桐一葉





 どうしようもないなぁ、と思う。
 何だか彼のことが凄く気になって。
 焦る――
 このままでいいのだろうか?
 答が出ない。
 答が出せない。
 あたしは彼のことをどう思っているのかの答が見つからない。
 どうしようもなく、切ない。
 でもこの胸の痛みは――本当に切なさなのだろうか?
 彼への思いからなのだろうか?
 ――あたしは答を探している。





 空は次第にその蒼を深めている。
 そんな空を見上げ、あたしは彼のことを考えていた。
 彼。
 御門冬哉。
 花信風の店長。
 猫を構うのが大好きなひと。
 笑顔が優しいひと。
 そしてあたしの――
「どしたの?」
 ぺしぺしぺし。
 ・・・
 うーん、顔に出ちゃってたのかな?
「ね、どしたの?」
 あたしの頭をぺしぺしと叩きながら、あたしの一番の友達。
「どうもしないよぉ・・・」
 こう答えてみるけど、多分ばれてるんだろうなぁ。
「・・・あ、分かった」
 ぎく。
「例の花屋の彼」
 ぎくぎく。
「しかもライバルがいるね!」
 な、何でそんなことまで!
 もうリサーチ済みって事?
 ってことは・・・
「側にいるのはあたしと思っていたのに」
 ほら来た。
「気付けばほら、あんな近くに別の子が」
 あたしの背中押してるんだろうけど。
「どうしよう、でも好きだって言えない」
 からかうことないじゃない。
「関係が壊れるのが怖いから」
 この子なりの照れ隠しだってのは知ってるんだけどね。
 でも、やっぱり腹立っちゃったぞ。
「うふふふふふふふふふふふふ」
「あ、しまった目が怖い!」
 逃げようとする彼女をがっしと捕まえて。
「あたしのこの手が光って唸る!
 あんたを倒せと輝き叫ぶ!
 ひぃぃぃぃぃっさつ!シャァァァァイニング・フィンガァァァァァァァァ!」
 おもむろにアイアンクロウ。
 ・・・彼が一回やってたのをまねしてみたんだけど、案外上手くいってたみたいで。
「うきゃ、痛い痛い痛いって!」
 でも、彼みたいに腕の力だけでぶら下げることなんか出来なくて。
 ・・・何だか悔しかったりする。
 このままじゃ石破ラブラブ天驚拳は出来ないなあ、ちぇっ。
 ・・・うーん、あたし、何だか思考が飛んでるなぁ。
「あやややややややややや、何だかみしみし言ってる〜!」
 ・・・はっ!
 思考の海にどっぷり浸かっているうちに、思い切り力込めちゃったみたい。
「今日はこれくらいにしといたげるわ!」
 言い捨て、ちゃいとその子をほかす。
「うう、痛かったよう・・・」
 復活、早いなぁ。びっくり。
 でも、この子ってばあたしを心配そうに見てる。
 ・・・ふぅ。
 仕方ない、のかな?
 言わなきゃ、駄目なんだろうな・・・
 よし、覚悟!
「・・・ごめんね。
 解ってるんだ。あたしの背中を押そうとしてくれてたんだよね?
 でもね、解らないんだ。
 あたしは本当に彼のこと好きなのかどうか。
 解らないんだ」
 彼女はふぅ、と溜息一つ。
「答が出せるまで待つしかない訳ね」
 呆れた様にこう言って、あたしはあたしで苦笑して、
「そういうこと」
 肩をすくめた。


 本当は彼の顔見ちゃっただけで少し照れるんだけど、それを見せちゃいけない。
 そう、あたしはそんな表情を見せちゃ行けない。
 だって、あたしは彼にとってただの――そう、ただの。
 だから、何も言わない。
 何も言えない。
 それに――
 時々一緒にいる、彼女。
 とても楽しそうに、話している。
 邪魔したいけど、邪魔出来ない。
 嫌われるのが怖いから。
 だから、そんなときは遠くから見ているだけ。
 彼女がどこかに消えるまで、遠くから見ているだけ。
 でも――気になって仕方がない。
 彼女は一体誰なのだろうか。
 彼は彼女のことをどう思っているのだろうか。
 彼女は彼のことをどう思っているのだろうか。
 彼はあたしのことをどう見ているのだろうか。
 でも、そんなことは聞けない。
 だから、あたしは――
 気付いていない、振りをする。





 今日もほら、あの人はあたしの気持ちなど知らぬげに、
 バカなことを言って、
 思い切り笑って、
 でも時々遠くを見て、
 少しだけ寂しそうな目をして、
 あたしの心をかき回す。
 でもあたしはまだ何も言えない。
 まだ好きだって確信がない。
 あの日の約束を、憶えていてくれてるかどうかも分からない。
 だから、あたしはいつもの様に――
 いつもの顔で、
 彼に出会う。
 こんな変われないあたし。
 前に踏み出せないあたし。
 そう、こんなあたし。本当に――
 どうしようもないなぁ、と思う。
 街路樹の桐。
 その一葉がゆらりと落ちて。 
 そして秋が――始まる。