小春日和〜如月〜





 海鳴りが聞こえるこの場所で、僕は君を想う。
 狂おしいほどに。
 君は今、何をしているだろうか。
 青い空を見上げて。目を閉じてみる。 
 君がいる街は遠くて。
 あまりにも遠くて。
 僕は時々、不安になる。
 とても不安になる。
 僕は君に愛されているだろうか?
 君は僕を想ってくれているだろうか?
 会えない分、不安は募る。
 どうしようも無いくらいに。
 でも――僕は――
 君を想い続ける。
 君を想い、空に手を伸ばす。
 君に届けと。





「で、どーよ遠距離恋愛の彼女とわ?」
 鷹介はクラブハウスサンドウィッチを食べながら亮平に聞いた。
 橘 亮平。洋介のクラスメートであり、親友でもある。
「あ、それあたしも聞きたい」
 雪緒も話に乗った。しかし、
「・・・・・・」
 亮平は押し黙ったまま。
(あ・・・やべ・・・)
 周囲に緊張した空気が流れはじめた。
(やれやれ・・・)
 黙ってアールグレイをすすりながら3人の様子を眺めることにした北斗であった。
「最近、忙しいみたいで、さ。電話かけても通じないんだよ・・・」
 亮平はぽつりぽつりと話し出した。
「最初はよくあることだ、って笑えた。笑ってられた」
「でも・・・・・・もう、駄目かも知れない・・・」
 いきなり声のトーンが暗くなる。
「北斗さん、借ります」
 雪緒はカウンターの隅にあったトレイを手に取り。
 澄んだ音が店内に響いた。
「痛ぁぁ!何すんだ雪緒!」
「やかましい!
「ンだと!それが人の頭殴った奴の言葉か!」
 北斗は黙ってその様子を見ているだけだ。
 ただ、黙っているだけ。
「北斗さん、何とか言って下さいよ〜」
 亮平は泣き声になっているが、しかし。
「亮平君、その件に関しては僕は君の味方にはなれない」
 冷たく、北斗は宣言した。
「俺も。雪緒を止めない」
 洋介の目もどこか冷たい。
 それは・・・
「君は彼女と――理乃ちゃんと付き合うとき、なんて言った?忘れたとは言わせない」
「・・・・・・」
 亮平は黙っている。
 床を睨み付けて。
「大丈夫だ、距離は離れてても心が通い合ってれば――そう言ったんだよ?あのときの理乃の顔、忘れてないでしょ?」
 哀しそうな声で雪緒が続ける。
「俺はあんとき、おまえらを応援しようって、心からそう思ったんだ。裏切るなよ。俺たちを――おまえ自身を」
 鷹介はぽつり、ぽつり、と呟いた。
 それが引き金になったのか――亮平は叫んだ。
「解ってるんだよ!」
 涙を流しながら。
「解ってるんだよ、そんなことは!俺だって好きなんだよ!でも・・・」
 周囲が、息をのんだ。亮平の勢いに。
「でも、どうすりゃいいんですか!幾ら電話しても出てこない!俺、どうすりゃいいんですか!」
 それは――
「で、亮平君はどうしたいんだ?」
「え・・・?」
「決まってるんでしょ、答えは。なら――そうすればいい。電話に出ないなら出るまで電話をすればいい。それでも不安なら――逢いに行けばいい。それだけのこと、だよ」
 北斗はそう締めくくり、笑った。
「・・・行って来い!」
「居てきなさい!」
 3人に送られ、亮平は駅に走った。
「ありがとう!」
 その言葉を店内に残して。
「やれやれ、だね」
 北斗は紅茶を煎れ直し、飲み始めた。
 今度は嬉しそうな顔で。

「・・・・・・」
 翌日――14日の夜。
 亮平は肩を落として駅に降り立った。
彼女の居るはずの街に行って来た。
 ただ、逢うために。
 しかし――彼女は居なかった。
「馬鹿みたいだよな、俺・・・」
 空を見上げる。
 冬の澄んだ空気に、月が冴えていた。
「でも・・・・・・俺は・・・・・・」
 何度でも、あの街に行く。
 彼女が、好きだから。
 それは、確かなことなのだから。
 亮平は自分のアパートに向かって歩き出した。
 時刻は11時50分。
「必ず、逢いに行くから・・・」
 そして。
 自分の部屋にさしかかったとき、亮平は息をのんだ。
 そこに、彼女が居たから。
 探し続けた、彼女が居たから。
 いるはずのない人がそこにいたから。
「・・・理乃?」
「遅いよぉ・・・」
 亮平は言葉を失った。
 彼女は、いた。
 亮平の部屋の前に。
 彼を、待っていた。
 だから。
 強く、抱きしめた。
「冷たくなってるね・・・」
「亮平は、暖かいね・・・」
 小さな、くしゃみ。
 愛しさがこみ上げる。
「あのね、亮平。これ」
「これ・・?」
「チョコレート。何とか間にあったね」
 また、彼女が微笑む。
「理乃、まさか・・・それだけのために?」
 呆然とする亮平に、憮然として理乃は答えた。
「それだけって・・・とても大切なことだよ?」
 泣きたくなるほどに。
 涙が止められないほどに。
 胸が、痛んだ。
 嬉しくて。ただ、嬉しくて。
 だから、亮平は理乃を抱く腕に更に力を込めた。
 温もりを。
 自分の想いを。
 ただ、伝えたくて。
 彼女を。
 彼女の想いを。
 ただ、感じたくて。
「ねえ、亮平・・・あたしを、離さないでね」
 亮平の腕の中で、理乃がぽつりぽつりと呟く。
 我慢していた涙が、溢れていた。 
「あたし、弱いから。とても、弱いから」
 だから亮平は──理乃を更に強く抱きしめた。
 ここにいるから。
 僕は、ここにいるから。
 それを伝えたくて。
 鼓動と、想いが重なった。
 何故か満ちてくる安心感に、二人は眼を閉じた。
 ここにいる。
 自分の一番大切な人が、ここにいる。
 その事実を感じながら。
「心を、離さないでね。あたしの、心を」
「ああ・・・離さないよ。ずっと・・・」





 青い空の下で、僕は君を想う。
 君を想い、空に手を伸ばす。
 目を閉じ、風を感じてみる。
 すると、君を感じる。
 僕の、すぐ側に。
 そう。
 この想いは君に届くから。
 君の想いは僕に届いているから。
 空からは暖かな日差し。
 風には微かに、春の香り。
 雪解けの時は、近い。