寄せては返す波に乗せ〜向日葵〜





 最初は、ただ側にいるだけだった。
 別段好きだと言い合ったわけでもなく、ただ単にお互い楽だから近くにいるだけの関係。
 しかし、それでも――
 変わることがある。
 変わってしまうことがある。
 例えば、夕暮れの教室。
 たまたま見かけた、憂いのある表情。
 心が、揺れた。
 目が、離せなくなった。
 何でだろう、なんて――意味のない質問。
 僕は――いつの間にか、好きになっていた。
 でも今はそれどころじゃない。
 受験勉強がまったく進まないから。
 このままじゃ、希望校への合格なんか望めないくらいにテストの点が落ちているから。
 だから今は、そんな感情なんか忘れなきゃいけない。
 忘れていなきゃいけないのに。





 惜しむことなく降り注ぐ光。
 どこまでも深く澄んだ碧。
 あっけらかんと突き抜けた様な蒼。
 そんな風景の中に空木涼一と氷室青葉は来ていた。
 着くや否や青葉は着替え、今は水着になっている。
 涼一自身、
 海だー!
 とはしゃぐ青葉の気持ちはよく解る。
 それはそれはよく解る。
 しかし、と小さく呟いて。
「氷室さん。なんだって僕らは海にいるんだろうな?」
「ん?行きたかったんだもの」
 待てコラ。
 と呟きたくなるのを自制して、
「でも俺ら受験生だぞ?」
 確認する様に訊いてみる。
 すると青葉はちっちっちっと指を振り、
「あたしは大丈夫だもの」
 空木良一は思い切り大きな溜息をついた。
 それはそれはわざとらしく。
 しかし氷室青葉はまったく気にした風ではない。
 むしろにこにこしている。
「だからって僕を巻き込むな・・・」


 そもそもは一週間前のこと。
 冬哉は今日も今日とて花信風でたれていた。
 本来は花束を作ったりするテーブルの上だったりするので、美咲に見つかったら酷い目にあったりするのだが、当の美咲が配達に出てしまったのだから更にたれ加減が加速。
「うやー」
 と、意味もなく呟いてみる。
 呟きながら日陰を見たら、近所の本屋さんちの飼い猫も暑さに耐えかねてたれている。
「おお猫、こっちこいこっち」
 声をかけても当の猫はしっぽを一回揺らすだけ。
「む、その態度許し難し」
 ポケットに手を突っ込み、
「どこでもマタタビ〜」
 某猫型の青いロボットの様に秘密道具を取り出して、
「ほーれ来い来い来い来い」
 うりゃうりゃーとちらつかせる。
 猫にマタタビ、犬に散歩。
 あえなく猫は近寄ってきて、マタタビにじゃれついている。
 ごろりんごろりんと転がっている猫を構いつつ、
「ふっ・・・勝利はいつでも虚しい」
 などと呟く冬哉だ。
 そんな折りに人の声。
「あのー」
 冬哉は首だけぐりんと客に向け、
「いらっさい」
 と言ってみる。
 そして呟く。
 ――ああ。常連さんで良かった。
 そんなたれたままの冬哉を見つつ、冷や汗気味で彼女は言った。
「・・・たれてますねぇ」
「たれてます。2割増で・・・でもそろそろ起きます、ええ起きますとも」
 ほい、と起きたその足下には猫。
 なかなか良い感じで転がっている。
 ごろりんごろりん。
『ああ、えろう酔うた。ええ心持ちじゃ』
 という感じで転がっている猫を見た後、マタタビごと猫を店先に。
 ごろりんごろりん。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 なおも転がりまくる猫に、更に沈黙。
「えーと、今日は?」
 忘れる様に、振り切る様に訊いてみる。
「・・・はい?」
「えと、今日はどんな花にしましょうかと」
 猫がごろりーんごろりーんと転げる様に気を取られていた彼女であったが、正気に立ち戻り、
「あ、そうでした。家に飾るんですけど、夏って感じの花を」
「むむ、夏・・・ならば・・・やっぱりこれかな?」
 そう言いながら選んだのは向日葵。
「月並みと言えば月並みなんですけどね。一番『夏』っぽいでしょ?」
 冬哉により形作られていく、『夏』。 
 その様をぽけーと彼女は見ていた。
 声をかけられたことにも気付かないほどに。
「おーい、もしもーし」
「ひゃ!何でしょう!?」
 驚いて目を見開いたその表情に苦笑しつつ、出来上がった花束を渡す冬哉。
「はい、これですねー。お代は2,000円です」
「あ、いつもいつもすみません」
 すると彼女はにっこり笑って、花と引き替えに代金を差し出した。彼女は当然花を選んで貰って、というつもりでそう言ったのだが、そこはそれ。
 冬哉は昼食用に買ってきた、レトルトおかゆを差し出して。
「それは言わない約束だろう。ほら、おかゆが出来たよ。熱いから気を付けて」
 彼女はそれを受け取って、
「すまないねぇ、苦労をかけるねぇ・・・って何させるんですかっ!」
 おかゆを持ったその手でチョップ。
「・・・ふむ。意外とノリがいい」
 チョップされたまま、厳かに冬哉。
 彼女は自分が何をしたかに気が付いて――
「あ、えと、あの、失礼しますっ!」
 脱兎。
 右手には花束、左手にはレトルトおかゆとそんな状態で。
「あ、足も速い」
 そんな彼女を見つめつつ、
「しまった、昼飯・・・」
 とほほーと呟きつつ、冬哉が再びぼけらーとし始めたその時。
「冬哉さん冬哉さん冬哉さん冬哉さん、どうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょう!」
 わたわたと入ってきたのは青葉だった。
「どわっ!」
 思わず勢いよく起き上がる。
 逆エビみたいに。
「涼ちゃんが何だかずっとイライラしててあたし何とかしてあげたいんですけど何をしてあげたらいいのか分からなくてでもでも何とかしたいんですあたしに出来る事って何か無いでしょうかねえねえ何か無いでしょうか冬哉さん冬哉さん冬哉さん!」
 あたふたというかじたばたと、それはもう私慌ててますーと全身で主張しながら青葉。
 そんな青葉に冬哉は溜息つきつつ軽く軽くチョップを一発。
「ええいとりあえず落ち着きなさい!」
「えきゅっ!」
 それでようやく青葉は正気に戻り、
「痛かったです」
 涙目で見上げている。
「はいはい・・・で?」
 悪いことしたなーと反省しつつ、先を促す。
 と。
「えーとですね、最近涼ちゃんがヘンなんです!
 いつ遊びに行っても勉強勉強勉強勉強で、構ってくれないんです!」
 冬哉、脱力。
「涼ちゃんって・・・ああ、いつも一緒にいる彼ね。ま、君みたいに遊びまくるのもどうかと思うけど」
 半眼のままそう言えば、
「あ、あたしは勉強もしてますよ?涼ちゃんは最近勉強だけですけど」
 ちっちっちっと自慢そうに言った後、少しばかり目を伏せて。
「それで涼ちゃん、何だかすっごい嫌な感じになってるんです。いつもイライラしてて、あんなの涼ちゃんじゃないです!」
 青葉、力説。
 青葉がここまで言うからには、かなり拙い状態であることだろう。
「そりゃぁ受験ノイローゼとか、スランプとか言うやつではないかと」
 冷静にそう言えば、青葉は再びテンションアップ。
「ええっ!大変ですっ!何とかしなきゃ何とかしなきゃ」
 冬哉は溜息つきつつもう一度軽くチョップ。
「だから落ち着きなさいって」
「うきゅっ!」
 涙目で見上げる青葉ににっこり笑い、
「要するに、だ。ストレス解消してしまえばいいわけだ」
 簡単そうにこう言った。
「はい、それでどうすれば良いんでしょ?」
「ふっ・・・任せろ」
 そして冬哉はにやりと笑い、おもむろに携帯電話を取り出した。
 電話をかけたその先は――
「お、北斗か。実はな・・・」
「あ、四季彩館の・・・」
 四季彩館で猫と戯れている北斗だった。
「ああ、そういうこと。ん?こっちは・・・そうだな、美咲でも連れて行くかと。・・・待てやコラァ!・・・・・・解ればいいんだ解れば・・・え?・・・美咲さんそっちいるの?・・・ちっ、いつも怒るくせに・・・まぁいいや。美咲さんには北斗から説明しといて。はぁ?何でだって?だってせっかくだし。・・・ん、頼んだ。ははっ。・・・ああ、それでいいよ。ん、そっちは任せた。・・・・・・ああ、そっちは任された。・・・おっけ。じゃ」
 自分の与り知らないところで何かが進んでいく。
 しかもその引き金を引いたのは自分。
 その上。
「くくくくく、覚悟しまくるが良い」
 冬哉は無茶苦茶楽しそうだ。
 対照的に青葉は冷や汗混じりの笑顔。
「うわ・・・何だか相談する人、間違えたかもしんない・・・」
「後悔役に立たず、だな。後悔先に立たずとも言うが」
「ああ・・・本気で相談する人、間違えたかもしんない・・・」



 そしてその日の朝。
「勉強進まない・・・」
 どんよりと、涼一は呟いた。
 周囲には夏なのに陰の気が漂っている。
 そんな折、ぴんぽんぴんぽんぴんぽんと、けたたましくかつ休み無く鳴り続けるチャイム。
 閉口し、ドアを開けたのが運の尽き。
 涼一は車に連れ込まれた。
 実行部隊は概ね4人。
 つまり、北斗と奏と冬哉と美咲。
 何がどうなったのか分からない。
 運転している冬哉、ナビをしている美咲。そしてさり気なく後ろの座席から涼一と青葉を見張っている北斗と奏。
「あのー、家に連絡取りたいんですけど」
 しかし、彼らは用意周到だった。
「大丈夫、君のお母さんには許可貰ってるから」
 ほれ、と差し出されたそれは手紙。
 その筆跡は間違いなく良一の母のもので、『しっかりね』と書いてある。
「何をしっかりするんだよ・・・」
 げんなりと呟く涼一。
(着いた時が・・・最後のチャンスか・・・)
 もはや諦観し、涼一はその時を待ち続けた。・・・ひたすらブルーに。
 主犯の4人はそれはもう楽しそうにしていたが、何故か隣にいる青葉は目が合うと慌てて目を逸らしたりするものだから、ブルーな気配が更に強くなる。
 着くなら早く着いてくれ、と懇願した頃――車が止まり、チャンス!と涼一が思ったその時には――涼一は既にその両手両足を捕まれていた。そう、逃げ出す時間も与えられず。
 そして――
「そいやそいやそいやそいや!」
      「そいやそいやそいやそいや!」
            「そいやそいやそいやそいや!」
                   「そいやそいやそいやそいや!」
 という掛け声も勇ましく、冬哉と北斗は涼一をいきなり海に放り込んだ。
「何すんですかっ!」
 見事にずう゛ぬれとなった涼一の、地の底から響く様な声にも4人の魔王は怯みもせず。
「逃げない様に保険」
「よもやずう゛ぬれで家に帰る勇気はあるまい」
「諦めて遊んじゃうのがいいと思うけど」
「せっかく来たんだからね?」
 四人四様のそれはそれは良い笑顔。
 一緒に来ていた青葉は、と言えば複雑そうな笑いを浮かべている。
 ああ、巻き込まれたんだねと同情の目で見つめた後、疲れた声で問い質す。
「大体何だってこんなことしますかあんたたちは」
 しかしその問いにも、
「面白そうだったから」
「せっかくだから」
「楽しそうだったから」
「諦めが肝心だよ」
 これまた良い笑顔で返された。
 そして冷や汗混じりの青葉が一言、すまなそうにこう言った。
「あは・・・あはははは。ごめんね」 
「君か黒幕はっ!」
 味方はどこにもいなかった。
「ふふふふふ、もはや遊ぶ意外に道は無し」
「諦めて我らが軍門に下るならこの海パンをくれてやろう。もちろん新品」
「きっぱりとあんたらのせいだろーが!」
 叫びはただただ空しく響いた。
 とはいえ――
 スランプに陥っていたのは事実。
 受験勉強がまったく進んでいなかったのも事実で――
「・・・ああ。今日は泊まりだからそのつもりで」
「はぁ・・・分かりました・・・」
 涼一は悪の誘いに身をゆだねた。
 それを見て、青葉はようやく安心し――
「涼ちゃん、ほんとごめんねー?」
 民宿に向かった。
「じゃ、着替えてくるー」
「北斗さん北斗さん、パラソルお願いしますねー」
 美咲、奏も着替えるために、旅館に向かっていった。
「おっけー。んじゃ、俺パラソル借りてくるから。冬哉たちは荷物運んどいて」
 北斗はそう言い残し、浜茶屋へ向かっていく。
「うい、了解。ほらほら、行くよ?」
 冬哉もそう答えつつ、ほれ、と涼一にコンロとテーブルを手渡して、自分も二つのクーラーボックスを携えて、砂浜へと進みゆく。
「ははは・・・もうどうにでもして下さい」
 開き直った涼一に、
「どうした?」
 振り向き、問う。
「いきなり連れてきてどうしたも無いでしょうに」
 問われた涼一はなかなか良い感じの半眼。
「まぁ、事前通告も無しってのは悪かったとは思うけど」
 しかし、それも冬哉には効果が薄い。
「たまには遊ばないと・・・心が壊れるよ?」
 ――心配しているのも事実ではあったが。
 それが分かったからだろうか、
「ええ・・・この際ですから、遊びますよ。
 ・・・遊ぶ以外選択肢なんて用意してくれてないでしょうし」
 涼一は諦観1/3、苦笑1/3、自嘲1/3と言った複雑な表情。
「分かってるじゃない。文句を言うかと思ったけど」
 冬哉はやや驚いた様な表情。・・・もっともわざとらしかったが。
「文句言っても聞かないでしょ?」
 半眼の涼一に冬哉はうむ、と頷いて。
「確かに」
 そしてすぐさまにやりと笑い、
「でも、さ。逃げるなら本気で逃げること出来たよね?」
「う」
「何で逃げなかったのかなー?」
「うぐ」
 苛めすぎたら逃げ出しかねない、と言う判断の元に、
「解ってるよ。彼女、だろ?」
 直球。
「・・・・・・」
「責めるなよー?」
「責めませんって。
 ・・・心配、掛けてたみたいですし」
 そして浮かんだ自嘲の表情。
「うーん、こんなことしてる場合じゃないはずなのに・・・
 何ででしょうね?浮かれてるんですよ、僕は」
「ふむ・・・恋だな」
 頷きつつもっともらしくこう言えば、
「・・・そうですね」
 涼一はあっさりと肯定。
「うわ、意外と素直に認めた」
「認めざるを得ないでしょう、あんな・・・」
 涼一が指さした方向を向けば――
 嬉しそうな――本当に嬉しそうな表情の青葉が駆けてくる。
「氷室さんの顔見て、嬉しいって思ってるんだから」
「なるほど、ね」
 そう言って笑った冬哉に、涼一は――
「覚悟して下さいね?
 結果的に焚き付けたのは御門さんなんですから。
 当たって砕けたら思いっっっっ切りたかりますからね?」
 宣言。
 それは、自分から想いを告げることを意味していた。
 ――青葉の想いがどうあれ。
「はは・・・お手柔らかに」
 そして、涼一は久しぶりに――本当に久しぶりに思い切り笑い、思い切り楽しんだ。



「風呂上がり、岩場にてビールってのも・・・良いもんだねぇ」
 呟き、ビールを呷る。
「ふぅ・・・」
 周りを見回す。
 人はいない。
 空を見上げれば月はなく、星が一層鮮やかに映る。
 視線を水面に転ずれば――
「ウミホタル・・・か」
 蒼い、光。
 蒼い光が舞い踊っている。
「光にて、綴られたる恋の歌・・・ね」
 光で綴られる恋の歌。
 それは一人で見るには――少し、哀しい。
「そうだね・・・一緒に、見ることが出来たら・・・どんなに・・・」
 頭を振り、浜辺に戻る。
 どうしようもないことだ、と。
「度し難いね・・・我ながら」
 苦笑。
「それでも・・・」
 叶わないと知りつつも、そう願わずにいられないのは――何故だろう?
 目を伏せ、一回だけ深呼吸。
 顔を上げて、元の表情に――陽気そうな表情に、戻して。
 民宿に向かい。
「や」
「あ、どもです」
 軒先でぼけらっと空を眺めていた青葉に声を掛けた。
「嬉しそうだね?」
「ええ・・・涼ちゃんが元の調子に戻りましたから」
 にっこりと笑う。
 心配事が無くなった、そんな安堵の表情で。
「しっかし・・・なんて言うか、思い切ったねぇ」
「はい、思い切りました」
 青葉、即答。
「よっぽど好きなんだね」
「はい。大好きです」
 その声には何の迷いもない。
 だから、もう何も言うことはない。
 だから、後は――
「じゃぁ、頑張れ女の子!」
 応援するだけ。
「はい!」
 更に笑い、良一たちを呼ぶために、部屋に帰っていく青葉を見送りながら、冬哉は呟いていた。
「願わくば――彼らには幸せを」
 空の星は、なおも鮮やかに瞬いていた。



 夜といえば花火タイムである。
 しかし冬哉は花火を保管場所たる車には向かわず、迷わず砂浜に向かっておもむろに地面に手を突いた。
「?」
「??」
「???」
「????」
 何をするつもりなんだこの人わ、という視線に構わずに冬哉は詠唱を開始。
「我、今、大地の精に願い奉る。我が血と引換に、地の底に這う獣魔を蘇らせ給え!
 御門冬哉の名において命ずる・・・出でよ、土爪!」
 すると――声に応える様に、砂を割って3本の爪を砂に突き立てた虫の様なモノが現れた。
 そしてそれは砂に3本の爪痕を残して突き進み――破裂音。どうやらロケット花火を幾つか連結し、推進力を持たせたモノらしい。
「冬哉ってこーゆー無駄な努力は惜しまない奴よね」
 呆れながらも美咲は笑い、
「・・・・・・」
 奏はぽかんと口を開けたまま、
「・・・・・・うわ」
 涼一は微かに冷や汗を垂らし、
「いいなぁ、あれ」
 青葉は純粋に喜んで、
「成功!」
 北斗はにやりと不敵に笑った。
「ふっ・・・喜んで頂けて恐悦至極」
 そうしてようやく冬哉は車に向かい、花火が始まった。
 打ち上げ花火にドラゴン、手持ち。冬哉が用意していた花火はそこそこあったが、中でもロケット花火の量が尋常ではなかった。
 みかん箱にぎっしりとロケット花火。
 結果、どうなったかというと――
 冬哉は今、北斗と共にロケット花火の連射を仕組んでいる。
 曰く、
「ロケット花火の連発は漢の浪漫だ!」
 後ろで美咲と奏が苦笑しつつ監視しているが、そんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりの熱中ぶり。4人とも思い切り楽しそうである。
 涼一と青葉は、と言えば――危ないから準備が出来るまでそこらへんで線香花火してなさいとの言いつけに従って、大人しくしみじみと線香花火。
 火の花が咲き、散り、更に大きな花が咲く。
 姿を変えていく白い花を見ながら、涼一は青葉に疑問をぶつけた。
 どうしようもなく、気になっていたことを。
 もしそうだったらいいという想いを隠して。
「一つ訊きたいんだけど・・・氷室さん。なんで僕を海に連れて行こうと思ったの?」
「んとね、涼ちゃん、なんだか疲れてたから」
「は?」
「なんだか凄く嫌な感じになってたから」
 確かに。
 そう、確かに涼一は行き詰まっていた。
 ただ焦りだけが支配している、前に進むことも一歩引くことも出来ない状況。
 だが――隠していたつもりだったし、実際友人たちは気付かなかった。
 しかし青葉は分かったという。
 それは、ひょっとしたら。
 そんな想いに、涼一は喉が渇いていくのを感じた。
 言葉を出そうにも、声が掠れる。
 出てくるのは、呼気の音だけ。
 掌に汗を感じながら、涼一はそれでも声を絞り出した。
「・・・なんでそこまで僕のことが分かるんだ?」
 青葉はまったく変わらない。
 涼一に笑顔を見せて。
「え?決まってるじゃない」
 いつもと変わらない、向日葵の様な笑顔でこう言った。
「あたしが、涼ちゃんのこと好きだからだよ」
 線香花火がぽとりと落ちた。





 正直言って、やられた。
 完璧な不意打ちだったよ、氷室さん。
 本当は僕から言おうと思っていたのに、こんな不意打ちはかなり参った。
 本気で、参った。
 そうだったらいいなって思ってたけど、僕はずっと踏み出せなかった。そう、受験を言い訳にして。
 でも、君にはそんなこと関係なかったみたいで。
 受験受験と一人で盛り上がって、一人でスランプになって一、人で悩んでたのがなんだか馬鹿みたいで。
 今更ながら、気付いた。
 結局僕は――君がいないと駄目みたいだって。
 とはいえ、君は僕の答を待たずに、自分が何を言ったかに気が付いて、真っ赤になって走っていった。
 ・・・途中で転んでたりしたけど。
 そこらへんは・・・まぁ、これからは僕が気を付ければいいんだ、と呟いて。
 自分の台詞に赤くなってしまった。
 まったく・・・どうしようもない。
 どうしようもないくらい、君のことが好きなんだって再確認。
 でも僕も、多分君も落ち着く時間が必要だから、今日は大人しく寝てしまおう。
 でも、その代わりに――
 明日、夜が明けたら。
 朝日の中で、好きだって言おう。