〜VD/VD〜


「はぁ。ばれんたいんでい、ですか」
「・・・やっぱり知らなかったか」
 かなめが溜息をつきながら困った目をした。
 しかし──
 厳密に言えば「知らない」、というのとは違う。
 そう。彼女は一度「失った」のだから。
 平穏な日々。
 ごく当たり前の日常。
 それらを。
 かなめはそれを知っていた。
 だから、湊に教えようと思った。
 普通の日々を。
「バレンタインデーっていうのはね・・・」
 説明しようとしたとき、かなめは瑞樹に口を塞がれた。
「むぐぐ!」
 かなめをちら、と見てゆらり、と立つ影。
 小野寺だった。
「バレンタインデーとは・・・こう書く!」
 小野寺は黒板になにやら書き込んでいく。
 黒板にはでかでかとこう書かれていた。
『覇恋多印出威』
「つまりだな、高梨。この日は男達の戦争なのだ。そして乙女は自分の慕う男にチョコレートを手渡し、戦場で生き残ることを祈願するという・・・」
 小野寺はぶわ、と目の幅の涙を流した。そして、更に説明を続ける。
「しかし!チョコを手渡されなかった男は・・・無条件に負けだ。覇恋多印出威とは持つ者と持たざる者とを明確にわける日なのだ!」
 湊はといえば妙に感心したような顔である。
「はぁ。そうなんですか」
「ああ、間違いない!民明書房の『衝撃!世界の奇祭』にも書いてある!」
 妙に自信たっぷりに小野寺が笑った。
 そして。
「だから俺にチョコをくれ!俺は負ける側はもう嫌なんだ〜!」
 と赤くなりながら言ったのだが、そのとき湊の姿は既になかった。
「あれ?」
「ぬぁにが、『あれ?』じゃぁぁぁい!」
「あああああ〜♪」
 形容しがたい、鈍い音が響き、妙に甘い声を出しながら小野寺は壁にめり込んだ。
「カナちゃん、下品だよ・・・」
「全く、あんたらはぁぁぁ!」
 肩を上下させながらかなめは瑞樹を睨んだ。
「だってコロッケパンくれたし」
 瑞樹はペコちゃん顔でしれっと答えた。
「瑞樹・・・コロッケパンくらい自分で買いなさいよ・・・」
 疲れたようにかなめ。しかし、恭子の
「カナちゃん、湊ちゃん走って言っちゃったけど・・・いいの?」
 という言葉ではっとした。
 小野寺の先ほどの説明を思い出す。
『男達の戦争』
「休んでる場合じゃないわ!湊のことだから、きっとあれを信じて・・・」
 かなめには見えた。明日訪れるであろう、地獄絵巻の如き様が。


 ショットガンを乱射する宗介。
 宗介に銃弾を次々手渡していく湊。
 ついでにそこらにパンツァーファウストをたたき込んでいる。
 爆炎と、銃声。
 彼らの足下には男達の屍。
 そして夕日のなか、宗介にチョコを手渡す湊。
 シュールだ。


「それだけは何とかしないと・・・」
 しかし湊の姿は既にない。
「ああもう!何処に行ったのよあの子は!」
 苛立たしさに壁を殴る。
「どうしたのだ、千鳥?」
「何だソースケか。・・・!ソースケ!あんた湊の家知ってるわよね!?」
「湊か。彼女は今、俺の部屋」
 きゅっ。
 皆まで言わせず、かなめは宗介の首を締め上げた。
「待て、千鳥。何故首を絞める?」
「さぁなぜかしらねぇをほほほほほほほ」
 かなめはにこやかに笑っていた。
 しかしその手はきりきりと宗介の首を締め上げている。
「あらあら大変。手の力が抜けないわ〜♪」
 しかし宗介もミスリルのSRTである。
 苦労はしたものの、何とか抜けだす事に成功した。
 そして、かなめを話しかけ、何とか説得しようと試みた。
「待て、千鳥。俺達は話し合う余地があると思わないか?」
「あら〜じゃぁどうして逃げるのかな〜」
 じりじりと後ずさる宗介。
 手をわきわきさせながら歩み寄るかなめ。
 その均衡を破ったのは
「カナちゃ〜ん、早く行こうよ〜」
 という恭子の声だった。
 我に戻るが早いか、かなめは宗介の部屋に向けて走り去った。
 宗介は首をさすりながらぼやいた。
「なんで湊が俺の部屋の隣に住んでいるだけで首を絞められねばならんのだ?」


「・・・遅い」
 かなめは宗介の部屋の前で帰りを待っていた。しかし、宗介も、湊も帰ってこない。
「まさかあいつら・・・」  
 一瞬よからぬ想像が浮かびかけ、それを否定する。
「いや、あの朴念仁にそんな甲斐性があるわけないし・・・」
 しかし時間はもう遅い。
 それに、寒くなっている。
「・・・帰ろ」
 かなめはとぐったりとしながら自分の部屋に戻った。
 明日を心配しながら。


 結論から先に言うと──宗介も湊も騒動を起こすことはなかった。
 少なくとも、校内では。
「いや〜何もなくて良かった良かった」
「でも、これから戦場に向かうんですよね?」
「え゛」
 そう。今日はまだ終わっていなかった。
 嫌な予感を感じながらも、宗介達と歩き──やがて公園にさしかかった。
 いつもは静かな、公園。
 しかしそこは今──ヤンキーの巣窟と化していた。
 チョコがもらえなかったのだろうか、女連れと見るや喧嘩をふっかけている。
 そんなヤンキーを観察する湊だったが、やがて視線に気づき、一人、また一人とが寄ってき出した。
 しゃがみ込んだまま、睨み付けながら彼らは叫んだ。
「っあよぉめっあ!」(何だよてめぇら!)
 彼らを指さし、湊は尋ねた。
「宗介さん、あれは何ですか?」
「うむ。あれはヤンキーという生物だ」
「はぁ。ヤンキーですか」
「うっわ、凄いもの見ちゃった。まだあんなのいたのね・・・」
 あくまでものほほんとしている宗介達に怒りを感じたのか、ヤンキーは立ち上がった。
「ぁかにてっとらぁすぞォラァ!」(馬鹿にしてると喰らわすぞコラァ!」
「あれは何て言っているんですか?」
「俺には解読できない。林水閣下なら解るだろうに・・・」
「宗介・・・あんた、あんな言葉解るようになりたいの・・・?」
 かなり残念そうな宗介に、そんな宗介に呆れているかなめ。
 湊はというと、唇に人差し指を当ててなにやら考えている。
「でも何であんなに怒っているんでしょうか・・・」
 そしてしばらく考え込んだ後、ヤンキーの方をびし!と指差して
「解りました!あなた達、何ももらえなかったんですね!でもあげません!」
 と声も高らかに宣言した。
「湊湊、それ直球過ぎ!でも・・・ねぇ・・・」
 かなめに憐れみの眼で見られ。
「うむ。よくわからんがその程度で我を失うとは情けないな」
 あまり解っていない宗介に冷静に指摘され。
 ヤンキーの乏しい忍耐力は蒸発した。
「ぉうとうぁぇえかォラァ!」(上等じゃねぇかコラァ!)
 周囲を見ると既に囲まれている。
 小さな公園の中。逃げ場は、ない。
(しかし、武装ではこちらが有利だな・・・)
 宗介は悠然とした顔でグロックを引き抜こうとして──凍り付いた。
 湊の言葉を聞いて。
「宗介くん、ここはあたしに任せて下さい!こんな事もあろうかと夕べの内に爆薬を仕掛けて置いたんです!だって『戦争』ですし!」
 湊がポケットからリモコンを取り出した。
 蒼白となる宗介。そしてかなめ。
 思考の停止は一瞬。そして彼らは制止に走った。
「待て!湊!」
「湊、待ってぇっ!」
「え?」
 小さな音。リモコンのスイッチを押す、ほんの小さな音。
 そして−爆音。
 あとに残ったのは瓦礫の山。
 ボロボロになった宗介とかなめ。
 そして、程良く焦げている見も知らぬヤンキー達。
 湊はぼろぼろになった宗介にすがり、
「ああっ宗介くん!何でこんな姿に・・・・・・?」
 と泣きだし・・・
 かなめはかなめで
「きっぱりとあんたのせいでしょうがっ!」
 と指摘したものの、湊を張り倒すわけにはいかず・・・・・・
 その元凶となった小野寺を抹殺すべく、かなめは身の丈ほどもあるハリセンを構えて走り去った。──妙に乾いた笑いをあげながら。
 鬼気迫るその姿を見た子供はその日、恐怖で眠れなかったという。
 そして数秒後。
 小野寺のこの世のものとも思われぬ−魂を引き裂くような悲鳴が町中に響き渡り──
 陣高の周囲の住民を恐怖のどん底にたたき込んだ。
 そんな彼女たちを見やり、宗介は弱々しく呟いた。
「・・・・・・なんで俺がこの様な目に遭わなければならないのだ・・・・・・?」
 2月の空が、涙で滲んだ。



(しかし今日はいったい何だったのだ?)
 宗介は今日の学校の様子を思い出しながら悩んでいた。
 女生徒が男子生徒に何かを渡していた。
 渡された男の喜びようから推測して見ようとしたが・・・。
「・・・・・・わからん」
 そう結論したとき、チャイムが鳴った。
 宗介は銃を構えながらドアに向かい・・・ドア上方に仕込んだカメラで訪問者を確認した。
 訪問者は──湊だった。慌ててドアを開ける。
「湊か。どうしたのだ?」
「宗介さん・・・こんな遅くに、すみません。あの・・・」
「いや、問題ない」
 湊は少し赤くなっていた。そして。
「あの、これ・・・」
 差し出されたのは、綺麗にラッピングされた箱。
「受け取って、もらえますか?」
 どこか必死な湊の様子に、宗介はただ黙って頷いた。
「よかった・・・じゃ、あたし、帰りますね・・・」
 と、後ろ向きに歩き−湊はバランスを崩した。
「きゃ!」
「・・・湊!」
 何とか湊を腕を掴み、引き寄せる。
 しかし、宗介もバランスを崩し仰向けに倒れた。
 湊の腕を掴んだままで。
 ちょうど抱き合ったような体勢。
 微かに、吐息がかかる。
「す、すまない!」
 自分たちの体勢に気付き、離れようとする宗介を。
 湊はゆっくりと遮った。
「もうちょっと、このままで・・・」
 そして、話し出す。
「えと、バレンタインデーの正しい意味、かなめさんに聞きました・・・」
「?」
 宗介はまだよく解っていない。
「大好きな人に、チョコレートを渡す日だって」
 宗介は沈黙を続けている。
 ただ、鼓動の高鳴りを感じる。
「大好きですよ、宗介さん・・・」
 二人はお互いの鼓動の高鳴りを感じていた。
 それで気恥ずかしくなったのか、湊は起きようとしたが・・・
 宗介は湊を抱きしめた。
「そうすけ、さん・・・?」
「どうやら、俺も・・・」
 君のことが好きらしい。
 そう言いかけた宗介の唇を、湊は人差し指で押さえた。
 にっこりと笑いながら。
「湊・・・」
「まだ答は出さないで下さい。よく考えて。後悔しないように・・・」
 宗介は何も言えなかった。
「でも・・・でも、よく考えて、それでも・・・」
 一旦、言葉を切る。そして、深呼吸。
「あたしのこと、一番好きでいてくれたなら嬉しいんですけど、ね」
 言葉に微かに混じる切なさ。
 甘い痛みの余韻を残し、湊は起きあがった。
 さっきの口調が嘘だったかの様に。
「じゃぁ、宗介さん・・・また、明日」
「ああ。また、明日だ・・・湊」
 にこ、と微笑った後、立ち去ろうとした湊を宗介は見送った。
 そして、微かな声で、呟いた。
「よく考えて、か。俺の答はもう、決まっているのだがな・・・」
 しかし──どうやら好きらしい、じゃいけない。
 胸を張って好きだと言えるように。
 君のことが好きだと、はっきりと言えるように。
 宗介は、湊を想いながら眠りについた。
 全てを失い、しかしまた取り戻そうとしている湊。
 いつも笑顔でいて欲しい、彼女のことを思いながら。
 いつかこ想いを告げられるだろうかと悩みながら。
 いつかこの想いを告げたいと想いながら。



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