この想いは秋風に乗せ〜山茶花〜





 強い風を感じながら、わたしはこの場所にいる。
 深まり行く秋の風は少し肌寒く、なんだか寂しくなるくらい。
 でも――
 こんな寂しさが気付かせたわけじゃない。
 ただの思いつきってわけでもない。
多分、ずっと昔から――
 私は、貴方が好きだった。
 少し鈍くて、少し冷たくて、でもとても優しい貴方を。
 ずっと、ずっと好きだった。





 西沢直は窓の外をぼけーっと見ていた。
 それこそ授業そっちのけで。
 だから気付かなかった――世界史教師・高村光司郎が乾いた笑みを浮かべながら近付いていたことに。
「直、直!」
 友達が小さな声で呼んでいても、その声は届かない。
「うっわぁ、拙いよぉ・・・」
 ギリギリまでは新を現実に引き戻そうとしたものの、結局断念。
「おい・・・西沢」
「うっさい!」
 不機嫌な声と共に正拳一閃。
「うわ!」
 それを危うく高村は避けた。
 そしてようやく直は現実世界に戻り、自分の行為を認識した。
「ったく・・・なんだっての・・・よ?」
「よじゃないだろうがよじゃ」
 そして彼女が見たものは、引きつった笑みを浮かべている高村。
「あ、あはははははははー。ひょっとして?」
「レポート。お題は『陰陽五行説と同郷思想について』で、今日中ね。本の丸写しとかは却下。
 もし今日中に出せなかったら・・・」
「だ、出せなかったら・・・?」
 恐る恐る直が問えば、高村は親指を立て、かっきる仕草の後逆サムアップ。
「単位無し」
 にっこりと、それはそれは優しい表情で。
「横暴だー!」
 確かにこれだけ聞けば横暴だろう。だが。
「1回2回だったらまだ赦してやろうと思ったさ、ああ思ったさ!」
「あう」
「しかし・・・5回目だぞ。さすがに・・・赦すわけにはいかん」
「あうう」
「寛大な方だと思うけど?」
「あううう」
「てなわけでレポート、今日中ね」
「あううううううう」
 当然の報いであった。
 くずおれる直。
「ああ・・・さようなら平穏な放課後・・・いらっしゃい補習の毎日・・・」
 ぶわ、と涙を滲ませた直に近付く影。
「西沢・・・」
 村雨和人。
 直の、思い人。
 彼は大きな溜息一つついた後、呆れた声でこう言った。
「このバカが」
「な、何よ村雨その言い方は!大体誰のせいで」
 自分が何を言いかけたのかを認識し、直は言葉を途中で止めて。
 和人は訝しそうにしながらも、
「いや、それお前の自業自得だし。ま、とにかく・・・図書室行くぞ」
 ぽん、と直の肩を叩いた。
 どうやらレポートの内容を考えるつもりらしい。
 ほれ、とドアを指差して、ノートを片手に直を誘った。
「おら、とっとと済ませるぞ」
「わ、さすが村雨頼りになるよー」
 だが、直の言葉に被さる様に、
「ああそうそう」
 と、いつの間にか戻ってきていた高村の声。
「村雨。せいぜい資料教えてやるだけにしておく様に。
 この前みたいにお前さんが考えたのを筆記、ってのは大却下。
 自動的にお前さんの単位も消えることになるから」
 残酷な言葉をにっこりと優しい表情で告げられて、和人は呆然とした。
「・・・うっわー。えげつなー」
 そして直の言葉に瞬時に反応。
「誰のせいだ誰の!」
「えーと、これってひょっとすると私のせいかな?」
「ひょっとしてなくても、思い切りお前のせいだ!」
 とか言いながらも、結局和人は直をフォローして。
 そうやって提出されたレポートに、高村は苦笑しつつも直に執行猶予を出して。
 そんな毎日を直は楽しく思っていたのは事実。しかし、胸の奥に痛みを抱えていたのも事実だった。
 その限界が来たのは、秋風が冷たいある放課後。
「寒・・・」
 風の冷たさに、つい呟く。
 いつもの様に商店街に向かい、いつもの様に通り過ぎて、ふと、顔を上げた。
 歩道の前方、10m。
 そこに見えたのは、自分じゃない他の誰かと仲良さそうにしている、和人の姿。
 それは自分の友達で、しかも彼氏だっているというのに。
 胸が――痛んだ。
「・・・・・・」
 駆けていきそうになる。
 そして声をかけそうになる。
 直は目を伏せ、その場を立ち去ろうとした。
「あれ?」
 そんなときに聞こえた、和人の声。
 立ち止まって、直の方を見ている。
 ひょっとしたら?
 という期待を抱きながら、少しだけゆっくりと歩く。
 しかし――
「春の新作・アラビアータバーガーだって!喰わねば!」
 聞こえたのは、そんな声。
「よし和人・・・喰うぞ!」
「仕方ないなぁ。あたしも付き合うよ」
 そんな楽しそうな、声を背中で聞きながら。 
 辛くて、寂しくて、駆け出そうとして。
「おーい、無視するなって。お前も来るだろ、西沢?」
 呼び止められたことが嬉しくて。
 見付けてくれたことが嬉しくて。
 でも、今の顔――泣き出しそうな顔を見られたくなくて。
「・・・ごめん。嬉しいけど、用事、あるから」
 直は駆け出した。
「西沢?」
 和人の声にも振り向かず。


「・・・・・・暇だ」
 冬哉はついつい呟いた後、思わず周りを見回した。
 バイトと言いつつもその権力もとい腕力というか暴力は店長を凌ぐ存在がいるのではないかと。
「・・・良かった、いない」
 呟いて、そう言えばそうだと納得。
 美咲は今日は外せない講義があるはずだ。
「ちゃーんす」
 にや、と笑ったところに電話。
 とりあえずナンバーディスプレイを見、
「はい、愛と勇気と正義の花屋、花信風です」
 などと言ってみる。
『何バカ言ってんだ冬哉・・・』
 案の定というか、電話をかけてきたのは北斗。
「いや、どうせ北斗からだろうって分かってたし」
『?』
「ナンバーディスプレイで四季彩館からだってのは分かるの。・・・で?何用だ?」
『ああ、そうそう。そろそろ花の交換、頼むよ』
 その答えは予想通りのもの。
「・・・おっけ。じゃ、いつもの様にお任せでいいな?」
『ああ。頼んだ』
「おし」
 と受話器を置いて、花を選んでいた時に。
「あの・・・」
 戸惑いがちな、声。
 振り向いたそこにいたのは、直だった。
「はい、いらっしゃい・・・あら、どうも毎度です。・・・お使い?」
 問い掛ける。
「いえ・・・ちょっと、相談が・・・」
 その口調。その表情に。
「・・・・・・。ちょっと待って」
 言いつつ、店を閉ざし、奥に促す。
「これで良し。あまり他人に聞かれたくないことだったみたいだから」
「あの・・・いいんですか?」
 居心地悪そうな直に紅茶を出しつつ、微笑って。
「ん。どうせ配達に行くところだったし」
「すみません・・・」
「気にしないでいいって。・・・で?」
 そう言って、促したなら。
「あの・・・ですね。あたし・・・」
 戸惑いつつ。
 呟く様に。
「もうちょっと我慢出来るって、思ってたんですけど・・・
 友達のままでも大丈夫だって、思ってたんですけど・・・
 もう、限界です。駄目、です」
 途切れ途切れの、言葉。
 嗚咽混じりに、直は本音を洩らした。
「あたし、村雨のこと・・・」
 その声の大きさは呟く様に。だが。
「好きなんですよぉ・・・」
 その想いは、叫ぶ様に。
 しかし。
 冬哉は、目を伏せた後。
「とりあえず、さ。なるようにしかならないよ。
 こればかりは・・・・どうしようもない。
 例えば、さ。君がどんなに彼のことを好きでも、彼が君のことを好きだとは限らない。
 これだけは・・・心だけは、どうしようもないんだ」
 こう、告げた。
 それはある意味残酷な言葉。
 だがしかし、紛れもない事実。
 冬哉のその刃の様な言葉に直は戸惑っていた。
 なぜ、こんな冷たいことを言うのか、と。
 それに応える様に冬哉は微笑った。
 優しく。
 見守る様に。
「でも、さ。
 どっちがいいんだろうね?隠し続けるのと、打ち明けてしまうのと。
 確かに隠してたら、友達として側にいることは出来るかも知れない。でも、その事で余計に辛いことが起きるかも知れない。
 告白して、もし駄目だったら・・・それはとても辛いことだろうね。後悔するかも知れない。でも、もしかしたら・・・上手くいくかも知れない。
 どっちがいい?言わない後悔と、言う後悔。
 決めるのは君。
 あくまでも君。
 君以外の誰も、決める権利はないから」
 つまりは、そういうこと。
 冬哉に出来るのは、背中を押すことだけ。
 決めるのは、あくまでも直自身でなければならない。
 その自覚を促す言葉。
「よく、考えてね」
 それが、伝わったのだろう。
 直は少しだけ目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「あたし・・・賭けてみます」
 決意を、固めて。
「冬哉さん。
 村雨に、伝言をお願いします。一言、『待ってる』って。
 そう、伝えて下さい。
 あたしは村雨と初めて逢った場所で、待ってます。
 それで、もし・・・」
 もしも、少しでも望みがあるのならば――
 来て、くれると信じて。
「もし、村雨が来てくれたら・・・あたし、言います。
 好きだよ、って。
 来てくれなかったら・・・今まで通り。
 友達の、ままでいることにします」
「いいの?」
「いいんです」
 そう言って微笑った直の表情は、どこかさっぱりしていたが――
 寂しそうなのも、事実だった。
 そうして直は花信風から出て行ったのだが――
 やはり、気にならないと言えば嘘になる。
 だが、冬哉は和人に直がどこに言ったのかを伝える気は毛頭無かった。
 そんなことをしても、直のためにも和人のためにもならないから。
 だが、上手くいって欲しいのも事実。
「やれやれ・・・どうしたものかな?」
 呟きつつ、四季彩館に持っていく花を包んで、店から出た時に。
「あれあれ?お出かけですか?」
 そう呼びかけたのは、いつもの彼女。
「ん。配達です」
 ほら、と花を見せてみる。
「わ。山茶花ですか。いいですねー」
「四季彩館なんですけど、ね。たまにはこんなのもいいかなと」
 四季彩館、と言う名に彼女は瞳を輝かせた。
「四季彩館と言えば、あそこのケーキ、美味しいですよねー」
 彼女はあの場所のケーキの暗黒面を知らないのだろう。
 口から出たのは、なんて無垢な言葉。
 その言葉に、冬哉はつい遠くを見つめた。
「そっか・・・まだハズレを掴まされたこと、無いんだ。
 ・・・その運を大切にして下さいねー」
「え?え?それって?」
「ハズレが来たら解りますよ、きっと」
 そして綺麗な目で、空を見上げた。
 が。
「うー、気になるなぁ」
 この言葉に、冬哉は目を見開いた。
「あんなもん、出会わない方がいいんです!」
 どうやら思い切り出会っているらしい。
 血の涙が出るのではないか、と言う表情で、顎に梅干しが出来ている。
「うー、いよいよ気になる〜」
「出会った時はその不幸が分かります。以上!」
「・・・悔しいから外れを引いてやります!」
「止めときなさいって」
 交わされた、その会話は心地良く、懐かしく、しかしどこか切なさの漂う会話。
 本心を、まだ見せることが出来ない。
 戸惑いがちな会話だった。


「・・・俺は」
 答の出せない問いを呟き、冬哉は四季彩館に向かっていた。
「あの子に重ねている?だから気になるのか?
 ただの感傷じゃないのか?
 罪滅ぼしのつもりなのか?
 ・・・・・・答えが・・・出せない・・・」
 疑問は自己増殖を繰り返し、答を出すことはおろか、糸口を見付けることさえ出来なくなっている。
「・・・・・・それでも」
 答を、出さなきゃいけない。
 だが。
 迷っていることを、戸惑っていることを他の人に知られてはいけない。
 他の人の手を借りるわけにはいかない。
 そう、思いこんで。
 冬哉は無理矢理悩みを押し込め、笑顔で四季彩館の扉を開けた。
 店内は珍しく客は一人。
 猫は思い切り沢山いたが。
 その、客が言ったのだろう。
 聞こえてきたのはこんな言葉。
「北斗さん・・・俺、あいつに・・・
 西沢に、好きだって・・・言ってみます」
 冬哉はここぞと叫んだ。
「待ていっ!」
 北斗とその客――和人はどこからか降ってきた声の発生源を求め、周囲を見回す。
 と。
 開け放たれたドアの向こうに、腕組みをしている男が一人。
 逆光で、その表情は分からない。
 男は言葉を紡ぎ出す。
「人は自ら為すべき事を見付けた時、自分の中にある牙により前へと進む力を得る。己の中にある心の牙。人、それを勇気という・・・」
 ついついほけーとしてしまっていた和人はようやく疑問問を口にした。
「誰だ!」
 その答えは、
「お前たちに名乗る名前は無いっ!」
 という一喝。
 だがしかし、北斗はその男を見据え、苦笑混じりにその名を呼んだ。
「冬哉、妙な登場の仕方をするな」
「なんだ冬哉さんか」
「ばらしやがってこの野郎」
 お互いに苦笑しつつ、冬哉もスツールに腰を下ろした。
「とにかく、だ。和人さんよ」
「はい?」
「覚悟決めたみたいじゃない。
 ほら、ご褒美のキャンデーだ」
 ぽい、と冬哉は飴を放り、和人は思わずキャッチして、ジト眼で一言。
「・・・冬哉さん」
「ははは、冗談だ」
 冬哉は微笑い。
 それを瞬時に閉じ込めて。
 真面目な表情。
 真面目な声で。
 告げる。
「で、だ。
 その彼女――西沢さんちの直ちゃんから伝言。
『待ってる』ってさ」
 ――託された言葉を。
「どこでですか?」
 予想していた質問。
 それに、準備していた答を返す。
「それを教えるわけにはいかない。
 ヒントをあげるわけにもいかない。
 自分で、探し出すこと」
「・・・・・・」
 和人は恨めしそうな目で見ている。
 だが、冬哉は気にしない。
 返すべき言葉は突き放した様な言葉。
 そう信じて、呟く様に、無言の問に答えた。
「そんな目で見ても無駄だよ。
 俺は、教えない。誰がどう言おうと、教えるわけにはいかない。
 大切じゃないなら放っときゃいい。
 大切なら探せばいい。
 本当に、誰よりも大切なら――見つけ出すこと。
 でも、どっちにせよ・・・決めるのは自分。
 違うかな?
 俺が言えるのは、これだけ」
 その、鋭い言葉に対する和人の返答。
「冬哉さん」
 それは。
「ん?」
「花束、格安で売って貰いますからね!」
 というもの。
「はは。原価そこそこで売ってやるよ!」
 冬哉の言葉に笑顔で応えて。
「じゃ、行ってきます!」
「行ってこい!」
 和人は駆け出した。
 降り出した雨の中、傘も差さずに。


「行っちゃったな」
「行ったねぇ」
 冬哉と北斗は頷き合い、笑いあった。
「ま、一安心だろうね。
 探すのにどれくらい掛かるかは分かんないけど、見つけ出すでしょ」
「見つけられなかったら?」
「それまでのこと、だよ」
「冷たいんだな」
「・・・事実だもの」
 そう呟いた冬哉の表情は、どこか苦い。
 だがその表情を浮かべていたのは一瞬。
 北斗が後ろを向いた一寸に過ぎない。
 冬哉は一回だけ深呼吸して、心を整えて。
 いつもの笑顔で花を出した。
「んで、北斗。これな」
「を、山茶花」
 包まれていたのは山茶花に菊、ススキ。
 まさしく和の心である。
「和風すぎるかとも思ったけどな。たまには良かろ?」
「そうだな」
 頷き、花を受け取った北斗にすかさず注文。
「それと、だ。ジンジャーチャイくれジンジャーチャイ」
 北斗は頷きかけ、冬哉の後ろに一瞬目を向けた後、声を潜めて問い質した。
「僕はいいんだけど、さ。また怒られても知らないぞ?」
 だが、冬哉は凄まじい自信と共に言い放った。
「覚悟の上だ」
「へえ?覚悟あったんだ」
 冬哉の後ろから響いた、冷たい声。
 喩えるなら全てを凍て付かし、そして切り裂く氷の刃。
 きりきりきりと言う擬音がよく似合う動きで振り向けば――
 そこに、いた。
「・・・・・・やは、みさきさんいつからそこに?」
「ついさっき。紅茶飲みに来たんだけど・・・ね」
 美咲ははぁ、と溜息一つついた後、右手を掲げ、その言葉を放った。
「あたしのこの手が光って唸る!
 あんたを倒せと輝き叫ぶ!
 ひぃぃぃぃぃっさつ!シャァァァァイニング・フィンガァァァァァァァァ!」
 そして冬哉を襲ったのは神速のアイアンクロー。
 だが冬哉の身体が持ち上がることはなく、美咲は悔しそうに呟いた。
「ちぇー。やっぱり持ち上げられないかぁ」
「普通は持ち上げられないって。ある意味こいつが変なの」
 北斗は冬哉を指差して、しっかりきっぱり断言した。
「そっか、変なんだ」
 そして二人してあははーと笑う。
 冬哉は美咲の手を振り払い、
「お前ら人を捕まえて変だ変だ言うな!」
 とりあえず怒ってみた。
 こんな、騒がしい日常。
 それにどれくらい救われてきたのだろうか?
 冬哉は心の中だけで呟いた。


 雨の中、駆け抜けて目指す。
 直が待っているだろう場所を。
「・・・・・・あのバカのことだから、多分」
 目指すべき場所。
 同じ伝言を頼んだなら、自分がそこで待つだろう場所。
 直と、初めてあった場所。
 商店街から学校に向かう途中にある、公園のベンチ。
 あの季節、ベンチで思い切り寝ていた和人に、直は捨てようとした空き缶を思いきりぶつけた。
 そんな出会い。
 当然最初は喧嘩した。
 悪いところしか見えていなかったのが、いいところを見付けていって。
 気が付くと、心が向き合っていた。
 そんなことに気付かないまま、過ごしていた。
 気付かせてくれたのは、今日の放課後。
 走り去っていく直を、和人は追いかけようとして。
 不意に浮かんだ、疑問。
『何故追いかけようとしたのか?』
 自覚さえしたら、止まれるはずもなかった。
 だから和人は駆けている。
 公園の、あのベンチを目指して。
 雨の中、駆けていた。
 そしてやがて辿り着く、公園のベンチ。
 その左側には『空き缶ポイ捨て禁止』と書かれたゴミ箱。
 あの日、初めて出会った場所。
 直は、雨に打たれながらそこにいた。
 寂しそうに、心細そうに。
 だが、和人が姿を見せた瞬間、嬉しそうな表情を見せて。
 確かに、そこに直はいた。
「村雨。ひょっとしなくてもバカでしょ?」
「西沢。お前ってひょっとしたらバカか?」
 最初の問い掛けは同時。
「何で雨降ってる中走り回ってたの?」
「お前雨の中突っ立って何してたの?」
 次の問い掛けも同時。
 まったく同じタイミングで、同じような疑問を口にしていく。
 だが、お互いの言葉は通じている。
 間違いなく。通じている。
 だから、答えることが出来る。
「私はね・・・そうだね、村雨を待ってたってのはどう?」
「俺は・・・そうだな、西沢を捜してたってのはどうだ?」 
 雨が止んだ空は薄紫に染まり、吹き抜ける風は秋そのもの。
 そんな中。
 戸惑いながら同時に、最後の、しかし大切な疑問。
「ねぇ。なんで村雨はあたしを捜してたの?」
「なぁ。なんで西沢は俺を待っていたんだ?」
 その答も――同時。
「それは、ね。私が村雨のこと・・・」
「それは、な。俺が西沢のこと・・・」
 好き、だから。
 その言葉を先に言ったのはどっちだっただろうか。
 それを確かめる術はない。
 術はないが、しかし――
 彼と、彼女の想い。
 それがお互いに届いたのは、紛れもない事実だった。





 僕は空の色を忘れていた。
 空がこんなにも綺麗だなんて。
 ずっと、忘れていた。
 そんな秋空の下、僕は公園のベンチで眠る。
 あのときはゴミ箱の方に頭を向けていたから、今は足を向けて。
 風は少しずつ寒くなってきているけど、それでも日差しは暖かく、昼に寝る分には問題ない。
 だからついつい本気で寝てしまって。
 ぱかん、と頭に何かがぶつかり、僕は目を覚ます。
「直・・・おまえねぇ」
 ・・・どうやら直のノーコンは筋金入りの様で。
「あ・・・あはは、ごめん和人」
 どうやっても僕の頭に空き缶をぶつけてくれる。
 ・・・いや、ある意味凄いコントロールなのか?
「ま、気にせずれっつごー!」
「ぶつけた本人が言うかそれ」
 苦笑しつつ、僕たちは一緒に歩き出す。
 秋風は、確かに寒い。
 でも、その寒さはもう寂しさを呼び起こしはしない。
「ねー。和人?」
「ん?なんだ?」
 それは、君が側にいてくれるから。
 そして、君が寂しくないのは――
「いろいろと、ありがとねー」
「お互い様、だよ」
 僕が、君の側にいるからだと――信じる。