〜Fragment〜





「ばーちゃん家に連れてけ」
「やだ」
 妹の妙に強気な要望を却下。
 何もなければここで終わっていた会話。
 そこに母が介入した。
「いいじゃない連れて行ってやれば」
「却下」
 げし。
 ・・・蹴られた。
「・・・振られたばかりなのにそんな気になれるか!」
 この呟きは、かえって僕を傷付けた。
 ああ、振られたんだよなぁ、と自覚する前に
「ああそう言えばそうだったね」
「メモってたのか!」
 妹がおもむろにメモを見、
「振られたのはあんたの都合」
「そしてさらっと冷たいこと言うな母!」
 母はにやにや笑って言い捨てた。
 うう、単身赴任中の父さん、この家は修羅に満ちています・・・。
 おのれ母め妹め。この借りは返して貰うぞ?
 ・・・多分。
 んで、結局抗うことが出来ず(・・・仕方ないだろう。メシ抜きなんて言われたら陥落するわい)妹を連れてばーちゃんの住んでる華彩市に来たわけだけど。
「うぉ」
「わぁ」
 駅に降り立った瞬間、僕は一瞬呻いて妹は歓声を上げた。
 いつ来ても、なんて蒼い空。
 少し、振られた痛みが癒える様な気がしてたんだけど・・・そう思う様にはいかないわけで。


「・・・・・・ふぅ」
 嫌でも思い出してしまう。
 ううと呟きながら、夏の日差しに耐えかねて、僕は木陰で横になった。
 まぁ、パラソルの下でもいいんだけどそれじゃ風情がないし。
「まったく・・・女々しいったら・・・」
 そして僕は、眠りに落ちかけて・・・
 ざく。
 どささ。
 という音と感触に眠りを邪魔された。
 ざく。
 どささ。
 ざく。どささ。
 薄目を開けて見てみれば、誰かが砂をかけていた。
 ざく。
 どささ。
「ぶへ!」
 ・・・顔にまで。
「待て待て待て待て」
「あ、起きた」
 慌てて起きた僕を見つめていたのは、妹と同い年の幼なじみ。
 名をば八坂夏海という。
 前にあったのは正月だから・・・うむ、半年ぶりの再会か。
 まぁ、年2回とは言えよくつるんだりしてたこやつに僕はにっこり笑いながら訊いてみる。
「何でこんなことするかな君は?」
「あんなとこで寝てたら蚊に刺されるからだけど?」
 夏海はにっこり笑いつつ、なおも砂をかけてくる。
「いや、蚊に刺されるのと砂かけられて窒息するのとでは蚊に刺される方がましだと思うが」
 ちゃいちゃいと砂を払いつつ文句を言うと、
「蚊に刺されたらとっても痒いんだよ?」
 しれっと。
 なんともしれっと言って下さいましたよこの女。
 実際にはつまんないから砂をかけてるんだろう。
「・・・一緒に遊ぶから砂かけるの止めてくれ」
 分かっていながら負ける自分が少し可愛かったりする。
 が。
「ごめんねー。パーカーとかあったらあのときと同じこと出来たんだけど」
「っていうか。起こせばいいのに」
 苦笑しながらこう言えば、
「だってよく寝てたし」
 ちょっとマテ。
「永眠するわっ!」
 ・・・どうやら素だったらしい。びっくり。
 がっくりしょぼんと海に向かえば、妹は慌てて逃げていく。
 何だ?
 と思う間もなく、いきなりこうききやがったのが切なかった。切なかったぞ、うん。
「そーいや振られたそうで」
「・・・何で知ってるのかな?」
 何で知ってるのか。
 想像は付くさ想像は。
 でも一応確認。
「早希っちに聞いた」
 ほらね。
「あ・・・の・・・ド阿呆がァァァァァァ!」
 にっこりと笑いつつ、修羅へと入りましたよ。
 ああなるほどだから逃げやがったんですねマイシスター・・・!
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
 渇いた笑いを漏らす僕を羽交い締めにしながら、夏海。
「どうどうどう」
「おにょれー!」
「まぁまぁ落ち着いて」
「落ち着いてられっかぁ!大体何で早希はお前にんなこと言うわけ?」
「あ、あはははははははは・・・何でもない」
 何でもない、にしては・・・その表情はどこか暗くて。
 でも、僕はただ怪訝そうな顔をすることしかできなかった。
 でも、何故だろう?
 騒いだのが良かったのだろうか?
 僕は、傷が少しだけ癒えたのを感じていた。

 それから一週間、山に行って蚊に刺されまくったり(夏海曰く、ほら痒いの嫌でしょ?だと。奴らは・・・奴らだけは虫除けを塗ってたので被害無し。狡すぎる)、
 河で魚釣って焼いて食べたり(アレは非常に美味でした)、そして。
 ――僕達が帰る前日。
 僕は夏海に連れ出されて、田んぼの脇道を歩いていた。
 夏海は浴衣。
 僕も、ばーちゃんがいつの間にか用意してた浴衣。
 ・・・確信犯的な気がするのは気のせいだろうか?
 黙々と、ただ歩いていく。
 星はなんて多く、綺麗なのに――
 ・・・辛い。
 そう思えた。
 辛いのは――
 辛いのは、夏海とサヨナラしなきゃいけないから?
 でも、僕はそれを言葉に出来ない。
 言葉に出来るほど、僕は夏海を想っているのかが分からないから。
 ・・・責任が、取れないから。
 何も話せないまま夜道を歩けば、ふわ、と緑が舞い上がった。
 ――蛍。
 一匹が舞い上がったのを皮切りに、光の奔流の様に。
 あ、と小さく呟いた君は振り返り――僕に微笑んだ。
 そんな、何でもない様なことが嬉しい。
 でも、その笑顔が切ない。
 切なくて、少しだけ涙がにじむ。
 そんな僕に気付かないのか、気付いていないのか――
 あのね、と前置きして訊いてくる。
「今度、いつ戻ってくるの?」
「・・・分からない」
 そう、答えるしかないのがもどかしい。
 何でなんだろう。
 たった、一週間。
 それだけの日々が愛おしくて、心が千切れそう。
「じゃぁ、ね。約束しよう」
 寂しそうに、それでも微笑む君に僕は何も言えなくて。
 言葉を探すけど見つからなくて。
「あたしはね、逢いたいから。
 きっと、きっと逢いたいから。
 どんなときだって逢いたいから。
 だから・・・約束・・・して?」
 そう言って差し出した小指に、僕も指を絡めて。
 舞い踊る蛍の中。
 ――約束した。
 きっと、逢おうと。



 帰りの電車の中、早希が済まなさそうに言ってきた。
「兄」
「なんだ妹」
「ごめん」
「ん?」
 続きを促せば、何というか・・・お節介なこいつらしい言葉。
「あのさ、今年の夏なんだけど兄が振られてなかったらばーちゃん家に行くつもり無かったんだ」
「?」
「あのねー・・・夏海ねぇ。兄に逢いたい、って電話してきたんだわ」
 その言葉に驚いて、
「へ?」
 つい間抜けな声を出す。
「健気だよねぇ。夏海。可愛いよねぇ。彼女にしたいよねぇ?」
 本気で、ありがたみが無くなるからそのけひゃひゃという笑い方をやめろ妹。
 そのくせ不意に真面目な表情になるから・・・困る。
 全く、照れ隠しが下手な奴め。
 少し言いにくそうに、窓から外を眺めて。
「あの、さ。本当言うと夏海、ずっと兄のこと好きだったんだって。
 でも、兄に彼女居るの知ってたから、諦めるって・・・
 諦める、って笑って言ってたんだよ?
 そんな夏海に彼女が居る状態の兄を逢わせらんないよ。
 でもちょうどいい具合に兄振られたし。
 それで、さ。なんか、さ。何とかしたげたくなってさ」
 振られたのをこれ幸いに連れて行った、と。ふむ。
「・・・夏海に告白、されたんでしょ?」
 そして訊いてくる。
「・・・いや」
 短く答えると、少し呆れた様に。
「なぁにやってんだか・・・」
「いいんだよ。告白する時は僕からする」
 と僕が笑うと意外そうな顔。 
「を?」
「今はまだ、踏ん切りが付かないけど。もうちょっとすれば、ね・・・」
「お、言ったねぇ」
「言ったさ」
 僕は笑いながら小指を見た。
 約束が宿っている小指。
 決して破られることのない約束を抱きしめて――
 僕は街へと帰った。



 そして冬。
 僕は夏海と再会した。
 と言っても、父がまたもや異動になって、その先が華彩市だったもので家族揃ってばーちゃんの家に引っ越してきたわけなんだけど・・・
 まだ告白出来ないでいるのはお約束なんだけど・・・
 はぁ、とティーポットを手に部屋に戻って。
 ・・・丸いなぁ。
 僕は思わず呟く。
 夏海は相変わらず半纏を着込んで、こたつで猫背になってみかんを剥いている。
 大きな大きな溜息一つ。
「・・・・・・はぁ」
「・・・何よぉ」
 コタツから睨む様に見上げている夏海に、僕は苦笑しながら訊いてみる。
「そんな寒いの?」
「寒くなかったらこんな格好しないよ」
 まだ、不満そうに。
 鼻をすん、と鳴らして。
 でもねー、と夏海はにへらと笑い。
「今年の冬からはねー。ずっと側に居てくれるんでしょ?」
 を、いきなりそう来ますか。
 ふふふ、今がチャンスか。
 僕は深呼吸一つ。
 言うべき言葉を探し、口にする。
「当然でしょ。こんな寒い季節、好きな人の側にいなくてどうする」
「だってほら。こんな寒い季節、好きな人が側にいてくれなくちゃ」
 ・・・同時。
 全く同時。
 くそ、嬉しいけど悔しい。
 悔しいけど嬉しいから僕は・・・
 夏海を背中から抱きしめる。