかなめの台詞が空しく響いた。
「宗介さん!敵です!」
「何?」
グロックを引き抜いた宗介に湊は歩み寄り、黒こげの紙片を手渡した。
「見て下さい、宗介さん!脅迫状です!焦げてしまったのでよく解らないのですが、多分こんな内容です!」
一気に喋り、解読内容を読み上げる湊。
そして宗介は・・・・・・額に脂汗を滲ませた。
「これは・・・・・・ラブレターだ」
ゆっくりと、告げる。かつて自分も犯した過ち。下駄箱の爆破による手紙の誤認。
手紙の差し出し主とはあれきりだが−今なら分かる。あれはやはり拙かった、と。
あの時の自分と同じ過ちを彼女は犯そうとしている。そうなると−せっかく『こちら側』に戻ってきたのに、彼女は孤立してしまいかねない。
出来るならそれは避けたかった。彼女の笑顔を失いたくなかったから。
しかし彼女の反応は、ある意味宗介に似すぎていた。
「え?ロブ・レイター・・・・・・後に強奪?やはり脅迫状なんですね!」
(−そこまで俺と同じ様なミスをしなくても良いのだがな・・・・・・)
宗介は溜息を一つつき、言葉を続けた。
「もう一度言う。これはラブレターだ。湊、君のことが好きだという男子生徒からの手紙だ」
「え?」
湊はきょとんとした表情で、宗介を見つめた。
「だからこれらは危険な手紙ではない。これだけの男が君に好意を抱いている。そういうことだ」
ほっとした。宗介が危険にさらされることはない。でも、何となく辛くなる。
(宗介さんは気にしてくれないのですか・・・・・・?)
自分のことをどう思っているのか。ただの護衛対象?
「俺としては彼らの交際を断ってもらいたいのだが・・・・・・」
(え?え?え?それって?)
期待に胸が高鳴る。しかし、宗介の次の台詞は素っ気ないものだった。
「護衛対象が交際をしていると任務に支障をきたす」
(なんだ・・・・・・がっかりです)
ちょっとしょんぼりとしてしまった湊の耳に、その言葉は届いた。
「もっとも−それだけではないのだがな・・・・・・」
微かに。
「君が誰かと付き合うのは−正直・・・・・・あまりいい気はしない・・・・・・」
小さな、とても小さな声だったけど、確かに聞こえた。だから。
湊はにっこりと微笑い、宗介に告げた。
「付き合いませんよぉ。宗介さんに心配かけたくないですから」
宗介のさっきの台詞は聞こえないふりをしておく。
(今はそっちの方がいいですよね?だって−わたし達はこれからなんだから)
「う、うむ。そうしてくれると−助かる」
ぎこちなく、宗介。どことなくほっとした顔で。
そんな宗介が嬉しくて、湊は笑顔を向けた。
宗介のためだけの笑顔を。
(今はこれでいい。あなたの近くにいられるだけで)
空を見上げる。優しい光が降り注いでいる。そして、隣を見れば−そこに彼がいる。
そっと眼を閉じ、願う。強く。強く。
−でも、いつかはきっと。他の誰よりもあなたの側に−
風。優しい風が吹いていた。
−そして、いつまでもあなたの側で・・・・・・あなたと一緒に歩いていきたい−
空に駆け上がる。
−そしてあなたが・・・・・・幸せでありますように−
湊の願いを抱いて、澄み渡る空が広がっていた。蒼く−どこまでも蒼く。
「何だか凄いことになってますね」
−うう、俺は謎のひ党に殺されるかもしれん・・・・・・
「だったらあんな性格にしなきゃいいのに」
−いや、あんなのも面白いかなーと。
「は?」
−日常知識は持ったまま、行動パターンは宗介似、ってのもいいかなと。
「ひょっとして宗介が制止役に回るんですか?」
−下手すると相乗効果で暴走したりして。あはははは。
「何と言いますか。言葉に困りますね」
−ああ。全くだな
「悪いのはあなたでしょーが!」