雪催〜師走〜
どうすればいいのか、解らない。
自分の心が解らない。
近すぎるのか。
仲が良すぎるのか。
解らない。
踏み出すには、たった一言。
でもその言葉を紡げない。
その一言が全てを壊してしまいそうで。
君はどう思っているのか。
僕を、どう思っているのか。
何故君は僕に笑いかけるのか。
答えが欲しい。
揺るぎない答えが、欲しい――
空は今にも雪が降りそうな、12月のとある土曜日。
四季彩館のカウンターで、東治要は紅茶を一口啜ると柚木晶にぽつりと言った。
「お前さ。俺以外の奴と話してるときは標準語だし割と大人しめだよな」
晶はにや、と笑うと自慢げに、
「ふふふ、結構告白とかされてんねんで」
その言葉に要は呆れた風に一言。
「絶対そいつら騙されてるよな。大人しくしてたらお前可愛いし」
そこまで言ったら晶は目をきらきらさせて、
「・・・いつも大人しかったら要も告白とかしてくれる?」
と言ってきた。
要は溜息一つ。
「俺は本性知ってるし今更飾っても無意味」
涼しい顔で、そう言った。
「う、何か悔しいわ・・・でも本当言うと妬いたやろ?」
悔しがりながらも晶が反撃。
にやにや笑いながら、要の頭をつついてみた。
「・・・妬くか」
微妙な間をおいて、素っ気なく要。しかし、晶は笑みを絶やさない。
「妬いたくせに」
更に要をつつく。
要は大きな溜息一つ。
晶の方を向き、大体な、と呆れた声で言った。
「何故に妬かねばいかんのだ何故に」
「要はあたしのことが好きだから」
さらりと、ごく自然に晶が言い。
ああそうだな、と要は頷きかけて。
「コラ待て。誰がいつお前の事を好きだと言った?」
突っ込んだ。
晶は目を伏せ、哀しそうな顔で――
「・・・ひょっとしてあたしのことは遊びやったの?」
涙まで流している。
「ええい、人聞きの悪いことを!」
要が晶の頭を軽く叩き、
「何すんねん!」
と晶が要をどつく。
そんな光景。
それを、北斗は涙を堪えながら見ていた。
「なんて言うか・・・味だよなぁ」
ぽつりと、呟きながら。
「ほんじゃまたー」
「おう、気を付けてなー」
見送った要の目の前で。
晶は階段で足を踏み外し。
見事に転がり落ちた。
「お約束すぎるぞこらっ!」
苦笑しながら、駆け寄る。
いつもなら、
「うわ、やってもぉたぁ。内緒やで?」
と起きあがるはずなのに、起きてこない。
気を失っているらしい。
「ったく・・・」
抱き起こそうとして、気付く。
血。
「え・・・?」
抱き起こそうと頭に添えた手を赤く染めるそれ。
「冗談、だろ?」
揺り起こそうとして――止められる。
パニック。
要は間違いなくパニックに陥っていた。
ついさっきまで話していた、晶。
彼女を襲った事態。
不安になる。
どうすればいいか解らないまま、救急車のサイレンの音。
要にはそこまでしか記憶がなかった。
救急車に乗った様な気がする。
必死で晶に話しかけていた様な気がする。
医師の質問に答えていた様な気がする。
しかし、記憶が曖昧で。
気が付くと、朝で。
要は病室の前で、呆然としていた。
「とにかく、外傷はあらへんし。頭も軽く切っただけみたいやったから。心配は要らへんよ」
晶の母親――美里はそう言って笑った。
「意識もすぐ戻るって、。医者さんも言ってたし」
その言葉。
それで、ようやく意思を取り戻せた。
「あの・・・俺、付いてていいですか?」
おずおずと、聞いてみる。
晶の母親は笑った。
「何当たり前の事言うてるん?」
「有難う・・・御座います」
2人は晶の病室に入り、待った。
目の前で眠っている少女の目覚めを。
やがて。
「ん・・・」
吐息。
そして、晶は目覚めた。
「晶、気が付いたか?」
「晶、気ぃついたんか!?」
その言葉に対する晶の反応。
それは、あまりにも冷たかった。
「・・・あなた達は誰ですか?」
その言葉に、要は凍り付いた。
無言になる。
しかし、美里は。
「あんた・・・アホやアホやと思ってたけど、ここまでアホやとは思わへんかったわ・・・」
わなわなと震え――切れた。そして。
「何処の世界に母親の顔忘れる娘がいてんねん!」
包帯が巻かれている頭に、拳の一閃。
「その上幼なじみの要ちゃんの顔まで忘れるとは、母さん情けなくて涙が出るわ!」
更に、一撃。。
「わぁっ!何すんですか何をっ!」
要は美里必死で羽交い締めにした。
「離してや、要ちゃん!このアホ娘に喝入れたんねん!」
まだまだやる気満々の美里。
その目は修羅の目と化している。
「わぁっ!誰か居ませんかぁっ!誰かぁっ!」
必死で助けを呼ぶ要。
「後生やから離してや!」
じりじりと晶に近付く美里。
「誰かぁっ!」
「呼びました・・・ああっ!」
騒ぎを聞きつけてやってきた看護婦は、ベッドの上を見て絶句した。
気絶し、あまつさえ傷口が開いている晶。
「わ・・・わわわっ!先生、先生〜!」
「何だ騒々しいなぁ・・・ををっ!」
検診するつもりだったのだろう。
入って来た医師も、絶句。
「ストレッチャー!急いでっ!」
しかしさすがに取り乱すことはなく、指示。
ストレッチャーで運ばれていく晶。
「ええい、離さんかいっ!」
美里は更にバーサークし――
要を殴りつけ、気絶させた。
「・・・凄絶だねぇ」
ぐったりとしている要の話を聞き終えた北斗は溜息一つ。
「・・・酷い目に遭いました。でもま、晶も傷口が開いただけでしたから良かったんですけどね」
苦笑。
「もともと凄絶な出会いでしたからねぇ」
溜息一つ。
要は晶との出会いを話し出した。
今から10年前の公園。
要はからかわれ、肩を振るわせている女の子を発見した。
周りには3人ほどの少年。
溜息をついて近付き、怒鳴った。
「何やってんだよ、お前ら!」
少年達を睨み、避難する。
「女の子を大勢で苛めるのって最低だぞ?」
要の勢いに少年達は気後れしながらも反論した。
「だってこいつの言葉、変なんだぜぇ?やでとか、ねんとか」
「そうそう。変な言葉を変だと言って何が悪いんだよぉ!」
「・・・気にいらん!」
無造作に殴りつける。
思い切り。
一人目、あっさりと気絶。
「あ。やっちゃった」
それを要は困った様に見下ろして。
「わぁっ!」
その他の子供達は蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。
「あ、逃げてった」
散っていく彼らを見送ったあと、要は少女に向き直った。
「おーい、大丈夫かー」
肩を振るわせている女の子に近付き、声を掛ける。
と。
「よ・・・」
「よ?」
「余計なことすんなやっ!」
女の子はその言葉と同時に殴りかかってきて。
「うわ、何しやがる!」
要はすんでの所で回避。
「これから怒濤の大反撃の予定やったのに!」
更に拳が跳ぶ。
「は?」
避ける。
「ひんむいてあの木に逆さ吊りにしようおもてたのに!」
膝蹴りが跳ぶ。
「うわぁい、過激だね」
避ける。
「その手のお姉さんに大好評間違い無しや!」
回し蹴り。
「そうかぁ?」
避ける。
「避けんなやっ!」
「避けるわっ!」
息が上がってきた少女は、何かを思いついた様に手を打った。
「こうなったらあんたを逆さ吊りに。そうすればお姉さんに大好評間違いなし」
攻撃が止んだことに安心しながらも気は抜かず、要は冷や汗を垂らして抗議した。
「こらこらっ!何でお姉さんに大好評に拘るんだっ!」
少女は少し上目遣いになった。
先ほどまでの闘争の気配が嘘だったかの様な変貌。
「駄目?」
「駄目」
要はあっさりと却下。
今度は少女は涙で目を潤ませた。
「うるうるうるうる」
要はやはりあっさりと却下。
「そんな眼で見ても駄目」
「・・・・・・」
「駄目」
「けちー」
「駄目」
「それはまた凄絶な出会いだね・・・」
「全く・・・それから懐かれたんですよねぇ」
懐かしそうに、呟く。
一緒に遊んできた、晶。
いつもは大人しそうなくせに、要といるときは馬鹿騒ぎをする晶。
そんな、晶は居ない。
今いるのは、要以外の誰もが知っている晶。
作られた仮面。
「でもあいつ、俺のこと忘れちゃったんですよ・・・」
目を伏せ。
「言葉も、普通になっちまって・・・」
でも、と要は顔を上げ。
「俺、取り戻しますよ。あの晶を」
宣言した。
「俺にとっての晶は、関西弁で、いつも明るくて、気が強いんだか泣き虫なんだか分からない晶なんです」
北斗はそんな要の肩を強く叩いた。
「大丈夫。戻るよ、きっと」
それから1週間。
要は晶の病室に通い続けた。
最初は戸惑った様子の晶も慣れてきて、笑顔を見せる様になった、ある日。
「よぉ」
いつもの様にやってきた要に、晶は儚げな笑顔を見せた。
「あ・・・。東治さん」
「どうだ、調子は?」
小首を傾げ、柔らかい笑みを浮かべて。
「んー、そうですね。悪くはないですよ」
そう、答えた。
その晶の表情は、要の知る晶ではない。
それが、痛い。
要は苦しそうに呟いた。
「そっか。・・・でもまだ、思い出せないんだな」
その要の表情。
それが、痛かったのだろう。
晶も辛そうな表情になる。
「すみません・・・」
今にも泣きそうなくらいに、呟いた。
「謝るなって」
慌てて。
フォローしたものの、本音は消えない。
要は苦笑混じりに、告げた。
「ま、記憶戻って欲しいのは事実だけどさ」
その言葉の意味。
自分に良くしてくれる理由。
話しかけてくれる理由。
晶はそれを聞きたいと思った。
何とか、言葉にする。
問いを。
「・・・東治さん。あなたは・・・なんで、私に優しくしてくれるのですか?」
要は一瞬言葉を失った。
どう答えるべきか。
その言葉を探す。
友達だから。
違う。
それだけじゃ無い。
幼なじみだから。
違う。
この感情は、そんな物じゃない。
ならば。
「そうだな・・・お前のこと、好きだからかもな」
言葉にすると、思考は現実味を帯びた。
もう一度、考えてみる。
やはり、違う。
「いや。かもじゃないよな」
要は晶を見つめた。
そして、言葉にする。
自分の結論を。
大切なのは自分の想いだ、と。
気付いたが故に。
「俺、晶のこと好きなんだ」
その言葉が放たれた次の一瞬。
静寂が部屋を支配して。
そしてすぐに。
「やったぁっ!」
晶はガッツポーズ。
その姿に先ほどまでの儚さはない。
要は目を点にして呟いた。
「は?」
晶は要のそんな様子にもお構いなしで、早口で訊いてきた。
「さっきのほんま?」
「・・・は?」
「信じてええんよね?」
嬉しそうな晶と対照に、要は半眼。
「おい」
「何?」
「言葉」
「言葉?・・・あ、しもた!」
慌てて口を押さえるが、既に遅い。
要は問い質した。
「お前、記憶無くしてたんじゃなかったっけ?」
すると晶はあっさりと。
「んー、無くしたフリ。要、優しくしてくれるかなー思て、つい・・・」
えへへーと笑う。
「・・・・・」
晶の頭に張り手一発。
「痛いなぁ。何すんねん!」
「人を心配させといて言うことかコラ」
「心配・・・してくれたん?」
「当たり前だろーがっ!」
もう一度、軽く叩く。
晶は頭をガードしながら、
「そう言うときはな、優しく抱きしめるもんちゃうの!なんでチョップやねん!」
文句。
しかし、要は半眼で晶を睨んだ。
「記憶無くした振りだっただろーがお前はっ!」
「く・・・それ言われたら言い返せへん・・・」
悔しそうになったが、すぐさま表情は変わった。
笑顔に。
「でもええわ。目的は果たしたし」
「目的?」
何か言いたげな要を見つめ。
「要に好きやって言わせること」
そう言って笑った晶を――
要は抱きしめた。
まぁ、そんなこんなで大騒ぎも幕を閉じた。
で、怪我の功名というか、何というか――
僕たちは付き合いだした。
と同時に君の言葉遣いも変化。いつでも関西弁になった。
今は誰も違和感を感じているみたいだけど、そのうち慣れてくるだろう。
そんなこんなで今日も僕たちは四季彩館に足を運んでいる。
「うう、ほんま寒いなぁ・・・」
「冬だからなー」
ああ寒、とポケットに手を突っ込む。
と。
「・・・おい」
君はジト目で訊いてくる。
「・・・何?」
ポケットに手を突っ込んだまま、君の方を向いてみる。
「こういう時は抱き寄せてくれるもんちゃうん?」
不満そうに、僕を見上げて。
だから僕はつい君をからかって。
「ほほう、抱き寄せて欲しいわけだ晶は」
「う・・・」
「さぁ、どーする?」
「ううう・・・結構恥ずかしいけど・・・でも・・・」
「54321、時間切れ!」
「ああっ!そんなんないわっ!」
見上げた空は、雪が今にも降りそうで。
そりゃ寒いよなぁ、と納得。
してからおもむろに、
「うりゃ」
と君を抱き寄せる。
「ひゃっ!何すんのん!」
「うん、なかなか暖かいな」
「・・・・・・」
「あ、赤くなってやんの」
「・・・・・・」
正直言って、意外だった。
ここまで照れ屋だったとは。
「雪、降りそうだな」
呟いた僕に、晶は頷いた。
見上げる。
空を。
降りてくる、一片の白。
「あ・・・雪・・・」
そう呟いた君の声。
すぐ側には君の温もり。
ああ、そうだね。
こんなにも簡単なことだったんだ。
「なぁ、晶」
呟く様に、君に話しかける。
「ん?どないしたん?」
まだ照れながら君が問いかける。
そんな君に、僕は。
もう一度、言葉を差し出す。
君が望んだ言葉。
僕が望んだ言葉。
揺るぎない答えを。