陽だまり
クリスマスが押し迫ったとある日。
柏木千鶴はテレビを付けるや絶叫した。
「耕一さん・・・その人は一体誰なんですかぁ!?」
テレビの画面に映っていたもの。
それは見知らぬ若い女性と仲良さそうに歩いていた柏木耕一だった。
しかもいきなりインタビューを受けている。
『仲、良さそうですね。恋人同士ですか?』
『そうです!』
『い、いきなり何言ってやがる!』
『やぁねぇ、照れちゃって♪』
『照れてないっての!』
傍目からはじゃれているようにしか見えない。
それ以外に見えようがない。
千鶴、忘我。
気が付くと耕一の姿はテレビにはない。
夢だったのかと思いたかったのだが。
梓からの電話。
『見た、さっきのテレビ!耕一が出てたよね!』
その言葉が全てを物語っていた。
夢ではない、と。
「それでさぁ・・・聞いてる?」
受話器越しの梓の声ももはや届かない。
「・・・・・・こぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉいぃぃぃぃぃちぃぃぃぃぃさぁぁぁぁぁぁんんんんん・・・」
血の涙を流しながら。
受話器を握りつぶして。
「あなたを・・・殺しますぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・!」
駆け出そうとした千鶴の肩を、掴む者がいた。
「あ・・・足立さん?」
「行くのはいいのですが、仕事はちゃんとしてからにして下さいね」
にっこりと笑って。
「放して下さいっ!私の威厳が・・・」
「仕事をしてからにして下さいそう言うことは」
ただ、にっこりと笑って。
「はい、これだけですから」
どさどさどさ。
そんな音とともに未決済の書類が堆く積み上げられた。
「あの・・・」
「解りましたね?」
それだけなのに、千鶴は恐怖していた。
目の前の、人間であるはずの存在に。
「でも・・・」
何とか抵抗しようとするが。
「解りましたね?」
出来ない。
あたかも天敵であるかの様に。
「えーと・・・」
「解りましたね?」
逆らえない。
千鶴はがっくりと肩を落とし。
「は・・・はい・・・」
仕事に取りかかった。
12月23日。
「お・・・」
千鶴はぜえぜえと息を荒げて最後の書類に判を押した。
「終わりました・・・」
これで解放される。
これで逢える。
「こ・・・」
よろよろと立ち上がり。
「耕一さん・・・・」
ドアへと進む。
「待ってて下さいね・・・!」
そしてドアを開けた瞬間。
「――――あ」
千鶴は気を失った。
「おっと」
それを支えた、懐かしい暖かさ。
千鶴は安堵して。
そのまま意識を闇に沈めた。
耕一はいきなり気を失った千鶴を抱きかかえて狼狽していた。
「・・・どうしよう?」
片手には初音が持たせてくれた弁当。
もう片手では千鶴を支えて。
途方に暮れる。
取り敢えず、もとの部屋に戻り、ソファーに千鶴を寝かせる。
「頑張りすぎなんだよな・・・千鶴さんは・・・」
苦笑が漏れる。
「もうちょっと頼って欲しいってのは・・・傲慢かな?」
その問いに答える様に。
「耕一さぁん・・・」
呼びかけ。
甘えた声で。
その呼びかけに、耕一は思わず反応。
「千鶴さん?」
問い直すものの、千鶴は眠ったまま。
耕一は苦笑を浮かべると、千鶴の寝顔を見つめていた。
「こーして寝てると年上なんて思えないよなぁ・・・」
手を伸ばす。
髪に。
指を絡めて。
その感触を楽しんでみる。
そして。
頭を撫でていた指に。
千鶴の指が触れて――
唐突に、思う。
――ああ。
――俺は。
――こんなにも。
――この人のことが。
――好きなんだな。
と。
だから。
耕一は千鶴の手を握った。
すると、もう一度。
「耕一さん・・・」
呼びかけられた。
「あなたを・・・」
どきどきどきどき。
「殺しますぅぅぅぅぅ!」
その言葉と同時に、千鶴の鬼の血発動。
「・・・・・・うわぁ。どうしようか・・・」
微かに背中を流れる冷や汗。
それでも手を放さないでいると。
がばちょ、と千鶴が跳ね起きた。
「うわ、凄い起き方」
「・・・・・・?」
まだ眠いらしく、目をしょぼしょぼさせながら右を見て、左を見ている。――鬼の血はむろん発動中。
「・・・・・・」
そしてまた眠りにつこうとして――気付いた。
自分の手を握っている耕一に。
「・・・・・・耕一、さん?」
「はい」
耕一が答えたら。
「耕一さぁぁぁぁんんんん・・・」
ぶわ、と千鶴は涙を流した。
「は・・・はい?」
半ば怯えながら、受け答えする耕一。
「あの人は一体誰ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
耕一は自分が危惧していたことが現実となっていたことに溜息一つ。
「ただの友達ですが」
「じゃぁなんであんなに仲良さそうだったんですかぁぁぁぁぁぁ?」
半ば鼻声で、千鶴。
「・・・あいつはあーやって他人の中を引っかき回すのが好きなんです」
その言葉に千鶴は顔を上げた。
それが解ってるならなんで、と問いたげな目で。
「残念ですけどね。あいつ、センスはいいんですよ」
耕一は言葉を続けながらポケットに手を突っ込んだ。
「だから、選んで貰ったんです」
そして、差し出された手の上に載っていたのは。
シンプルな。
でも、センスを感じさせるピュアシルバーのペンダント。
「耕一、さん?」
「プレゼント。クリスマスの」
照れたように、そっぽを向きながら。
急速に鎮まっていく。
解ったから。
――このひとは自分を見てくれている。
と。
千鶴は安堵した。
安堵すれば、我慢していた眠気が一層強くなり――
「耕一さん・・・」
千鶴は眠りについた。
耕一の手を握りしめたまま。
そんな千鶴の寝顔を、耕一は飽きることなく見つめていた。
そして一夜が明けた12月24日。
耕一がほぼ一日中千鶴に付き合って遊び回ったのは――これはまた、別の話。