一つの告白と幾つかの決意〜薔薇〜





 待ち続けている。
 彼女を。
 ずっと、ずっと待ち続けてる。
 でも、彼女は自分の誓いのために沈黙を守っている。
 それはいい。
 それは別に構わない。
 僕は待つと決めたから。





 冬哉は刃を手に、そいつと対峙した。
 自分の心を固め、刃をそいつに向ける。
 気合いを込めて、呟く。
 斬るための言葉を。
「一つ・・・人の世、生き血を啜り・・・」
 ざば。
 ぶしゅ。
「二つ・・・不埒な悪行三昧・・・」
 どばしゃ。
 ざしゅ。
「三つ・・・醜い浮き世の鬼を」
 ずぶ。
 ぶし。
 どしゅ。
「退治てくれよう、桃太郎!」
 そして、最後の敵を睨み付けたと同時に冬哉を呼ぶ声。
「冬哉さん・・・白菜切りながら何言ってんですか」
「桃太郎侍の気分を味わってみようと思って」
 ざしゅ。
 冬哉はその声に振り返ることなく、ひたすら野菜を切り続けた。
 その声の持ち主――芝崎魁がどうしようもないわこのひとわ、と呆れた表情で、大きな大きな溜息を吐いたところで3人目が姿を現した。
「お酒買ってきたよー」
 やけに嬉しそうな美咲。
 すっかり酒豪の風情を醸し出している。
「・・・・・・また大量に買い込んで」
「だって・・・ねぇ?」

「とにかく・・・冷やしとこう。生ぬるい酒なんて飲みたかないから」
 フォローする様な冬哉の言葉に、美咲はほっとした表情を見せて


「鍋るか」
「鍋よう」
「鍋るぞ」
 そして1時間後、美咲は既に出来上がっていた。
「こら、きいてるかとーや!」
「はいはい」
 疲れた様にいなそうとするも、美咲はかなりしつこかった。
 魁は、といえば絡まれる冬哉を見てにやにやと笑うだけ。
 覚えてやがれ、と呟きつつ冬哉は美咲のお守りを続けていた。
「でー。どうおもってるんら!」
「は?」
「ろうおもってるんらってひいてるろよ!」
 その質問の本当の意味は分かっている。
 しかし、冬哉はその問いに答えることはせず誤魔化した。
「酔っぱらいめどうか寝やがって下さいお願いします」
「あにー!あらひはよっはらいららいお!」
 自らの質問を忘れ、美咲は激昂し――
「充分過ぎるほど酔っぱらいだっての・・・ちゃい」
 冬哉は美咲の首筋にチョップ。響いたのは、
 とす。
 と軽い音。だが、余程いい位置に入ったのだろう、美咲はろくな抵抗も出来ず、
「はう」
 と崩れ落ちた。
「これで良し」
 妙に爽やかな笑みを浮かべた冬哉に、魁は苦笑を漏らした。
「冬哉さん、時々残酷だね。・・・で、どうなんですか、実際」
 そうしながらも訊いたのは、美咲が気にしていたこと。
「お前まで訊くか・・・そう、だな。惹かれているのは・・・事実だ」
 なぜかあっさりと、冬哉は答えた。
 あっさりと、少し晴れやかな表情で。
「あとは、さ。お別れするだけ。そうしなきゃ進めない。
 あの子に、報告しないと――進めない」
「そう、ですか・・・」
「だから、さ。こいつに――美咲に、言わなきゃいけないことがある」
 そっと手を伸ばし、美咲の頭を撫でて。
「全てはそれを告げてから、かな」
 優しそうな表情で、冬哉。
 それと対照的に、不安そうなのは魁。
 そんな魁の不安を払う様に冬哉は言った。
「大丈夫だよ、多分。全部、きっと上手くいくから――」
 そう言って美咲を背負い。
 見送りに出た魁に、車のトランクから薔薇の花束を渡して。
「――明日、片を付けるから。
 だから魁も、こいつが萎れるまでに片を付けること。
 ・・・約束だ」
 そして、少しだけ寂しそうに。
 ――微笑った。



 翌日、閉店間際の花信風。
「あの・・・」
「あれ?どうした?」
「ちょっと・・・」
 いつもと雰囲気の違う彼女の様子に、冬哉は戸惑った。
 いつも笑っているのに、今日は沈んだ表情。
「・・・話してみな?俺に出来ることならするけど」
 その言葉に決心が付いたのか。
 彼女は口を開いた。
「あのです、ね。御門さんは・・・」
            「冬哉ー、配達行ってきたよー・・・あ」
                                 「あ・・・」
 その言葉を打ち消したのは美咲。
 彼女と美咲はお互いを見、気まずそうな表情になって――
「ごめんなさい!」
 彼女は駆け出し、
「あ、待って!」
 美咲が追おうとして、
「――待て」
 冬哉が美咲を引き留めた。
「なに止めてんのよ!」
「・・・・・・」
 美咲の問いに対する冬哉の答は無言。
 美咲は苛立たしそうに冬哉を問い質した。
「・・・あの子、誰?」
「んー。常連さん」
「それは知ってるってば。冬哉にとって、どんな存在なの?」
「どんなって言われても・・・・なぁ」
「いい子じゃない」
「突っかかるねなんか」
「気に、なるんだもの・・・」
 そう呟いた美咲の目には、涙が滲んでいた。
「気になるんだもの!あの子は冬哉にとってどうなの?
 心はあの子に向いちゃってるの?
 答えて、よ・・・」
 涙。
 何年ぶりかに見た、美咲の涙に――
「・・・そうだよ」
 冬哉は答えた。
「そう・・・なんだ・・・」
 その答えに美咲は俯いて。
「そう・・・なんだ・・・・・・」
 呟き。
 冬哉は美咲の肩を叩いて。
「ああ。だから、な。美咲」
 顔を、上げさせて。
 ――微笑った。
「もう、いいんだぞ?俺は、もう大丈夫だから。
 俺を支え続ける必要なんか、ないから。
 分かるだろ、美咲?」
「・・・・・・」
「心配は要らないよ」
 背中を押すような、冬哉の言葉に美咲はようやく決心が付いたのか。
 花信風の外に出て、振り返って。
「じゃぁ・・・大丈夫なんだね、冬哉」
 少し寂しそうに、訊いた。
「ああ。大丈夫だよ。だからお前も・・・
 自分の恋から逃げる必要はない」
「・・・気付いてたの?」
 美咲はその冬哉の言葉に少し驚いているが、冬哉はただ苦笑。
「そりゃ、分かるよ。
 だって、たった一人の妹だし」
 俯いている美咲の肩を叩き、
「ほら・・・早く行かないと・・・な?」
 優しい表情で。
 美咲は少し涙ぐんで。
「うん・・・でもね。また、あたしの支えが必要になったら言ってね?」
「さんきゅ、な」
 その呟きに美咲は笑って。
 片手を上げて、誇らしそうな表情で。
 言った。
「行ってくる、兄!」
「行ってこい、妹!」
 そして、駆け出す。



 美咲が駆け出したのを見送って、冬哉は魁に電話をした。
 仕上げのために。
「・・・ああ、魁?冬哉だけど。
 あのさ・・・あいつ――美咲を、支えてやって。
 あいつが俺を支えようって、無理矢理元気なふりしてたのは分かってるだろ?
 あいつが本当は寂しがり屋だってことも」
『・・・・・・』
 その言葉の意味を理解し、魁は沈黙。
「お前なら、分かってるよな?
 だから、あいつを頼む」
『・・・いいんですか?』
 魁の言葉には、まだ不安――いや、心配そうな響きがある。
 まったく、と冬哉は呟いて。
 言葉を続けていく。
「ああ。
 そろそろ、俺は大丈夫にならなきゃいけないし、あいつも幸せになんなきゃダメだ」
『そう、ですか・・・』
「うん。それとな。多分あいつ、もうすぐそっちに着く」
『はい?』
 受話器の向こうの魁の表情を思い浮かべて、冬哉は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「・・・魁もさ。好きなんだろ、美咲のこと」
『ななななななな何で!』
「・・・分かるよ。それくらいは。
 だから、ね。
 泣かしたらとんでもなく酷い目に遭わせるから」
『はは。肝に銘じときます』
 覚悟を決めたような魁の台詞に安心し、受話器を置き――
「さて・・・次は、俺か」
 呟いて、冬哉はもう一度受話器を手にした。
 電話をした先は、北斗。
 冬哉の親友だった。



「よ」
「あ」
 美咲は魁の家の前、まるで自分を待っていたかのような魁に驚いた。
「何で?」
「待ってた。冬哉さんから電話来て、さ。
 多分、美咲が来るからって」
 そう言いつつ魁は苦笑し、
「まったく・・・あの莫迦、人のこと気にしてる場合じゃないのに・・・」
 美咲も苦笑。
 しかし、やはり――
 待っていてくれた、というのは嬉しかったのだろう。
 すぐに優しそうな表情になった。
「ありがとね・・・」
 そして、涙ぐみつつ想いを告げようとして――
「あのね、魁」
「あのな、美咲」
「な、なに?」
「えーとな、美咲」
 魁の、真面目な表情に驚いて。
 つい、口をつぐんで。
「気付いてたかもしれないし、気付いてなかったかもしれないけど。
 ――俺、美咲のこと好きだぞ」
 魁の、告白に目を見開いた。
 その、思いがけなかった言葉につい
「嘘!」
 と魁に背中を向けて。
「嘘じゃないって」
 という魁の言葉に振り向いたなら。
 そこにあったのは、魁の微笑み。
 その微笑みに嘘は感じられず、祈るように――訊いた。
「じゃ、本当なの?」
「ああ本当だ」
 肯定。
 魁の肯定の言葉に、安堵して。
 美咲は指先で涙をぬぐって。 
「あのね、魁」
 ずっと閉じこめていた言葉。
 冬哉が壊れかけてから、ずっと閉じこめていた言葉を――
「あたしもね。
 魁のこと、ずっとずっと好きだったよ?」
 告げた。
「ずっと、ずぅっと、ね・・・」





「あのさ、魁」
「何だ?」
 美咲は、まだ不安そうな顔。
 多分――彼女の大切な人。
 冬哉さんのことが気になってるんだろう。
 ずっと、ずっと支え合ってきた相手。
 気にならないはずはない。
「大丈夫だよ、きっと」
 僕はそんな言葉しか掛けてあげることが出来ない。
 無力だな、と思う。
 でも――
「冬哉さんなら、大丈夫だよ。
 だって、冬哉さんだし」
 その、根拠のない言葉。
 でも美咲は安心したようで。
「――うん」
 と頷いて。
 その笑顔が愛しくて。
 その笑顔を守りたくて。
 僕は、立ち上がり。
「?」
 怪訝そうな美咲の横をすり抜けて。
 昨日貰った、花束。
 真っ赤な薔薇の花束を取りに行く。