いつしか望んだそのひとの〜竜胆〜





 好きだ、っていう台詞。
 言われたことは何回もあるけど、自分から言ったことはなかった。
 でも、今・・・気になっているひとがいる。
 ――参った。
 まさかあたしがあんなのを気にするなんて。
 ずっと、冴えない男だと思っていたのに。
 ・・・本当に、参った。





「どしたの、羽住?」
「・・・美咲?ん、ちょっとねー」
 笠井羽住はそう美咲に答えたものの、しかしその表情は明らかに悩みがある。
「ふむ」
 美咲は呟いて、記憶を辿り・・・
「・・・あ、工藤」
 思い当たる名前を口にした。
「はう!」
 途端にわたわたと慌てる羽住。
 明らかに尋常ではない。
「なるほど」
 にた〜と笑うその表情に、そのひと――工藤優司はその場にいないことを悟り、羽住は美咲の首に手を伸ばした。
「み〜さ〜き〜!?」
「ごめん」
 さすがにからかいすぎたと反省しているのか、少しすまなそうに美咲。
「・・・・・・今度やったら本気で首絞めるよ?」
 疲れた表情で、苦笑しながら羽住。
「んー、でも正直意外だねー。まさかあの笠井羽住ともあろう者があの!あの工藤を気にしてるとは」
「止めてよね、その言い方」
 顔をしかめながら羽住。
 しかし美咲は溜息一つ。
「でも事実じゃない。あんなにもてるくせに、なんで工藤?」
 それは素朴な疑問。
 確かに生じるだろう疑問。
「・・・正直、好きだって言われて、それでデートしたりしててもドキドキしたことはなかったんだけどねー。工藤見てると、なんだか・・・ドキドキするみたいなんだ」
「うん、だからなんで?」
 美咲は問いつめているわけではない。
 何か力になれないかな、と思ってのこと。
 だから、羽住は少し悩んだ後話し始めた。
「あの、さ。
 この前、映画館でなんだけどね。
 映画見ようとしてたとき、横から入ってきた人たちがいたのね。
 で・・・」
「分かった!それを窘めたのが工藤だった!」
 美咲の言葉に、苦笑。
 そして<そのとき>を思い出しながら、羽住は続けた。
「うーん、惜しい。
 小学生ぐらいの男の子がね、言ったんだ。
『順番守らなきゃ駄目だよー、横入りは狡いことだよー』
 って。
 で、その人達怒って、その子を殴り飛ばそうとしたんだ。
 ・・・誰もね、その子を庇おうとしなかった。巻き込まれたくなかったからだろうね。
 だって、凄い危なそうだったもの。
 でもね、工藤君が・・・その子を庇って。代わりに殴り飛ばされちゃったんだ。で、
『満足ですか?これで?』
 って。
 ごくごく冷静に。何でもないことのように。
 でも、凄い怒ったような目で。
『満足したなら、ちゃんと並んで下さい』
 ・・・さすがにばつが悪かったんだろうね。その人達、慌てて逃げて行っちゃった。
 で、工藤君、今度はその子ににっこり笑って。
『偉かったぞ』
 って。ドキッとしちゃって。気がついたら、身体が勝手に動いてたの。
 ハンカチなんて差し出して、これで拭いたら?って。
 あはは、我ながら大胆だったと思う」
 そう言ったときの羽住は、どこか遠くを見ていて。
 少し、幸せそうな顔。
 そして、微かに不安そうな顔。
「それ以来、かな?
 気になって。何を見てるのかなー、とか。
 どんな本が好きなのかなー、とか。
 気になって、仕方が無くなってきてる。
 ・・・あはは、単純だね。これだけで気になってるんだから」
「いや、単純じゃないと思うよ?
 気になるには・・・十分だと思う。
 なるほど、工藤にそんな面があったとは。びっくり」
 美咲は本気で驚いていた。
 工藤優司。
 人当たりが良く、なんだか日向ぼっこしてるような人物。
 ただし、地味。容赦なく、地味。
 まさかそんな人物に、目の前にいるこの女、笠井羽住が心惹かれようとは。
 笠井羽住は実際、もてる。
 ラブレターの数を数えたら数知れず、告白されたその回数も最早本人も憶えていないほど。
 その羽住が、気にしている人物が居るとは。
 それがあの工藤とは。
 美咲にはそれが意外だったが、何となく分かったような気がした。
 不意に、歯車があったのだろう。
 羽住と、工藤の。
 もっとも、本人はそのこと――心惹かれてることには気付いていない様ではあったが。
 だからこそ。
 自覚していないからこそ、悩んでいるのも事実。
「あのさ、美咲。わかんないんだ。
 あたし、工藤君のこと好きなのかもしれない。でも、気になってるだけかもしれない。
 ・・・わかんないんだ」
 そして大きな溜息をつき。
「美咲・・・あたし、どうすればいいんだろ・・・?」
 その悩みに簡単に答えることが出来るほど、美咲は強くはない。
 正確に言うなら、『彼女の想いの行方を背負う責任を持てない』。
 だが、美咲は知っていた。その、彼女の想いを背負うだけの強さを持っている人物を。
 だから、口にした。
 ・・・無責任ではあったが。
 だが、自分の友人を助けたかったから。
「んー・・・相談、してみる?冬哉に」
「冬哉・・・さんって確か美咲がバイトしてる花屋さんの店長さんだよね?」
 その問いに、美咲は短く。
「ん。花信風のバカ店長」
「バカって・・・でもなかなか格好いいじゃない」
 苦笑しながら、そう答える。
 羽住には分かったのだろう。美咲の言葉の隅に隠された、気恥ずかしさに。
 しかし美咲は呆れたように手を振りつつ、
「ええ?格好いい?ただのバカだよ冬哉は」
 羽住の視線の行き先に気付かずに。
「・・・あ」
「バカはバカなんだけど、まぁ、頼りにはなるから。相談してみたら?」
 言葉を、続ける。
「――誉めてるのかそれ」
 不意に投げかけられた疑問に、
「さぁ?」
 と答え。
「けなしてるよなそれ」
 気付く。
「・・・・・・あれ?」
 それはこの時間帯、この場所にいるはずのないひとの声だった。
「ん?答えてみるがいい」
 その質問を無視。
 逆に問いかける。
「えーと、あのですね冬哉さん?」
「はい、何でしょうか美咲さん?」
「何でこんな所いるんですかあなたは」
「そりゃー店を閉めてるからでしょう」
「閉めるなバカ店長!」
「横暴だぞ暴力店員!」
 美咲ははぁ、と溜息一つ。
 冬哉をほら、と指差して、
「・・・ね、バカでしょ」 
「うわ。指さしてバカって言い切ったよこいつは・・・
 どう思う?」
 冬哉と美咲に同時に問われ、羽住は少し考えて。
「・・・仲良いなぁって」
 そう言われた2人は複雑そうな表情。
「・・・え?」
「あのね、どこをどうすればそう見えるわけ?」
「どこをどうしてもそうとしか見えないんですが。
 ・・・そうかー。これが美咲の・・・なるほどねー」
 納得、と肯く羽住。
「?」
 と何か問いたげな冬哉。
「あのね・・・」
 少しばかり顔を赤くしながら美咲。
 しかし、冬哉は腕時計を見るや、
「うーん。よく分からないけど・・・
 とりあえずしばらく店を任せたっ!」
 ダッシュ。
「あ、こらっ!逃げるなっ!」
 追いかけようとして、美咲は気付いた。
 冬哉の手にあったもの。――花束。
 気付かなければ追いかけただろう。
 しかし、気付いてしまった。
「・・・・・・」
 結局、美咲は――
 冬哉を、少し痛そうな表情で見送ることしか出来なかった。
「ん?追っかけないの?」
 その羽住の問いに。
「・・・追えないよ」
 少し寂しそうに、哀しそうに微笑う。
「・・・訳ありなんだ。
 気を、遣ってあげたんでしょ?優しいじゃない」
 優しく笑う羽住に。
「そんなんじゃないよ・・・
 そんなんじゃない」
 俯いて、答えて。
 先ほどまでの干渉を、振り切るように。
「相談、だけどさ。冬哉、行っちゃったし・・・
 じゃぁ花信風で待ってようよ。
 すぐ戻ってくるだろうから」
 笑う。
「へぇ。よく解るじゃない」
 美咲の様子が元に戻ったことに安堵し、羽住は少しからかうように言い。
「まぁね」
 美咲は、少し誇らしげに笑った。



 いつもの場所。
 いつもの高台へと至る坂道。
「あ」
「ども、です」
 冬哉は、彼女に出会った。
「今月も、ですか」
「そうなりますね」
 事情を知っている彼女に、紫に映える花束を見せつつ軽く笑って答える。
「・・・・・・」
 何か言いたげな表情。
 しかしそれは冬哉が目を向けると同時に消える。
 ただ、儚げに微笑っているだけ。
「・・・大切な、ひとだったんです」
 呟く。
「そう、ですか・・・」
 少しだけ寂しそうに、そう答える。
 そして、沈黙が流れる。
 穏やかな。
 切ない。
 沈黙。
 そして、先に言葉を紡いだのは――彼女の方。
「その子は・・・幸せですね。
 あなたが憶えてくれてるんですから」
 その言葉に宿るのは、確信。
 そこに疑問の余地はない。
 しかし、冬哉は――確信できなかった。
 だから。
 つい、言葉にしていた。
「・・・・・・幸せ、なのかな。
 ・・・そうだったら・・・良いんですけどね」
 そして、苦笑。
 その答は。
「幸せに・・・決まってますよ」
 やはり確信に満ちた言葉。
 しかし、少しだけ辛そうな微笑みで。
 それでも、支えてくれたのは事実だから。
「・・・・・・幸せに決まってる、か。
 そう言われると・・・少しだけ、楽になるかな・・・」
 微笑う。
 その笑顔を見、彼女は顔を俯けて。
「あの・・・私、御邪魔でしょうから・・・
 帰りますね。そのひとに、宜しく伝えて下さい・・・」
 立ち去る。
 声を掛けることは――出来なかった。
「・・・別に邪魔なんて思わないんだけど」
 冬哉は呟き、目指した。
 彼女に花を贈る場所へ。
 ――空は、蒼く
 ――海は、碧い。
 風が、吹き抜けていく中。
 冬哉は呟いた。
「や・・・また来たよ」
 そして花束に目をやる。
「今月は、さ。竜胆。
 はは。あまりにもらしくて、何だけど。
 好きな花、だから。
 君にも、見せたかった」
 そして、花束を放る。
 花束は舞い降りて、やがて水面へ。
 そして。
 ゆら。
 と、揺れている。
 冬哉は自分の心が壊されることなく届いたようで、安堵。
 そして、問う。
 ――彼女との会話で、生じた疑問を。
「あの、さ。
 君は・・・幸せなのかな?
 幸せならいいんだけど」
 その答は、無い。
 届いてくることはない。
 冬哉は戸惑い、しかし――敢えて、微笑った。
「・・・そろそろ、行くよ。
 美咲、怒ってるだろうし」
 そして冬哉は自分の今あるべき場所へと向かった。
 ――振り返ることなく。


「只今、と」
 冬哉が裏口から花信風に入ると、美咲と羽住が待っていた。
「遅い冬哉」
 むー、と唸りながら美咲。
「はは・・・悪い。
 今度四季彩館のシブーストとレアチーズ買って来るから赦してくれると嬉しい」
 苦笑しつつこう言えば、
「・・・仕方ないなぁ、赦したげる」
 あっけなく和解。
「取引成立、と。
 ・・・で、一体何事?
 店、閉まったままだけど」
 そして疑問を口にした。
 本来なら、店は開いていても良いだろう。――店締めて外に出て行った分、後ろめたさはあるが。
「相談が、あるんだよ」
 美咲に言われ、
「相談?」
 問い返す。
「えーと、ですね」
 それに羽住は少しばかり躊躇した後、覚悟を決めて口にした。


「ふむ」
 冬哉は呟いて、少し考えた後。
 羽住の目を見据え、問い掛けた。
「まず、さ。冷たいみたいだけどね。
 答えを出すのは俺じゃなくて君。それくらい、理解してるよね?」
「冬哉!そんな言い方って」
 冬哉に反論しかけた美咲を抑え、羽住。
「・・・理解してるつもりです。
 でも、どうすればいいのか分かんないんです。
 もう、心がぐちゃぐちゃで」
 泣きそうな顔で。
 冬哉はそんな羽住の頭に軽く手をやって。
「なんだ、解ってるんだ。
 じゃ、俺が言えるのは・・・
 何はともあれ、少しの間一緒にいれば?
 そーすりゃそれが『好きって感情』なのか、『予想外だったが故の戸惑い』なのか分かるんじゃない?
 ま、向こうがどう思ってるかは分かんないけどね。
 ・・・前に進むにはね、まず足を踏み出さないと駄目だよ。
 でないと、何も変わらないし・・・何より、自分自身に失礼だ。でしょ?」
 優しく、撫でた。
「このままでもいいのか。
 このままじゃ嫌なのか。
 決めるのは結局自分自身だよ。
 例えば、さ。
 映画に行くとか。
 ただ一緒に歩くだけでもいい。
 それで、分かるはずだよ。
 例えば、一緒にいるだけなのに落ち着く。
 その反対なのに、心臓高鳴ったりする場合もあるだろうね。
 でも・・・共通するのは、『一緒に居たい』って心。
 それがあるかどうかくらいは・・・自分で判断できるよね?」
「・・・・・・」
 その答は、沈黙。
 自分の心を見つめ、答を探している。
 沈黙が、満ちていた。
 冬哉は羽住を優しく見つめ。
 羽住は自分の心を見つめ。
 美咲は冬哉を見つめていた。
 そんな沈黙を破ったのは、電話のベル。
 現実に戻った2人をよそに、冬哉は受話器を手にとって。
「はい、花信風・・・ああ、北斗か。
 なんだ?
 ・・・・・・ああ。分かった。これから行く」
 そして美咲に振り返り、
「美咲さん、本当に申し訳ないのだが」
「・・・プリン追加」
 美咲は苦笑し、条件提示。
「了解」
「取引成立」
 そして冬哉はドアに手を掛けて。
「悪い。なるたけ早めに戻るから。
 じゃ、行ってくるなー」
 花信風から、出て行った。
 残された美咲と羽住はその背中を見送った後。
「羽住・・・どうするの?後は冬哉の言ったとおり、だよ」
 美咲は羽住の背を押して。
「うん・・・少しだけ、勇気出してみる」
 羽住は自分の心を決めた。



「よう、花屋の若旦那」
「よう、雇われマスター」
 四季彩館には、北斗ともう一人しかいなかった。
 彼が即ち『相談』の対象なのだろう。
「・・・ふーん。なるほど」
 呟き、笑う。
「ああ、怖がらなくても良いよ。
 御門冬哉。花信風っていう花屋さんだ。
 ま、こいつとは親友なんだけど・・・悩み、あるんだろ?」
 そして、その彼の肩を叩いた。
 軽く。
「良ければ、話してみなよ。
 ・・・話すだけでも、さ。楽になるものだから。
 ま、無理強いはしないけど、ね」
 そして笑えば、決心が付いたのか。
「・・・じゃぁ、聞いて頂けますか?
 あ、僕は工藤優司って言うんですが・・・」
 優司は、話し出した。
 ――冬哉はその名に聞き覚えがあったため、多少考え込んではいたが。
「実は、ですね。
 気になってるひとがいまして・・・」
 そして優司が話し出したのは、視点こそ異なっていたが、羽住から聞いた話そのままだった。
「で、その子・・・ハンカチ、くれたんです。
 これで拭いて、って。
 正直、そんな子だと思ってなかったから意外で・・・
 気に、なってるんです。それ以来」
「・・・なるほど」
 こう答えつつ、冬哉はなんだか可笑しそうな表情になっている。
 北斗は疑問を感じたものの、ここは冬哉に任せることにした。
「んで?君はどうしたいわけ?その、彼女と?」
「話したいなぁ、って思います。
 少しで良いから。
 そうすれば、僕の心がどうなのか、分かる気がして」
 そんな優司の言葉に
「話せばいいじゃない」
 と言えば、優司はあっさり言い切った。
「ええ。そのつもりです」
「?」
「どっちにせよ、言わなきゃ始まらないんだから。
 なら、言わずに後悔するよりは言った方が良いです。
 ・・・もっとも、好きかどうかは分からないんで、まずは一緒にいてどうなのか、からですけどね」
 優司のその口調に迷いはない。
「・・・おーい北斗。
 決意表明じゃないかこれ」
 拍子抜け、と言うよりも純粋に気が抜けているのだろう。
冬哉は半ばぼんやりした声でこう言えば、
「そうだが?
 早とちりしたのはお前だろうが。僕は相談したいって奴がいる、なんて言ってないよ?
 ・・・何か言いたそうな奴がいる、とは言ったけど」
 と北斗。
 冬哉は空を見上げ、電話を思い出して。
「おお。確かに!」
 ぽむ、と手を打った。
「話したら、気が晴れました。有難う御座いました」
 しかし優司は気付いた風ではない。
 そのことに冬哉は微かに胸を撫で下ろしつつ、すかさず花信風の宣伝をした。
「あ、うん。
 では、彼女に告白の際は花信風で花買ってくれると嬉しい」
「はは・・・分かりました。
 そのときにはお願いします」
 そう言って笑い、優司は四季彩館を出て行った。
 その足取りに、迷いなど感じさせずに。
 その背中を見送りながら、先に口を開いたのは北斗。
「なぁ、冬哉」
「ん?」
「なんだか可笑しそうだったな?」
 北斗の問いに対する冬哉の表情は微笑。
「実はな。
 さっきの彼の想い人、俺の店に来てな。不安がってた。
 自分の心の向いてる方向に、さ。
 どっちにせよ、自分が動くしかないんだけどね。
 で、動くなら動かなきゃ、って言ったんだけど・・・
 ま、要するに・・・彼女も彼を気にしてた、ってわけ」
 その冬哉の言葉に、北斗は少しからかうように。
「教えなかったんだな?」
「教えるかよ。向こうの気持ちが分かったから言おうってのは・・・違うだろ?
 大切なのは、自分の意志のベクトル。じゃないか?」
「ま、確かに。
 ・・・でも、なんて言うか・・・」
 自分にも思い当たることがあるからだろう、北斗は言いよどんだのだが。
「お節介、か?はは。
 でも俺たちは・・・喪ってるから、な。どうしようもなく。
 だから、腹立っちゃうんだよなぁ、好き合ってるくせに止まってるの見ると」
 その言葉に、北斗は苦笑。
「だからって鉄拳制裁はどうかと思うが」
「はは。気が短くてね」
 ――しかし冬哉は改める気はないらしい。
 もっとも、手加減は十二分なほどしているが。
「愉しんでくるくせに・・・
 でも、な。お前もそろそろ・・・」
 そう言いかけ、北斗は一瞬口を閉じた。
 行って良いのかどうか躊躇し、結局――
「見つけなきゃ。辛いだろうに」
 口にした。
 冬哉は北斗に疲れたような表情を見せ、微笑った。
「このままじゃ駄目だってのは解ってるんだけどな。
 見つからないよ、そう簡単には」
 見つけたくない訳じゃない。
 幸せにならなきゃ、と冬哉はそう思っている。
 しかし――駄目なのだろう。
 あの想い出を共有できる、そんな人が見つからないのだから。
「見つける、ってよりは・・・気付く、かもな」
 僕は気付けたけど、と北斗。
 その言葉は冬哉を労るようで。
 少し、哀しげな響き。
 北斗が自分の背中を押しているのが、冬哉には分かる。
 ――痛いほどに。
 だが。
「俺は・・・どうなんだろうね?
 見付けるのか、気付くのか。
 どっちにせよ・・・今は自分の答えが出ていない」
 こう答えることしかできない。 
「まずは己の答え、か。
 手がかりすらないのか?」
 その問いにも、こう答えることしかできない。
「・・・分からない。
 それさえも、ね」
 しかし、もう一つの事実がある。
「でも・・・見付けたら、俺は・・・走っちゃうんだろうな」
 そう言ったときの冬哉は、微笑っていた。
 痛みなど無い。
 そんな表情。
 だから北斗は、自分に出来ることを口にした。
「ああ。そんときゃ背中を押してやるよ」
「はは・・・頼りにするさ」



 そして、その翌日。
 羽住と優司はお互いを探していたため、かえって出会えずにいた。
 逢いたいのに、逢えない。
 決心が付いたのに、空回りしている。
 となると当然、
「あーもう!工藤くんってばどこにいるのよっ!
 こんなに探してもいないなんてっ!・・・バカ。どこにいるの・・・?」
 こうなる。
 優司の方も優司の方で、
「うーん、笠井さんいないなぁ。姿を見たって奴はかなりいたから休みって訳じゃなさそうだし。
 ・・・ひょっとして、避けられてるとか?うわ、ショックでかいなそれは」
 こんな感じ。
 しかしそんな状態で出会えばどうなるか?
 片やいないと怒りを感じ、片や微かに不安を感じている。
「あ」
「あ」
 ――互いに、声を掛けることも出来ず。
 まず羽住が感じたのは、
「今までどこにいたのっ!」
 という怒り。
 優司が感じたのは、
「あ。逃げない?」
 という安堵。
 そして、二人が同時に感じたのは、
「やっと逢えた」
 という喜び。
 最初のうちこそ、
「あ、あのさ、工藤・・・くん!」
「えーと、笠井さん?」
 と同時に話しかけ、
「な、何か用?」
「えと、どうしたの?」
 と尋ね合う。
 そして、
「・・・お先にどうぞ」
「そちらこそ」
 譲り合うものの、
「・・・」
「・・・」
 お互いに沈黙。
「えーと」
「あの」
 そしてまた同時に声を掛けて。
「・・・」
「・・・」
 沈黙。
 そして、自分たちの行動の可笑しさに――
「はははは、何だか・・・ヘンだ」
「あはは。確かに・・・ヘンだよね」
 笑った。
 そして、機先を制して誘ったのは――優司。
「あの、さ。笠井さんは今度の土曜日、暇かな?」
 一瞬羽住は戸惑って。
 しかしその言葉を噛み締めて、嬉しくなって。
「え?あ、うん、暇!すっごい暇だよ!」
 即決。
 優司も羽住が了承してくれたことに多少驚きながらも、喜んで。
「じゃ、ちょっとつきあってくれると嬉しいんだけど」
「え!うん、勿論!」
「じゃぁ、土曜日、昼の1時。待ち合わせは駅前の・・・」
 そして、始まる。





 えーと。
 参った。
 なんて言うか、結局あたしは惹かれてた。
 それどころか好きになってたみたいで。
 ・・・それが解ったのは、彼の方からの不意打ちによるものだった。
 あたしがなんの気無しに洩らした言葉。
 一緒に歩いていたとき、ウィンドウ越しに見付けた竜胆の形のシルバーペンダント。
「あ。これ、何かいいな」
 思わず呟いた、その言葉。
 あたしはそのことを忘れてたんだけど、この前のあたしの誕生日。
 彼はあたしにそれをくれた。
「?」
 としていたあたしに対し、
「好きなひとの誕生日くらい知ってるし、好きな人の言ったことくらい憶えてるよ」
 とのんびり笑った。
 ・・・参ったなぁ。
 あはは、本当に参った。
 まさか言葉だけで・・・あ、もちろんプレゼントも嬉しかったんだけど。
 言葉だけであんなに幸せになれるなんて。
 そう。
 あたしは、彼に参ってる。