舞い散る白のHollynight





「じんぐるべーじんぐるべー、すーずがなるー♪っと」
 クルツは街を見ながら、楽しそうにグラスを傾けた。
「なんてか、いい感じだよな〜」
 希望。
 歓喜。
 幸福。
 街にはその気配が満ちていたから。
「護りたい、よな」
 瞬時に鋭い眼に変わる。
 ミスリルのウルズ6の眼に。
 しかしそれも一瞬。
 すぐに悪戯っぽい眼に戻る。
(さてさて、ソースケ達は今頃どうしてるかねぇ?)

 そもそもの始まりは1週間前。
「はいはーい、無敵の狙撃者クルツ君でーす」
『・・・・・・相変わらずだな、クルツ』
 受話器の向こうから珍しい声。
「おや?ソースケ。めずらしぃねぇ。何だ、一体?」
『う、うむ。実はお前に頼みたいことがあってな』
 一呼吸。どうするか、悩んでるようだ。
『今度の日曜日なのだが、予定は空いているか?』
 カレンダーで確認して・・・・・・絶句。
「次の日曜・・・・・・クリスマスイブ?ソースケ、すまん!』
 背中に嫌な汗を感じる。ソースケ、お前まさか・・・・・・!
「俺はノーマルなんだ。そーゆーのは別の奴に頼んでくれ」
 一気に言い終え、受話器を置こうとした寸前、
『誰がお前に付き合ってくれと言っている?俺はお前に千鳥の護衛を頼みたいだけだ』
 ほっとした。しかし、疑問。
「どーゆーことだ?」
『一緒に過ごしたい人がいる』
(−相手はカナメちゃんじゃない?)
『彼女が俺にとってどんな存在なのか、俺は確かめる必要がある』
(いやいや、隅に置けないね。どんな相手か興味あるね〜)
「おっけーおっけー。ただし条件がある」
 受話器越しに宗介の躊躇が伝わる。
『・・・・・・なんだ?俺に出来ることならなんでもするが』
(そこまでして一緒に過ごしたい相手、か。ソースケも変わったね〜)
 それが何となく嬉しい。1年前の宗介からはきっと聞けなかった言葉。
 しかし、それはそれ、これはこれだ。今は自分の好奇心を優先すべき時!
「彼女を俺に見せること。それだけだ」
 少し調子に乗りすぎたか、と取り消そうとしたそのとき、宗介の言葉が聞こえた。
『・・・・・・解った』


 そして今日。
 湊を紹介されて、クルツは驚いた。
 つい先日までミスリルの病院にいたウィスパードの少女。
 あの頃とはうって変わって、表情が豊かになっていた。
 全てを癒すような、優しい表情を浮かべていた。
 瞳には強い意志。そして、恋心。
 しかし−行動パターンがどこか宗介に酷似していた。
(ソースケ、責任は重いぞ・・・・・・)
 このまま行くとあいつらはどんな彼氏・彼女になるのだろうか?
 想像してみようとして・・・・・・止めた。
 軽く頭を降り、グラスにジンを注ぐ。
 澄んだ音を立て、グラスの中で氷が揺れた。
 彼女を紹介したときの宗介の顔を思い出してみる。
(あいつにあんな顔させられるのはカナメちゃんとうちの大佐ぐらいだと思ってたけどな〜)
 妙に緊張している宗介を思いだす。こぼれる笑い。
 二人はクルツに礼を言うと、街に向かった。
 まるで恋人たちの様に。
 クルツは窓の外、星空を見上げ−呟いた。
「大事にしろよ−彼女を」
 親友の眼で。



 街に流れるクリスマスソング。
 行き交う恋人達は身体を寄せ合い、温もりを分け合っている。
 そんな恋人達を宗介は不思議そうに、湊は羨ましそうに見ている。
 やがて、湊は意を決して、
「宗介くん・・・・・・えいっ!」
 宗介の左腕に自分の腕を絡めた。
 宗介は一瞬困惑したが、腕を払う理由も無く−いや、払おうという気さえ起きず。
「・・・・・・」
 無言で彼女に歩を合わせた。 
 彼女の体温が、腕を通して自分の中に−心の中まで染み込んでくるような感覚。
 そして、確かな幸福感。そう、それは−
 多分彼女だからなのだろう。
「あの」
 躊躇いがちな声。何かを耐えるような。
「何だ?」
「こうしてるの、嫌じゃないですよね?」
 微かに切なさの色が混じる瞳。
「いや。そういうわけではない。それどころか−」
「それどころか、何ですか・・・・・・?」
 期待と、不安に揺れる気配。だから。
「嬉しい、のだろうな。俺は」
 何とか自分の想いを言葉にする。
 その答えに大して、湊は満面の笑顔を浮かべた。
 その笑顔を見たとき、宗介の心でまた何かが動いた。
(まただ。何故、気になる?)
 感情を制御できない。
 冷静さを保てない。
 すっと−側にいて欲しい。
 しかし、それが何故かが解らない。
 護衛の対象として側にいるべきだと思っているのか。
 それとも、もっと違う別の何かなのか?
 答えが出せない。
 このままじゃいけない。
 このままじゃ、全てのことに支障を来す。
 だから、答を出さなければならない。
 自分にとって彼女は何なのか
 彼女にとって自分は何なのか。
 中途半端じゃいけない。
 今の状況はぬるま湯のようなものだ。
 ぬるま湯に慣れるわけにはいけない。
 まずは彼女の答だ。
 彼女の答を聞きたい。
 その答がどんなに残酷であっても。
「み・・・・・・湊!」
「はい?」
 心臓が高鳴る。落ち着かなければならない。
 一呼吸。しかし。
「喉は乾いてないか?」
 口をついて出たのは、そんな間抜けな台詞だった。


 自動販売機は程なく見つかった。
 缶紅茶を2つ買う。
 熱い。
 しかし、その熱さが気にならない。気になっているのは、
(何故心臓が高鳴る?ただ湊が側にいるだけで?)
 彼女への自分の想い。
(だけで?いや−違う。湊が側にいるから、だ。そうか−俺は・・・・・・)
 加速する疑問。狭められる選択肢。その答が出る前に。
 悲鳴。
 自分を待っているはずの彼女の。
 焦燥を振り払う様に、疾走。
 何も聞こえなかった。ただ、自分の鼓動の音だけがやけに大きく響く。
「湊ぉぉぉぉぉっ!!」
 口をついて出たのは彼女の名前。
 と同時に爆音と閃光が空間を支配した。
「・・・・・・湊?」
 湊の周囲には3人の若い男が倒れていた。
 どうやらスタングレネードを使ったらしい。宗介は周囲を見てそう判断した。
 そして、泣き出しそうな湊の声が宗介の耳に届いた。
「宗介くん!」
 湊はグロックの銃口を彼らに向けたまま、瞳に涙を浮かべた。
「怖かったです・・・・・・」

 無事な湊を見て、不意に気付く。自分は銃を取り出すことも、周囲の状況把握さえも忘れ、湊のいる公園に飛び込んだことに。
 普段の自分だったらするはずのないミス。
 彼らが本当にテロリストだったら、命取りになりかねないミス。
 そんなミスをしてしまったのは多分−彼女の身に危険が迫っていると思ったからだ。
 だから状況判断を誤った。
(やはり、俺は彼女のことを・・・・・・)
「宗介くん?」
 心配そうにこちらを見る湊を見て、
(なんだ。やはり、そうではないか)
 疑問は瓦解した。
(俺はやはり、湊のことを−)
 そう、答は出ていた。
 自分の答も。
 彼女の答も。
 今更問うべきことではなかった。だから。
「大丈夫だったか?」
 湊の方を向き、別のことを問う。
 湊はこく、と肯き、
「ええ。大丈夫です」
 そして、倒れている彼らをきっと睨み、湊は言葉を続けた。
「いきなり声をかけて、肩を掴んできました!きっとどこかの情報員です!
 脱力。気合いがどこかへ消えていく。
 背中を流れ落ちる冷や汗。
 顔ににじむ脂汗。
(やはり・・・俺のせいなのだろうな。彼女がこうなったのは・・・)
 宗介は頭を軽く振り、彼女に告げた。 
「湊・・・・・・こいつらはただのナンパだ」
「ナンバー?やっぱりどこかの情報員ですね!」
(ぬぅ、ますますもって昔の俺ではないか!)
 しかし、問題はそこにはない。今の自分になら解る。
 問題は−そう、彼女がナンパされたこと、それ自体にあるのだから。 
「いや、君の外見的特徴が気に入って声をかけただけの奴だ。もっとも・・・・・・」
 その先の言葉を紡ぐには照れくさいのか、言葉をごまかしてしまう。
「もっとも、何ですか?」
 それを知ってか知らずか、湊は小首を傾げて聞いてくる。
 意を決して、言葉を紡ぐ。
「そのこと自体、俺は相当気に入らないがな」
「え?」
 湊はきょとんとした表情の後、宗介の言葉の意味に気付き、真っ赤になった。
 くるくる変わる表情。そんな彼女が可愛くて、愛しくて。思わず、笑った。
「酷いです。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
 すん、と鼻を鳴らしながら。
 拗ねたような。でも、どこか甘えた声。
「すまない、湊」
 自然に。
 肩を、抱き寄せる。
 ぎこちなく−しかし、しっかりと。
「あ」
 微かに、吐息。
「嫌だったか?」
 不安が、言葉を紡がせる。しかし。
「ううん。嬉しいです・・・・・・」
 湊の答は彼に対する想いそのもの。
 その想いを表すかのように、一片の白。
 −雪。
 彼らを祝福するように、遙かな空から。
「あ・・・・・・雪」
 天に差し延べられる、湊の手。
 舞い降りてくる雪が溶けていく。
 彼女の温もりで。
「積もると−いいですね」
 そんな湊を優しく見つめて。
「ああ−そうだな」
 空を見上げる。
「積もると、いいな」
 寄り添う二人。
 その二人を包むように、雪が降る。
 全ての存在を白く染めて。
 全ての喧噪を吸い込んで。
 鮮やかなイルミネーション。
 華やかなクリスマスソング。
 祝福の色彩と旋律だけが残る。
 光と音、そして空からの祝福に包まれて。
 今、感じている。
 そこにある、確かな温もり。
 泣き出したくなるような幸福感。
 宗介の唇が言葉にならない言葉を紡いだ。
−ありがとう。君に出会えて良かった−
−ありがとう。君が居てくれて良かった−