星月夜〜春待月〜
迷っていた。
ずっと迷っていた。
でも、その迷いも精算しなければいけないだろう。
いつまでもこのままじゃいけない。
それは解っている。
嫌と言うほど解っている。
でも、後少し。
足りない。
僕は本当に彼女のことが好きなのだろうか。
そんなシンプルな問いの答えだけが足りない。
彩の代わり?
そんな。
馬鹿な。
でも。
否定しきれない。
否定しきれない自分が腹立たしい。
でも。
答えは案外側にある。
そんな気もしていた。
迷っている。
あたしは迷い続けている。
この想いを言葉にするべきかどうか。
言葉にしたい。
それが本音。
言葉に出来ない。
それが現状。
言ってしまったら、きっと苦しめる。
言わなかったら、きっと苦しくなる。
でも。
負けたくない。
負けられない。
なのに、辛い。
姉さん、ごめんね・・・ごめんね・・・。
あたし、北斗さんの事、好きになっちゃったよ・・・。
これって裏切りになっちゃうのかな?
あたし、お姉ちゃんのこと大好きなのに。
本当に、大好きなのに。
言葉にしちゃったら、裏切ることになっちゃうのかな?
でも・・・誰にも負けたくない。
あたしの恋は、言葉にしなければあたしを苦しめる。
言葉にしてしまったら誰もを苦しめる。
ならば。
黙っていた方がいいのかも知れない。
それなのに――
限界に近い。
きっかけ。
僅かなきっかけで、この想いは溢れ出してしまう。
言葉になってしまう。
それが――怖い。
「雪が降る、か・・・」
高城北斗は誰に言うともなく呟きながら、窓越しの空を見上げた。
重い空。
白い空。
今すぐ雪が降っても不思議ではないだろう。
道を行き交う人も、本当に寒そうにしている。
当然四季彩館にたむろしている猫は外に出ようともしない。
「確かにこれじゃお前らも外には出たくないよなぁ・・・」
スツールの上で丸まっている猫を見て、呟く。
「なぁ、伽羅」
丸まっている黒猫――伽羅は答える様に尻尾を振った。
そして溜息一つ。
「で、君は何をしているのかな?」
と、銀虎の猫の前足を握っている杉崎奏に問い質す。
「銀夜と遊んでいます」
「それは見たら分かる」
北斗のその言葉に、奏は不思議そうな顔で。
「変な人ですね。何で見て分かるのに訊くんですか?」
北斗はまた溜息一つ。
「いいんだ、猫と遊ぶのは別にいいんだ・・・」
でもな、と前置きして店内を見つつ。
「状況を見てくれるととてもとても助かるんだけど」
つられて店内を見る奏、思わず絶句。
しかし一縷の願いを込めて。
「う。でもお父さんも寝てますよ」
ほら、と。
奏が指さした方向には、三毛猫を頭の上に乗せて眠っている男が一人。
四季彩館のマスター、杉崎龍太だった。
「ああああああああ・・・・・・」
崩れ落ちる。
崩れ落ちそうになる、意志。
意思を何とか繋ぎ、マスターの下へと歩み寄り。
「三緒、ちょいと退いてね」
猫をどかす。
「にゃぁ」
なにすんの。
と言った様に抗議の鳴き声をあげる三緒を、
「今度マタタビやるから」
と懐柔。
「にゃぁ」
しゃあないな、赦したげるわ。
と、納得した様に尻尾を立てて悠然と去っていく三緒を見送った後、北斗はおもむろにマスターの背中に氷を入れた。
「けぇぇぇぇぇぇっ!」
怪鳥の様な声を挙げて、マスター覚醒。
「なんて事をしてくれるのかな北斗君!」
シャツを引っ張り出すと同時に氷が床に落ちる。
それには目も向けず、北斗は笑み――凄絶な笑みを浮かべて、店内を指さした。
「それはこちらの台詞でしょうがっ!」
店内を見回す。
「ふむ、ほぼ満席」
呟いた後、マスターは元の席に戻り、また眠りに――
「つかんで下さいっ!」
盆で頭を叩く。
「く、店長を店長とも思わぬその所業!」
睨み付ける。
しかし。
「はいはいはいはいそれはおいといてケーキを焼いてくださいきりきりと」
北斗は笑顔を崩さない。
しかし、その笑顔はどこか禍々しい。
しばらくそのまま対峙していたが――
「・・・仕方ないなぁ」
マスター敗北。
がっくりと肩を落とし、厨房に入っていく。
「待って下さい」
のを引き留める。
「?」
「その手にある缶は何のつもりですか?」
北斗は更にいい笑顔を見せて。
マスターは心底悔しそうな表情でこう言った。
「ち。バレた」
「ち、じゃないですって。・・・没収」
マスターの手の中にある缶を没収。
葡萄茶色のその缶に踊る文字は――『Dr.Pepper』。
「・・・輸入版なんてどこから見つけてくるんだか」
苦笑しつつ、何気なく缶の底を見る。
「・・・・・・」
絶句。
缶の底に記されている賞味期限は2年以上前。
「コラおっさん!何考えてんですかあんたは!」
「でも毒じゃないし」
「賞味期限を見てくださいよっ」
その言葉にも、動じた様子はない。
「あ、それ確認済みだから」
「尚更悪いです!」
「大丈夫」
あくまでも動じていない。
何故大丈夫なのか。北斗はその疑問をぶつけた。
「根拠は?」
その答。
それは、北斗の予想だにしないものだった。
「この前君が飲んでも大丈夫だったから」
「・・・・・・」
一瞬にして言葉を失い。
甦る、記憶。
――ああ、そう言えば。
――酔った勢いで。
――飲まされたっけ。
その記憶とともに湧き上がる激情。
「おや、どうしたんだい?」
「人を実験台にせんで下さいっ!」
沈痛な叫びと同時に、伽羅がスツールの上で一声鳴いた。
閉店。
外に出て、空を見上げる。
晴れ渡った夜空に、無数の星が煌めいている。
僕は星を見上げながら軽く伸びをした。
「やれやれ・・・」
一日を思い返し、苦笑。
「マスターもあの癖さえなければなぁ・・・」
そして、気付く。
笑っている自分に。
何気ない日常に、幸せを感じている自分に。
もういない人を思いだしてもなお、明日を待っている自分に。
気付いた。
「忘れた訳じゃないよ・・・」
思い出す。
――彩の笑顔を。
「忘れられるはずがない・・・」
それでも、しかし。
「いつまでも引きずってちゃ――いけないよな・・・」
確かに彩は忘れないで、と言っていた。
それは事実。
変えようのない事実。
しかし――死んでしまった彼女に縛られることを、彼女自身は望むだろうか?
違う、というのは――虫の良い答えだろうか。
迷う。
自分自身の想い。
答えるべき問い。
迷い続けている。
気付いていた。
彼女の――奏の視線には。
でも、応えていいのか。
迷っていた。
一時の気の迷いだろう。
そう思っていたこともあったけど。
年が経っても、彼女の想いは変わらなかった。
一層強くなって。
だから。
悩む。
奏に惹かれている。
それは紛れもない事実。
でも。
彩の代わりなんじゃないかという、疑念。
それが消えない。
「結局迷いはまだ消えない、か・・・」
僕は溜息を一つつく。
そして、空を見上げた。
「彩・・・僕は、どうしたいんだろうね・・・?」
『馬鹿だね。言葉にしちゃえばいいじゃない』
そんな彩の言葉が聞こえたような気がした。
でも、それさえも――
僕自身の願望に思える。
僕は・・・本当は何を求めているのだろうか?
答えは出ている。
そのはずなのに・・・言葉に出来ない。
なんて。
悩んでいるわけにはいかない。
僕の想いは日に日に強くなっていく。
揺るぎないものになってきているから。
そう。
後は言葉にするだけ。
揺るがない想いを言葉にするだけ。
ただそれだけのこと。
僕は空に問う。
僕は誇れるだろうか?
これまでの僕を。
今の僕を。
これからの僕を。
『大丈夫だよ』
彩のそんな声が聞こえた気がした。
四季彩館もクリスマスとなれば満員御礼。
常連貸し切り状態となっていた。
「じんぐるべーじんぐるべー♪」
「雪緒・・・もろ日本語」
「鷹介うるさいっ!」
とか、
「関西名物クリスマスたこ焼きー」
「・・・嘘付くな嘘を!」
「・・・バレたっ!」
とか。
楽しそうにしながらも、誰もが眼で追っていた。
北斗を。
いつ渡すんだろうか。
わくわくと、期待に満ちた視線で見ている。
「・・・・・・」
北斗は溜息一つ。
ついた後、おもむろに奏に近寄った。
そしてポケットからリボンのついた袋を取り出し、奏に差し出した。
「はい、プレゼント」
差し出された袋を開けて出してみれば。
「わぁい、マタタビだぁ♪」
一気に周囲の気合いが抜けていったのが解る。北斗も思わず、
「・・・いいの?それで?」
と問いかけるが、奏はあっさりと、
「うん。だって北斗さんがくれたものですし」
といいつつマタタビの袋を開けていく。
「ってここで開けますかっ!」
「けちけちしたら駄目ですー」
そしておもむろにマタタビの粉を――
「そういう問題ですかって・・・うわ、いきなり何をするかな君はっ!」
北斗に振りかけた。
と。
にゃー。
にゃーにゃー。
にゃーにゃーにゃー。
にゃーにゃーにゃーにゃー。
にゃーにゃーにゃーにゃーにゃー。
瞬く間に北斗の視界を猫が埋め尽くし、そして酔った様な目になっていく。
猫に埋もれながら北斗は一言。
奏を半眼で睨んで言った。
「・・・奏さん。ほんとは怒ってるでしょ?」
「なんだ、解ってるじゃないですか。なんなんですか、マタタビってのは」
「いや、喜ぶかなと」
「喜ぶわけありますかっ!」
そしてそのまま店外に。
「ありゃ」
出ていった奏を見送っている北斗を、四季彩館の常連の面々は一様に非難した。
「北斗さん・・・何考えてんですか・・・」
「いや、ねぇ・・・?」
「いやねぇじゃなくてっ!酷いですよっ!」
「マタタビはあんまりですよねぇ・・・」
「確かにあれはちょっと・・・」
「あたしは欲しいかも・・・」
「・・・初夏。正気か?」
等々。
およそおもしろがっている意見も無きにしもあらずだったが、概ね北斗と奏を心配していた。
それでも照れくさいらしい、北斗はぼそっと、
「・・・だいたい衆人監視の前で渡せるか」
そっぽを向いて。
「でも奏さんは渡して欲しかったと思いますよ?」
「何故に?」
「北斗さんのこと好きだからに決まってるじゃないですか」
「・・・・・・あ」
「解ってるんですか?」
「いや、ね」
「早く何とかしたらどうなんですか?」
「だから、ね」
「はっきりさせて下さいよ!」
店内にいる誰もが北斗を責め立てていたが、当の北斗は気まずそうにため息一つ。
「あの、みんな気付いてる?奏さんね」
北斗、はドアの方をちょいと指さした。
「そこにいるんだけど」
寒かったからだろう、こっそり帰ってきたらしい。
そこには真っ赤になって照れている奏。
そして今度こそ駆け出す。
夜の街に。
「うわ、済みません!」
北斗は大きな溜息一つ。
「・・・店の後片付け宜しく」
言い残し、ドアへと向かった。
マタタビがまだ効いているのか、猫たちもぞろぞろと付いてくる。
ドアに手をかけて、背中越しに。
「んじゃ、僕は行って来るけど」
「はい〜」
さすがに罪悪感を感じているのか、常連の皆は大人しく承諾。
そこで振り返る。
明るい、しかし数多の刃に彩られた笑顔で。
「半端な片付け方したら・・・解ってるよね?」
反応を確認せず、そのまま外へ出ると、マスターが居た。
「全く、あいつもこんな所まで似なくてもいいのにな」
苦笑。
「まぁ、相手が君だから良いけどね。ただ、約束して欲しい」
北斗の目を見据えて。
いつもの表情ではない。
娘を案じる父親の顔。
あの日――彩を送ったときの顔だった。
「幸せにしろとかは言わないよ。ただ、不幸にだけはしないよう、努力してくれ」
だから。
「それは当然でしょう」
北斗も真摯な表情で答えた。
「だって僕は――奏さんの・・・いや、奏のこと、好きになってたことに気付いたですから」
自分の想いを確かめる様に。
「最初は代わりなんじゃないかと思ってました。でも・・・やはり違うんですよね。彩は彩、奏は奏。こんな簡単なことに気付かなかったの、かなり情けないですけどね」
そういって笑い、北斗は駆け出した。
――猫を引き連れて。
「やれやれ・・・猫にまで好かれてるのか、猫にまで心配されてるのか・・・どっちだろうな、彩?」
そう呟き空を見上げたその表情はどこか寂しそうで、しかし――誇らしかった。
勢いを付けて飛び出したは良いものの、北斗は途方に暮れていた。
何しろ奏が何処に向かったのか見当も付かない。
思わず呟く。
「さて、どうしたものか」
と。
「にゃぁ」
と伽羅が鳴いた。
「にゃぁ」
「にゃぁ」
続くように三緒と銀夜。
それに応えるように、
「にゃ!」
と付いてきていた猫たちは一声上げるや、四方八方に散っていった。
それを見送るように、
「にゃ〜」
と頭の上に乗っている三毛の子猫――三薙が一声鳴いた。
先ほどの猫たちの会話。
推測するにそれらは差詰め、
仕方ないなぁ。
みんな、姐さんを探すんや!
頼んだよー。
委細承知!
行ってらっしゃーい。
と言ったところだろうか。
「・・・・・・」
驚いたように伽羅達を見た北斗だったが、
「にゃ」
と三薙に頭を叩かれて。
しかも三薙は
ファイトだよー。
と言いたげで。
「・・・・・・さんきゅ」
複雑な気分で取り敢えず礼を言ってみた。
と。
三緒が足をぽんと叩いて
「うにゃ」
と鳴いた。
気にしたらあかん。
そう言われている様で、北斗は益々複雑な心境に陥った。
「取り敢えず・・・僕も探さなきゃな」
微かに疲れた吐息。
それだけ残し、北斗は動き出した。
たった一つ。
たった一つの想いを強固にするために。
揺るぎない想いにするために。
たった1人のひとに告げるために。
そして。
小一時間も歩き回った頃だろうか。
公園を彷徨っていた北斗の耳に、
「うにゃ!」
と、どこからともなく猫の声が届いた。
それに伽羅が
「うにゃ、にゃー」
と答え、
「にゃ!」
と駆け出した。
見つけました!
ご苦労様。案内宜しく。
付いてきて下さいね。
といった所だろうか。
「・・・お前ら猫の範疇越えてるよな」
思わず口に出した北斗の言葉が解っているのか居ないのか、3匹の猫――彩との出会いの日、彩が拾った猫たちは尻尾を揺らした。
「絶対・・・猫の範疇越えてる」
ぼやき、そして。
「でも、さんきゅな。案内頼む!」
素直に礼。
すると。
――やはり理解しているみたいで、
「にゃん!」
と3匹は声を揃えて答え、駆け出した。
「行くか・・・三薙、落ちるなよ!」
「にゃ!」
そして駆け出す。
数多の猫を引き連れて。
「・・・ネックだったな」
猫たちに連れられてきたのは公園。
四季彩館からは目と鼻の先の場所だった。
「まさかこことは思わなかった・・・本当に居ればだけど」
その北斗の呟きが少しばかり気に障ったのか、
「にゃぁ!」
と三緒が抗議の鳴き声。
ええからあんたは姐さんを捜し!
と言っている様で。
「探すか・・・」
北斗は公園に入っていった。
とは言うものの。
公園はやたらと広く、駆け回ってみたものの奏は見つからない。
「・・・何処に行ったやら」
悩む。
悩む。
悩む。
「ものは試しと言うし」
何やら思いついたのか、手を一回打った後、北斗は声を張り上げた。
「おーい、奏さん奏さん、おいでおいでー」
おいでー。
おいでー。
いでー。
でー。
エコーが消えていく。
その瞬間。
疾走する音が聞こえた。
向かっている方向は間違いなく自分。
「ありゃ」
と間抜けな声を出すのと同時に。
「人を猫みたいに呼ばないで下さいっ!」
と奏が跳び蹴りを喰らわしてきた。
北斗はひょいと避けて、
「でも出てきたじゃない」
少しばかり人の悪い笑みを浮かべる。
「う」
と呻き声を上げ、再び疾走開始しようとする奏を取り敢えず捕まえて、
「こらこら、逃げてはいけない」
と諭してみる。
が、奏は北斗の腕を振り払った。
そして一歩一歩下がりながら。
泣きながら、言葉にした。
本当は言葉にしたくなかった想い。
いつかは言葉にしてしまうのではないかと恐れていた想い。
疑惑。
嫉妬。
悲哀。
そんな色で彩られた想いを。
告げた。
「無理にあたしに付き合う必要は無いんですよ?」
その奏の言葉。
「あたしはお姉ちゃんの代わりにはなれないんだから」
その言葉が、北斗を動かした。
瞬時に間合いを詰め、
「莫迦ですか君は」
頭を軽く叩く。
「・・・・・・!」
奏は驚いた様な目で北斗を見上げた。
厳しい目。
自分の知っている北斗ではない様な。
しかし、自分だけが知っている北斗の目。
あの日の、北斗の目だった。
「代わりとか、そんなんじゃない。そんなので僕は人を好きにならない」
一歩。
「君だから、好きになった。君だから側にいて欲しいと思う」
もう一歩と、近付いていく。
「本音を聞きたい。君の、本音を」
心に。
「君の――本当の気持ちを」
触れた。
そして、奏は――
「気が付いたら、好きに・・・なっちゃってた・・・」
嗚咽。
「ごめんね。北斗さん」
最初は嗚咽。
「ごめんね・・・ごめんね・・・」
そして、解き放たれていく。
「でも・・・本当は・・・」
心が。
「本当は・・・寂しいよ・・・」
本音が、解き放たれて。
「北斗さんに、側にいて欲しいよ・・・」
だから。
「君がそれを望むなら、僕は君を護り続ける」
北斗は奏を抱きしめた。
「狡い、ですよ・・・」
奏は北斗の腕の中で。
「今になってそんなこと言うなんて・・・」
涙を流した。
「狡いですよ・・・」
しかし、それは安堵の涙だった。
「ごめん。でも、これが僕の答えだから」
そして。
「でも・・・嬉しいです」
奏も。
「本当に、嬉しいです」
答えを出した。
「北斗さん――忘れないでね」
たった一つの答え。
「あたしは・・・あなたの味方だから・・・」
奏自身の答えを。
「いつまでも・・・いつまでも」
そして北斗も再び奏に応えて。
奏を抱きしめた。
「僕は君を――」
強く。
「好きでいる事を、止めない」
優しく。
「絶対に、止めない」
揺るぎない想いで。
完全な答えで。
悩んだ末に出した答え。
側にいて欲しいという想い。
笑顔でいて欲しいという願い。
僕はどうやら思い切り回り道をしてしまったらしい。
とはいえ、これも必要なことだったんじゃないかと、今なら思える。
だって、今僕の腕の中には君が居るから。
君の温もりを感じながら空を見上げる。
夜空には満天の星。
まるで月の様に僕たちを照らして。
風は冷たくて。
でも触れ合っている部分は暖かくて。
ああ。
そうだね。
今。
こんなにも愛しいひとが僕の腕の中にいる。
その事実。
その幸福。
確かな温もりを今感じている。
腕の中にある確かな温もり。
胸の中にある確かな想い。
僕は――君と幸せになる。
彩。
見守っていて欲しい。
これからの僕たちを。
僕は、もう大丈夫。
護るべきひとを見つけたから。
護っていきたいひとを、手に入れたから。
僕は大丈夫。
だから安心して欲しい。
そう。
僕は――
ここで幸せになる。
この街の人たち。
君の父さん。
四季彩館の常連。
そして何より――
奏と。
「寒いとき、温かくしてくれるひとが居るって・・・いいね?」
そう言って奏が笑いかける。
同意しかけたけれど、奏はすぐに訂正。
「あ、違うね」
そして紡ぐ。
彼女の言葉を。
「寒いから温もりが欲しくなるんじゃなくて、温もりがあるから寒いのも平気なんだね」
気付く。
ああ。
僕は確かに幸せの中にいる。
だから、誓う。
夜空の向こうで見守ってくれている彩に。
僕は。
奏を。
好きでいることを、止めない。