東北華音八猫伝
月宮あゆ、覚醒するのこと
ある日の放課後、今日も今日とて月宮あゆは走っていた。
走っている理由は、といえば当然
「待てぇ!食い逃げ〜!」
というわけで。
「うぐぅ、待てと言われて待つバカはいないよっ!」
走る走る。
減速しないままでケーキ屋さんの角を曲がって、すぐさま路地に飛び込んで、
「ふぎゃ!」
猫のしっぽをふんずけた。
「わっ!」
しかし急には止まれない。
バケツやら段ボールやら何やらを薙ぎ倒し、あゆ、気絶。
しかしそれが功を奏したのだろう。
「どこに行った!くそう、今日は俺の勝ちだと思ったんだが」
鯛焼きの親父、嘆息。
その表情には悔しさはあるが忌々しさはない。
漢である。
一方、あゆはといえば――未だ気絶中。
しかしその中であゆは不思議な体験をしていた。
そして目覚めたあゆの目は――使命感に燃えていた。
その右手には、『信』の文字が浮かんだ水晶で出来たマタタビ。
その額には――猫の足形の模様が浮かんでいた。
「そうか・・・思い出したよ、ボクは!」
思わず叫んだならば。
「・・・そこだな!」
――鯛焼き屋のおやじ・視覚/聴覚技能・重複発動・食い逃げ発見・成功。
「うぐぅっ!?」
――あゆ・脚術技能・発動・疾走・成功。
逃げようとするあゆ。しかし。
――鯛焼き屋のおやじ・体術/腕術/脚術技能・重複発動・回り込み・成功!
「16勝16敗・・・」
優しげな声でこう言って。
「33戦目は――俺の勝ちの様だな、嬢ちゃん」
一歩、近付く。
刹那、あゆは加速。しかし。
――あゆ・回避/体術/脚術技能・重複発動・すり抜け・失敗!
――鯛焼き屋の親父・体術/腕術/脚術技能・発動・食い逃げ確保・成功!
「うぐぅ、離してよ!ボクはやらなきゃいけないことがあるんだよ!」
じたばたもがきながら、鯛焼き屋のおやじを思い切り睨み付けるあゆ。
――あゆ・心理技能・発動・威圧・成功。
しかし。
――鯛焼き屋のおやじ・心理技能・発動・威圧反射・成功。
効果はない。
鯛焼き屋のおやじはあゆを見て、にっこり笑ってこう言った。
「ああ、あるなぁ。鯛焼きの代金を払うという大切なことが」
――鯛焼き屋のおやじ・心理技能・発動・大威圧・大成功!
「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
こんな感じで、全ては始まったわけで。
水瀬名雪、相沢祐一にイチゴサンデーを要求するのこと
放課後の教室。
祐一に起こされる前に名雪はがばちょと顔を起こし、きっぱりはっきりこう言った。
「祐一祐一、私は前世ではこの街を護って闘った八猫士の一人だったんだよっ!」
「名雪・・・お前、正気か?」
呆れつつ、周囲を見回す。
誰も残っていなかったのは不幸中の幸いだった、とばかりに。
「っていうか何だよ八猫士ってのは発病士じゃないのか?」
「うー、酷いよ!」
思い切りふくれて名雪。
なんだかまだ寝ぼけてるんだかどうだか分からない、とろんとした眼というか糸目。
「私たちはね、タマ梓の怨霊からこの街を護ってたんだよ!」
何だ寝ぼけてるのか、と祐一は大きな溜息一つ。
「あーはいはい、いいから寝ろ。っていうか起きろ」
取り敢えず頭を叩いてみる。
名雪は叩かれた頭を抱えて、少しばかり涙を滲ませた。
「祐一、疑うんだ・・・じゃぁこれを見てよ!これが八猫士の証だよ!」
ぺろんと出した太股に、うっすらと浮かび上がっているのは猫の足跡。
「名雪。お前、んなとこに猫パンチくらってんじゃない。・・・っていうかしまえ!早くしまえ!」
焦りつつ、祐一は更に名雪の頭を叩いてみたりしたものの。
「うー。まだ信じてくれないんだね。じゃぁこれでどう?」
ほら、と取り出したのは――水晶で出来たマタタビ。
その中に妙に達筆な字で『孝』と一文字書いてある。
「・・・こんな小道具まで用意して」
やれやれ、と肩をすくめる祐一に、
「こうなったら八猫士みんな集めるんだから!もし揃ったら毎日イチゴサンデーだよ、祐一!」
妙に強気に、名雪。
「・・・あのな」
呆れた声を漏らしてみたら、
「じゃぁ一週間」
少し弱気に。
「おい」
「うー、じゃぁ大まけにまけて10個でいいよ」
更に弱気に。
祐一、じと眼で名雪を睨み。
「おまえな。香里とか佐祐理さんに頼むつもりだろ?」
「そんなことないよ」
「目を逸らすな」
「香里も八猫士だったら連れてくるけど」
力が抜けた祐一は机に寄りかかり、
「あのなぁ・・・」
説教の一つ二つでもしようと思ったのだが。
「絶対、八人集めるからね!」
そう吐き捨てて、名雪は教室を飛び出していった。
「・・・やれやれ。名雪にも困ったものだな」
祐一は苦笑し、鞄を手に教室を出て行った。
美坂香里、美坂栞の暴走に巻き込まれるのこと
「校門を出ると香里がそこにいた」
「・・・誰に説明してるの、相沢くん?」
「いや何となく」
答えながら、香里を見る。
どこか、おかしい。
香里の目は、どこか思い詰めていて――
「相沢くん。少し、いい・・・?」
「どうしたんだ、香里?何だか様子がおかしいぞ?」
心配に、なる。
だからついて行ったのだが――
香里は中庭の中央で振り返り、真面目な顔で問いを投げかけた。
「相沢くんは前世って信じる?」
「ごめん、そーゆーのに興味ないから」
祐一は爽やかに微笑い、回れ右して足早に去ろうとしたのだが――
逃さヌ、とばかりに肩を掴まれた。
「わ、離せ!」
「離さないわよ!」
「大体何で俺なんだ!そんな話は北川にでもすればいいだろーが!」
呆れた様な怒った様な祐一と対照的に、香里の声は何かを信じた熱い声。それはそれでかなり珍しいのは事実だったのだが、こんな台詞を祐一は聞きたくはなかっただろう。
つまり。
「八猫士の証が呼んだのよ!」
祐一の肩を掴む香里の左の手の甲に、なんとなく猫の足形が浮かんでいる。それこそ名雪のものと一緒なのが。
そして右手でごそごそとポケットを探し、取り出したのは――
「名雪・・・もう手を打っていたのか」
透明なマタタビ。中に浮かぶ文字は『忠』。
それをぐっと握り込み、更に更に熱い声。
「相沢くん、これは運命なのよ!」
そして香里の声に追随し、
「お姉ちゃんの言うとおりです!」
栞登場。
右手の平に、猫の足形。その手で謎のポケットから同じようにマタタビを取り出して。
その中には『悌』の文字が浮かんでたりして。
「・・・名雪、手回し良すぎ」
「そう運命!私と祐一さんとの仲は最早運命なのです!」
「そう運命!相沢くん、覚悟しなさい!」
思い切り指を突きつけられて。
しかもこの姉妹、ほんのりと暴走気味で。
祐一は覚悟を決めた。
「この手は使いたくなかったんだが・・・」
苦悩に満ちた声で唸り、胸ポケットに手を入れて。
「相沢流忍術・チケット隠れ!」
祐一は香里の後ろに回り込み、懐から取り出したそれを、背中にちゃいと貼り付けた。
「いきなり何するのよ!」
声と同時に香里の裏拳が飛ぶが、祐一はそれを難なく回避。
その結果香里は栞に背中を向けたことになったのだが――
それに躍る文字をいた瞬間――栞が変わり、祐一はしてやったりとほくそ笑んだ。
「・・・栞?」
栞の不穏な気配を察知して、香里が冷や汗混じりに聞き返す。
「・・・・・・」
しかし栞は答えない。静かに力を溜めている。
「あ、相沢くん・・・何を貼ったの?」
「アイスクリームのチケット」
「何良い笑顔でいるのよ!」
そう、それと言っても何のことはない、某アイスクリーム店の引換券(しかも1枚)だったりするのだが。しかし栞にはこれが効いた。
呆れるほど効いた。
暴走中の、紫色した某人型決戦兵器の如く近付いてくる栞。
その姿に恐怖を感じ、香里は背中のチケットを取ろうとしたのだが――
「と、届かない!」
祐一がチケットを貼り付けた一はまさしく絶妙。あがいてもあがいてもチケットは取れない。
一歩。
一歩。
最所はゆっくりと。
だんだん早足で栞は近付いてきて。
緊張が高まって――
「憶えてなさい〜!」
香里、疾走開始。
それを追って栞も。
「達者でな〜」
取り敢えず――本当に取り敢えずだが、祐一に平和が訪れた。
川澄舞、倉田佐祐理の胸元に見惚れる相沢祐一に突っ込みをいれるのこと
「このパターンで行くと、次は――」
こそこそと周囲を気にしつつ、祐一は帰宅を開始したのだが―
「いたよ・・・」
舞と佐祐理が談笑していた。
虚ろな笑みを浮かべて、祐一は壁により掛かった。
ああ、気付かないでくれたらどんなにいいだろうと絶望的な願いを抱いて。
しかし――そんな願いは得てして破られるもので。
舞は祐一の気配に気付き、瞬時に間合いを詰めて祐一の右腕を掴んだ。
「祐一、待ってた」
同時に、佐祐理も。
「あはは〜。さぁ、一緒に行きましょう」
佐祐理と舞に両腕を捕まれ、祐一は連行されていった。
「舞、佐祐理さん・・・何で俺なんだ?」
「ふえ?だって祐一さんはサトミケの姫、伏姫さまの転生なんですよ?」
初めて聞いた名前。
妙に――というか、中途半端にディティールに凝っている分始末が悪い。
「里見家・・・いや、このパターンだと里三毛なんだろうなぁ・・・で、誰それ?」
思わず問い返したが、まともな答は期待出来ない。
「ふえ?祐一さん憶えていないのですか?前世で私たち八猫士を導いてくれたじゃないですか。ほら、神獣ニャつふミャと一緒に」
思い切り真面目な表情で、佐祐理。
その表情には迷いはない。
迷いがあったら救いとなったのだが――そんなものはない。
「だから、俺知らないって」
冷や汗混じりに言ってはみたが、
「祐一、覚悟を決める」
どうやら決定事項の模様で。
「八猫士の証がそう言っている」
舞の右腕に猫の足形のカタチした痣が浮かび、掌のマタタビの中にある『仁』の文字が強い光を放った。
「・・・なんだかなぁ」
はは、と乾いた笑いが出てしまう。
悲哀であった。
「あはは〜、佐祐理のも光ってますよ〜」
ほらほらーと佐祐理もマタタビをはいと差し出す。
その中の『義』の文字が光っている。
ああ、なんて綺麗。
そして、
「ほら、ここも光ってるんですよ。これこそ祐一さんが里三毛の伏姫の証拠です」
佐祐理はにっこり笑い、猫の足形の痣を見せた。確かに光っている。光っているがその場所というのが胸元だったりしたもので、
「ごきゅり」
思わず祐一はつばを飲み込んだ。
「祐一、眼がやらしい」
「剣で突っ込みいれるな!」
舞の突っ込みをからくも避けて、取り敢えず間合いを置く。
「祐一・・・避けたら駄目」
「避けるわっ!」
じりじりと間合いを広げて行く。
「今度は逃さない」
どうやら本気になった模様。
「なんで斬られにゃならんのだ!」
祐一の問いに舞は答えない。
ただ、間合いを詰めていくだけ。
そして。
「あはは〜。祐一さん、舞は嫉妬してるんですよ〜」
その言葉が引き金となり。
舞は真っ赤になって。
「・・・・・・」
無言で斬りかかってきた。
「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだぁぁぁぁぁ!」
祐一、疾走開始。
それを追って舞も疾走開始。
「あはは〜、佐祐理も行きますよ〜」
そして佐祐理も。
そして誰もいなくなった。
沢渡真琴、天野美汐と共に気を失うのこと
商店街。
己の能力全てを用いてハイパーモード舞から逃げ出した祐一にいきなり飛びかかる影一つ。
「祐一祐一祐一、聞いて聞いて聞いて!」
「真琴、どうした?」
最早諦めの境地で、祐一。
「あう、真琴はね、八猫士だったのよ!驚いた?」
目をキラキラさせて訊いてくる。
なんて無邪気。
「あーもーおどろきまくりだコンチクショウ!?」
やりきれない表情の祐一など気にせずに、真琴は更にヒートアップ。
「でね、ほら!」
後ろに回していた手をぐいと突き出し、
「里三毛の守護獣、神獣八ふミャ!」
と言いつつ真琴が差し出したのは――
「にゃあ」
「どう見てもぴろだろそれは」
ぴろだった。
真琴は少しむっとして、
「あう、でもぴろだけど八ふミャなんだもん!」
ぴろは、なにやら真琴のその言を肯定するかの様に、
「にゃ」
と一声。
「・・・何だかなぁ」
呟きつつ、ぴろは鰹節かなんかで釣られたのか?と考えていたら、真琴はポケットをごそごそと。
「それと八猫士の証!どう、参った?」
ほらーと取り出したのはやはりマタタビ。中に浮かぶ文字は『智』。
「それと、ほらほら!これで信じるでしょう!」
確かに猫の足形があった。
――真琴のおなか、肝臓がある辺りに。
「真琴・・・おまえさ」
祐一は頭を抱えて。
「公衆の面前で腹を出すな・・・」
思い切り疲れた声で。
「あう・・・分かった」
さすがに祐一の様子が気になったのか、真琴はあっさり服を元に戻し、祐一は疲れた声で言った。
「町中で名雪が感染してやがる・・・!名雪め、妙なもの流行らせやがって・・・」
このままだと水滸伝になる。いや、にゃん滸伝か?
そんな祐一に、どこからともなく
「お待ちなさい!」
鋭い声。
周囲を見回しでも姿は無い。
もしやと思いつつ自動販売機の上を見たら──そこにいた。
逆光の中、腕組みなどしているその人影はさらに言葉を紡いでいく。
「目の前の事実を受け止めることが出来ない弱い心。その心を抱いたまま、日々をすごすもの、人、それを人間として不出来といいます・・・」
「誰だ!」
「天野美汐です!」
名乗りと同時に突如逆光は消え、美汐の姿が鮮やかに祐一の目に映り──祐一は溜息。
なぜなら美汐はぐい、と例によって例の如くマタタビ――中に『礼』の文字――を突き出したポーズでいたのだから。
「天野・・・スカートで自販機の上に上がるのは止めた方が良いぞ」
天野にまで感染したのか、と哀しそうに頭を振りつつ、前にも増して頭を抱えた。
「・・・解りました。降りますから待っていて下さい」
美汐はそう言ったはいいものの、下を見てむむむ、と唸ったまま動こうとしない。
「どうした?」
何の気無しに問えば。
「・・・怖くて降りられません」
なんて間抜けな答。
祐一は思いきり肩を落とした。
「だったら最初から上がるなよ・・・」
そんな祐一の様子を美汐は見ていない。
いいこと思いついたと手をぽんと打ち、
「相沢さん」
祐一を呼ぶ。
「あ?」
と祐一が身体をあげたその瞬間。
「私を受け止めて下さいね・・・とう!」
ダイブ。
さすがに捨て置くわけにはいかず、抱き留めたものの――
「ぐはぁっ!」
いくら美汐の体重とはいえ、2mの高さから、しかも思い切り抱きつかれたならば――
「腰・・・腰がっ!」
当然こうなるわけで。
しかし美汐は離れていない。
より一層強く抱きついている。
しかも涙目で。
「怖かったです」
だったら最初からするな!と叫ぼうとしたところで、その視線に気が付いた。
金色の瞳。
獣の光彩。
真琴の目だ。
「あう・・・美汐、狡いわよう!」
「やった者勝ちです」
祐一はほくそ笑む美汐の首筋に、はんなり光る猫の足跡の形の痣を見つけたりして。
「わ、祐ちゃんちょっとドキドキだぁ」
と呟いた。
その呟きが聞こえたわけではあるまいが、
「じゃぁ真琴も!」
少し離れて、助走して。
「祐一、ちゃんと受け止めなさいよぅ!」
ダイブ。
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
更なる衝撃が祐一の腰に走った。
と同時に頭と頭がぶつかった、とてもとてもいい音。
「あう〜!?」
「こ、こんな酷な事って・・・」
真琴と美汐、気絶。
今がチャンスと2人を振り解き、走り出そうとしたのだが――やはりダメージ、大。
「腰・・・腰・・・っ!」
膝から崩れて、更にその衝撃が腰に来て――気絶。
気絶して2分後、祐一覚醒。
「あ・・・あかん・・・早く帰らないと・・・」
ずるぺたん。
ずるぺたん。
そんな感じで、壁に身体を預けつつ、祐一は水瀬家へと帰っていった。
「おのれ・・・秋子さんにジャムを貰って・・・復讐だ!」
一人の修羅と化して。
タマ梓、復活するのこと
「やっと・・・やっと辿り着いた・・・!おめでとう俺・・・ホントにおめでとう!」
そしてようやく家に帰った祐一。
「しかし・・・まだだ・・・俺にはまだやるべき事がある・・・!」
いっそ寝てしまえたらどんなにいいだろう。しかし、寝るわけにはいかないから。
気力を振り絞り、リビングへと向かう。
為すべき事を為すために。そして――
「秋子さん・・・!」
リビングに入った瞬間、祐一は崩れ落ちた。
祐一が見たモノ、それは――
「我こそはタマ梓が怨霊ニャり〜」
おどろおどろしげな気分を出しつつ片手にジャムを持った秋子の姿であった。
「・・・何やってんですか秋子さん」
溜息混じりに効く祐一に、秋子はいつもと変わらない口調、変わらない表情で答えた。
「あらあら、祐一さん。私、思い出してしまったんです」
「はぁ、何を?」
つい言葉にしてしまったが、やめときゃ良かったと祐一は後悔。
つまり秋子も
「前世を」
と。
祐一は何とかソファーに這い上がって。
「秋子さん、あんたもですか・・・」
極限まで疲れた声で呟いた。
しかし秋子はにこにこと、変わらない笑顔のままで。
ほんわかのんびりこういった。
「タマ梓だけに、その正体といいますか、本性は猫でして」
「はぁ・・・そうですか」
最早言い返す気にもならず、祐一はソファーでぐったりしたまま。
そんな祐一に近付いて。
「だからこんな事もしちゃいます」
猫の様に、秋子は祐一の膝に転がった。
「わっ!」
既に秋子の目は線と化している。お気に入りの膝の上で寝転がっている猫の如くに。
その上、
「ごろごろごろ〜」
と喉を鳴らしてみたり。
(う・・・何だか)
「可愛い」
(かもしれない・・・)
「あら、有り難う御座います。ごろごろごろ〜」
「ぐあ、またか!またなのか!」
祐一の膝の上でタマ梓というか猫化した秋子が転がり、その横ちょで八ふミャというかぴろが寝ている。
「・・・因縁の相手同士じゃなかったっけ?」
との祐一の問いに、
「そんな何百年も前のことなんかどーだっていーんです」
と秋子。
「にゃ」
とぴろ。
どうやら本気でどうでも良いと思っているらしい、
「ごろごろごろごろ〜」
膝の上で転がっている二匹の猫に、祐一は大きな大きな溜息をついたのであった。
八猫士集結するのこと
祐一が水瀬家のソファーで放心し、秋子がその膝枕で機嫌良く丸まっていた頃、八徳のマタタビに導かれ、八猫士達は一人、また一人と集まっていた。
場所は――ものみの丘。
最初に姿を現したのは、数時間鯛焼きを焼いた様な匂いと姿のあゆだった。
そして、2割ほど寝ている名雪。
ボロボロになった香里とアイスを食べてご満悦の栞。
悔しそうな表情の舞と変わらずにこにこ笑っている佐祐理。
ぴろの不在を気にしている真琴と、真琴をなだめつつ祐一に抱きついた感触をリフレインしてにへらっと笑っている美汐。
そう、ここに――八猫士は集った。
集ったはいいけど、それだけで。
猫の足の形の痣やマタタビは光ったりはしていたが、空には何も浮かびはしない。
例えば笑みを浮かべた祐一とか。
例えば凛々しい表情のぴろとか。
そんなものは何一つ浮かばなかった。
しかし、やはり8人集まるとテンションは上がるわけで。
「みんなでタマ梓をやっつけるんだよ!」
あゆがぐ、と拳を握った。
「でもタマ梓って誰なんでしょう?」
と、首をかしげて栞。
「北川くんだったら滅殺するけど」
にっこり笑って香里。
その声には迷いはない。
もっとも、北川がタマ梓じゃなくても滅殺するのだろうけど。
「斉藤君でも瞬殺だおー」
半分寝ぼけているのは名雪。
ハイキックで真空の刃というか、クルダ流交殺法影技・爪刀を撃っている。
本番では裂破でも喰らわせるつもりなのだろうか。
「あはは〜、久瀬さんだったら跡形も残さず殲滅しちゃいますよ〜」
「佐祐理の言うとおり」
佐祐理の言葉に、舞は肯き刃を揮った。
彼女らも同様、久瀬がタマ梓であろうとなかろうとそんなことはどうでも良いのだろう。
タマ梓だったら気兼ねなく、タマ梓じゃなくても何の気兼ねもなく斬ったりぼてくりこかしたり魔術を撃ち込むはずである。
「ふふふふふふふふふふ」
まさしく、殺る気まんまん。
だったのだが――あゆの一言が全てを砕いた。
「うぐぅ・・・でも、秋子さんだったら・・・どうする?」
「!」
全員が思考停止。
しばしカタカタと震えて。
結論。
「・・・共存の道を探すしかないでしょうね」
はぁ、と溜息をつきつつ美汐。
「だ、大丈夫よう!八ミャも慣れてたんだから、秋子さんがタマ梓なわけないじゃない!」
そう言いつつも不安を隠せない真琴。
彼女たちは星に、掌中のマタタビに本気で祈った。
――祈りは既に打ち砕かれていたことなど知る由もなく。