いつかの夏の蒼のため〜桔梗〜
それは7月のよく晴れた日のこと。
その子はいつもの様に怒ったような顔。
うーん、少しは慣れてくれてもいいのになぁ。やはり嫌われてるんだろうか?
でも、いくらなんでも・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ここまで黙りっぱなしなんて。
会話にしても必要最低限ってのはかなり辛いものがある。
その上時々睨まれるし。
俺、何かこの子に悪いことしたかなぁ?
「てなわけだ」
麦茶を一口飲んだ後、日方忍は溜息をついた。
教え子である橘紫水にどうやら嫌われているらしい。
テンションも落ちてるし、家庭教師のバイトを止めたほうがいいかも知れない、と思っている。
そのことを彼女の兄であり友人である亮平に相談してみたものの。
「止める!?却下だ!」
一言の元に却下された。
「でもなぁ、辛いんだぞ、必要最低限の会話しかないってのは。街中で会って、話しかけたら逃げられるし」
(何やってんだあいつは)
亮平は妹の真っ赤になって走り去る様を想像し、溜息。
続いて忍も溜息一つ。
「その上テンション落ちたみたいで、テストの点も下がってるし。俺あの子の家庭教師、止めた方がいい様な気がしてるんだけど」
少し寂しそうにそう言うが、亮平はやはり却下。
「だからそれは却下だっての。でもあいつ春頃はやる気あったんだけどな。なんでトーンダウンしたんだろ?」
「俺がそれをきいとるんじゃぁ!」
相談は結局意味がなかった。
もっとも、亮平は何故かは解っていて空とぼけているのだが。
つまるところ、紫水は忍のことが好きである。
亮平としては引っかき回す気は毛頭無いが、積極的にくっつける気も無し。
引っかき回したら間違いなく紫水にタコ殴りにされるし、くっつけるのは何となく躊躇する。要するに友人に妹を取られる兄の複雑な心理のなせるところか。
「・・・お前面白がってるだろ」
半眼になって訊く忍の肩をぽむ、と叩きつつ忍。
「あ、気付いたか?」
答えるように亮平は笑って見せた。
しかし、である。
亮平は失念していた。
忍を自分の家に連れてきた理由の一つを。
つまり、それは――
「・・・どうやらお前さんはこのレポートは不要と見える」
文学のレポート。
目的の物件をしまい込み、
「私が悪う御座居ました」
と謝るあたり。
少しばかり立場が弱かった。
花信風の前。
冬哉は空を見上げ、呟いた。
「夏の――蒼だな」
眩しそうに目を細め、言葉にならない言葉を呟いて。
目を閉じる。
と。
「冬哉、配達宜行かないの?」
店の中から、美咲の声。
「ん。今から出る」
答えて、車に向かったところで呼び止められた。
「あ、冬哉」
「ん?」
振り向けば、にっこりと美咲。
「サボったら酷い目に遭わせるから」
「一応気には留めておこう」
真顔で答えて、車に乗って。
「んじゃ、配達行ってくる」
発車。
「あ・・・逃げた」
美咲は大きな溜息をついた。
花を担いで、その扉を開ける。
――ドアベルの音が心地良い。
そこにいるはずの友人に、冬哉は大きな声をかけた。
「北斗、注文の花持ってきたぞー」
「お、今日は仕事か」
「最近美咲さん怖くてさ・・・んーと、今回は桔梗な」
冬哉はそう言いつつとりあえずカウンターに座ってみた。
「んで、ダージリンね」
その上注文など。
「怖いと言いつつ座るかお前・・・ま、俺は別に良いんだけどね。あ、ついでに飾ってくれ。
そうしたら多少は黙っててやるよ」
「多少ってなんだ多少って」
疑問を口にしながらも、冬哉は花瓶を回収。
萎れかけた花を取り出し、軽く、小さく。
「ありがとな」
と呟いて、新聞紙にくるんでいった。
水を換えたら――あとは飾っていくだけ。
白と、紫。
そのいろが店内を彩っていく。
「ふむ、さすがプロ。ちゃんと考えて飾るね」
「花屋さんだから」
答えつつ、再びカウンターに座る。
「ほい、お疲れさん。
でも本当にいいのか、冬哉?ばれたら怖いぞ?」
北斗は少し呆れてみせる。
しかし水を差し出すあたりは解っている、といったところだろうか。
冬哉は一息に水を飲み、
「ここで終わりだから。それに心には清涼剤が必要」
爽やかに微笑った。
対照的に北斗は少し怯えた表情。
「あのな、お前にとっては清涼剤だろうけど美咲ちゃんには発火剤になってるぞ」
「いや、発火剤じゃなくてむしろ黒色火薬」
しかし冬哉は殆ど気にしていない。むしろ面白がっている。
「うわ。余計悪いじゃないか」
「爆発するんだこれがどかーん、とそりゃもぉ華々しく」
それはそれは楽しそうに笑ってみせる。
電話のベルも気にせずに。
北斗はその電話に出て、一言二言言葉を交わし、苦笑しながら受話器を差し出した。
「ん?」
「その爆発する人から電話」
さっさと出ろ、と受話器を突き出す北斗。
「あ。俺なら居ないぞ」
受話器を突き返そうとする冬哉だったが。
「すまん、出る前に言ってくれ」
「裏切ったな!」
結局ちゃんと電話に出るあたりは律儀なのだろう。
そして、受話器から聞こえた第一声は。
『冬哉、解ってるよね?』
というもので。
「はっはっは、聞こえないなぁ」
笑って誤魔化すにも、その声はそこはかとなく底冷えしている。
しかし。
『聞きなさいよっ!』
「ほんのりと却下」
ついついからかってしまうのは、何故だろうかと自問自答。
・・・答えは出ないが。
しかし、このままにしておく訳にもいかないだろう。
『ふーん・・・そんなこと言うんだ』
案の定、本気で怒り出した美咲に苦笑。
自分が怒らせている、という自覚がある分タチが悪い。
とはいえ。
「そう怒るな。そだな、四季彩館のミルフィーユを土産にしようぢゃないか」
ちゃんとフォローするのも、また冬哉だった。
美咲はその言葉に考え込んだ後、少しだけ恥ずかしそうに。
『・・・モンブランも付けてくれたら』
追加要望。
冬哉は笑いをこらえつつ、
「うい、了解。ミルフィーユとモンブランな」
了承。
『絶対だからねっ!』
そう言い残し、電話は切れて。
「これで良し」
頷いて、冬哉は受話器を置いた。
「お聞きの通りだ。ミルフィーユとモンブランを準備するがいい」
そして注文。
「へいへい。あまり美咲ちゃんを怒らせるなよ?いい子なんだから」
北斗は答えつつ、ミルフィーユとモンブランを箱に詰めて。
冬哉は、誰にも聞こえない声で、呟いた。
「・・・知ってるよ。そんなこと」
その声は、誰にも聞こえない。
事実、北斗は心配そうな顔のまま。
――といっても心配が占める割合は2割ほどだが。
「んじゃ、僕は仕込みするけど・・・冬哉。美咲ちゃんが本気で怒り出さない内に早く帰った方がいいぞ?」
その忠告に、
「もう少し平穏を味わってから帰る」
真面目な顔で答えてみせる冬哉。
「しょうがないなぁ」
と苦笑し、北斗は厨房に入っていった。
それを見送りつつ、冬哉はダージリンを一口飲んだところで――
くす、という笑い。
その声が聞こえた方を向く。
カウンター、レジの前。
彼女はそこで笑っていた。
「いつもこうなんですか?」
楽しそうに、目を細めて訊いてくる。
「概ねそうかもしれません」
心持ち遠い目をしながら答えてみる。
「概ねって?」
「言葉通りです」
その返答がツボに入ったのだろう。
彼女はテーブルに突っ伏して笑い出した。
「受けたのはいいけど突っ伏すまでとは。なんだかなぁ」
なにやら複雑な表情の冬哉に、彼女は涙を拭って答えた。
まだ、笑いながら。
「あはは、すみません。でも可笑しくって」
その笑いに、冬哉は微笑。
「ん、まぁ気にしないでいいですよ」
彼女は少し嬉しそうに微笑い、何かに気付いたように、
「あの・・・」
と、呟いた。
真面目そうな表情。
少し、動揺する。
「えーと、何か?」
彼女は少し慌てたようにあっちを向きこっちを向き、そしてカウンターの花瓶に目を遣って。
「桔梗って、あたしも好きなんです」
とその言葉に冬哉は嬉しそうに笑い、
「涼しそうでいいでしょ?」
と。
「そですね」
そして、暫しの沈黙。
「あの、えと・・・」
また、慌てたように。
言いにくそうに。
「ん?」
もう一度、促してみる。
何か悪いことしたのかな、と思いつつ。
「・・・あのですね。紅茶、冷めちゃいますよ?」
彼女の言うとおり、紅茶は冷め切っていた。
「あ・・・しまった」
呟き、紅茶を飲み干して。
「あの、あたし・・・用事がありますので。もう、行きますね?」
「ん。じゃ、また」
立ち去る彼女を見送る。
「ええ・・・また」
そして冬哉は彼女を見送り――入れ違いに入ってきたのは紫水達。
「はうううう」
紫水は思い切りどんよりとしている。
対照的に、
「あ、冬哉さんだやっほー」
「やっほー」
連れの2人――三冬と青葉は明るい。
「やっほ」
軽く手を挙げると、
「冬哉さん、何歳ですか?」
いきなり失礼なことを訊いてきた。
「ふむ、そういうことを言うか君たちは。
常連さんだと思ってたのに・・・俺は裏切られたんだな」
遠い、遠い目をしたら。
「ごめんなさい」
ぺこりんと頭を下げる三冬たち。
「はうう」
一方、紫水はなおも暗いままで、三冬は小さな溜息一つ。
ついてぽむと手を打って、
「あ、そーだ冬哉さん。男性の立場から言ってやって下さいよ」
「は?」
三冬に思わず問いただせば、
「しーちゃん、好きな人とのことで悩んでるみたいなんです」
思い切りストレートに、青葉。
「・・・いいけど。俺、結構きついこと言うかもだよ?」
苦笑しながらそう言えば、
「いいんです、この子には少しばかりきついこと言わなきゃ駄目です」
テーブルで突っ伏している紫水を見つつ三冬は言い切った。
そして、なおも突っ伏したままの紫水。
「はうう」
思い切り暗く溜息をついている。
「暗いよ、しーちゃん」
青葉はよしよしと頭を撫でて。
「暗くもなるよねぇ、片想いの相手が相手にしてくれないんじゃ」
三冬は呆れたように頷いている。
しかしそれらの言葉は彼女にとって辛いモノで、
「はうううう」
更にへこむ。
「テンションは下がるし、成績も下がるし。その上運勢まで下がってるんだから救いないよねー」
「あはは、面白い面白い」
笑い合う2人。どうやら面白がっているらしい。
「下がりまくりか・・・これで女ぶりまで下がったら目も当てられないな」
ぽつりと呟いた冬哉の台詞に、更に受けて笑っている。
顔を上げて怒ってみる。
「面白くないわよっ!」
怒ったついでに八つ当たり。
「そりゃ三冬はいいわよねぇ」
「へ?」
「彼氏と仲いいものねぇ。ああいいのいいの。あたしのことは気にしないでいいの。でも何でこんなに心が荒むんだろ?」
「いひゃいあお〜あいふうのお〜!」
にこにこと笑ったまま、三冬のほっぺをつまんで伸ばしてみたり手を放してみたり、そしてまたつまんで伸ばしてみたり。
それを嬉しそうにやっている。
それをしばらく眺めた後に、
「あのさ、しーちゃん」
と呼び止める。
「何?」
つまんで伸ばして手を放しす手はそのままに、紫水。
「まずね。好かれたいならそゆところ、直した方がいいと思うんだけど」
にっこり笑って一言。
「あう」
気付いているけど指摘されたくなかったことを指摘されて、紫水は思わず黙り込んで。
「?どしたの?」
氷室青葉、天然気味にして結構最強であった。
それらを見やり、冬哉はぽつり。
「君さ。自分から何かした?」
「それが出来たら苦労しませんよぉ」
溜息と共に紫水が答えた。
「知ってるんだけどね・・・出会っては逃げ、2人きりのチャンスでは黙り込み、必要最低限の会話しかしないって」
「だって、恥ずかしいんだもの!」
言い訳するように、紫水。顔は既に真っ赤になっている。
しかし、冬哉は容赦なく言い放った。
「だってじゃないでしょうが。そんなじゃ、本気で愛想尽かされるよ?」
――紫水があえて目を背けていた事を。
「ええっ!それ困る!絶対困る!」
椅子を倒しつつ、紫水。
「話をしたらいいんじゃない?多分、悩んでるよむこうは。嫌われてるんじゃないか、って」
微笑いながらの冬哉の言葉に、紫水は驚愕。
「ねぇ、どうしようどうしよう!どうすればいいんでしょうか!」
本気で困っている紫水に、冬哉はもう一度微笑って。
「このままじゃ嫌でしょ?ならまずは話してみること。・・・まぁ、向こうがどう思ってるかは別として。話してみなきゃ、何も始まらないよ?」
背中を、押した。
「三冬、青葉、冬哉さん。あたし・・・ちょっとガンバるっ!」
そう言い残し、紫水は四季彩館から駆け出した。
余談であるが、この日は忍の家庭教師の日ではなかった。
そしてそして。
「何だか最近、紫水の様子が妙でして」
花信風で鉢植えを選びつつ、忍は冬哉と亮平にそう切り出した。
「どんな風に?」
と冬哉が問えば、
「何だか話す頻度が高くなったような気がします。・・・笑顔が見えないのは相変わらずですが」
亮平は少し考え込んで、
「原因は冬哉さんですね」
小さな声で、確認。
当然答えは
「あたり」
であった。
苦笑しつつ、亮平は忍に意思確認。
「んで、忍はどうなん?紫水のこと好きなんか?」
「当然好きだぞ」
忍、即答。
「でも、ちゃんと言うの合格してからの方がいいなーと思って」
「なるほど」
亮平、納得。
そこに冬哉が爆弾投下。
「でも、今言わなかったら言うよりも酷いことになるよ多分」
「へ?」
「要するに、不安は早めに排除した方がいいって事」
「不安?」
その様に亮平は苦笑。
少し曲がり気味の直球を投げてみた。
「不安になるよなぁ、好きな相手がこれだもの」
「好きな相手?誰が誰の?」
「君が、紫水って子の」
そして冬哉のストレート。
「はいぃぃぃぃ!?」
デッドボール、頭に直撃。
「本当に」
「本当だ」
「何で知ってるんですか?亮平はともかく冬哉さんが!」
わたわたと慌てている忍に笑いながら、
「本人から好きな人がいるって聞いて、んでひょっとしたらと思って。いやー、まさか当たってるとは思わなかった」
あっさりと、言い放つ。
あまりにもあっけらかんとしていて、あまりにも自然に言われたので、忍は少し力が抜けて――悩んでいたことをつい、洩らしていた。
「・・・俺、嫌われてるかと思ったんですが。だって無視されてたんですよ、俺。
いつ打ち解けてくれるんだろって思ったんだけど」
分かってたらそれなりに対応出来たのになぁ、と溜息混じりの忍。
そして、
「・・・あいつ、照れてただけなんだけど」
亮平はあくまでも平然と。
「え?そうだったの?」
「身内が言ってるんだから間違いない。って言うか気付けよ」
平然と突っ込みを入れていた。
「大丈夫、今気付いたから」
突っ込みに笑顔で答え、
「で、どうするの?」
「計画を前倒しします」
覚悟を答え、
「というと?」
「これからちょっと行ってきます」
行動を示す。
「何をしに?」
そして亮平のその問いには苦笑。
「つまらない質問だな、亮平。当然好きだって言いにだよ」
最早迷いはない、と。
否。
最初から迷いはなかったのだろう。
タイミング的に今は拙いと思っていただけ。
つまり。
「を、言うね」
「だって出会った時から――好きだったんだから」
そう。
つまりは、忍もずっと紫水のことを思っていた。
それが解ったから、
「ならとっとと行け」
「そうそう、早く行っちゃいな」
亮平と冬哉にけしかけられて。
「はは。・・・待ってろ、紫水!」
言い残し、忍は疾走開始。
「やってやるぜぇ!」
妙にテンションが高い。
どうやら両思いであることが判明して、気合いが入ったらしい。
そんな忍を見送って、亮平はぽつりと呟いた。
「冬哉さん」
「ん?」
「少し、恨みますよ。
でもそれ以上に・・・ありがとうございます」
その表情に、曇りはない。
ただ、少しばかり複雑そうではあったが。
「ま、複雑だとは思うけど・・・見守ってやりなよ?」
「そりゃ当然。紫水を捨てようものなら地獄見せてやりますよ」
そして笑う。
少しだけ、意地悪そうに。
「そんときゃ一口乗らせて貰うな」
そして冬哉も、同じように笑って。
「ええ。もちろん」
哄笑が店内に満ちた。
「ふふふふふ」
「ははははは」
「ふふふふふふふふふふ」
「はははははははははは」
その哄笑は美咲が2人を張り倒すまで続いていたという。
夏の夕暮れ。
熱の欠片が路上に漂う頃、忍は紫水を待っていた。
視界の隅に、植えられている桔梗が揺れている。
蒼にも似た、紫。
紫が揺れていて。
呟く。
「紫水、か」
――空を見上げる。
星はまだ少ししか見えない。
光と言えば夕日の残滓と藍色の空に浮かぶ僅かばかりの星。
赤を遮る、黒が見えた。
――人影。
少し、怒ったような顔。
紫水だった。
「呼び出して、ごめん。
あと、来てくれてありがとう」
忍はまずは礼を言ってみた。
紫水は、黙っている。
まるで数日前に戻ったかの様に、黙って忍を睨んでいる。
忍は苦笑して、ぽつりぽつりと語り出した。
「俺、さ。君の家庭教師、止めようとか思ってた」
自分の、不安を。
「笑ってくれなかったし、さ。俺、嫌われてると思ってた。
君に迷惑かけてたんじゃないかって。
これ以上、嫌われたくなかったんだ」
自分の、想いを。
「好きな子に、これ以上嫌われたくなかったんだ」
――恋心を。
「そう言うこと。俺、君のことが好きだよ」
紛れもない、本心を告げていく。
「本当はもうちょっと後にしようと思ってた。
でも、背中押されされちゃってね」
――ゆっくりと。
忍の言葉は紫水に届き、紫水は――
はじめて、忍に笑顔を見せた。
「・・・忍さん。信じてくれないかもしれないけど、あたしも――忍さんのこと、好きです」
笑顔で、少しだけ涙を見せて。
告げていく。
「話したいこと、沢山ありました。でも、顔を合わせると何もかも飛んでっちゃって・・・何も話せなかったんです。
でも、忍さん気付いてくれなくて。つい、睨んでました」
自分の、本当を。
信じてくれなくてもいい、と思っているけど。
でも、信じて欲しい。
そんな気持ちで。
忍は、といえば――
「・・・鈍感でごめん」
あっさり信じて、笑顔。
そのことに、かえって驚愕。
「?信じてくれるんですか?
信じて欲しかったけど、本当に信じてくれるとは思わなかったです」
忍は、少しだけ苦笑。
「だって君、嘘つくような子じゃないでしょ?
それよりも、なんで君は俺のこと、好きになってくれたの?それが気になるんだけど」
気になったことを訊いて。
「あたしだって・・・知ってるんですよ。傘を忘れた見ず知らずの子に、傘を渡して走って帰っちゃうような人だって事。
だから、好きになったんですよ。
あたしこそ、聞きたいです。
あたし、可愛くないですよね?なんで好きになってくれたんですか?」
紫水は答え、自分が気になったことを訊き返した。
「可愛くない?誰が?」
「あたしが、です」
「なんで自分を可愛くないなんて言うのかな、君は。
知ってるんだぞ。捨て猫の前で2時間も悩んで、結局連れて帰っちゃうような子だって事。
だから、好きになったんだ」
その答えに。
お互いに出会ったと認識するよりもずっと昔。
2人は出会っていた。
そして、出会ったと認識した時には――もう、恋していた。
そのことに気付いて――笑う。
不安も、何もかも溶けていく。
そして、素直なままで。
「・・・遅れましたけど、今度傘、返しますね」
紫水は手を差し出し。
「遅れたけど、今度猫見せてやって」
忍はその手を握った。
ようやく出会えた笑顔に、安堵して。
「えーと、これから宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
笑い合い、抱きしめ合った。
――足下で、桔梗が夏の風に揺れていた。
えー、そんなわけで紆余曲折の末数ヶ月前倒しで告白した結果、紫水と付き合うこととなったわけで。
紫水のテンションは、というと妙な具合に高かったりする。
いきなりにへらと笑ったり、ぼへーとしてたかと思えば赤くなったり。
・・・やっぱり早かったかも、と思ったりもするんだけど、自分自身幸せだったりするので気にしないのだ。うむ、僥倖僥倖。
とはいえこんな状態が続いたら、かなり拙いことになりそうなわけで。
だから。
来年の今頃、夏の蒼の中にいるために――
一緒に、夏の蒼の下で過ごすために――
少し、気合いを入れてみるかな?なんて思ってる。
俺だって一緒にいたいんだから、思い切り厳しくするつもり。
だから――紫水、覚悟するように。