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 後書きってのは全部終わってから書くものだ、というポリシーの元、ようやく後書きです。
 さて。
 KanonSSで、よく『Allエンド後です』って前置きがあります。
 ・・・でも、それって何でしょう?
 いきなりハッピーエンドの後ってどういうことだろう?
 何故、そうなったのかの説明も無しにいきなりAll Endでいいのか?
 なら、風花亭版のAll Endを書けばいい。
 これが全ての始まりでした。
 プロット段階では千早も静希もいませんでした。
 祐一はただ一人苦悩し、支えもなしに、8人から遠ざかりながらも、しかし結局手を伸ばす。
 それがQuoのアーキタイプでした。
 ですが、Quoの中でも書きましたが、彼女達の後悔とか、悔しさとか、嬉しかったこととか。そんなのが集まった存在もあるべきではないか?
 そう思い立ち、そして千早と静希は姿を現しました。あとはご存じの通りですね。
 久遠、幸耶については、真琴の両親の人化・人間界への存在の固定、及び美汐と、彼女の言う『あの子』の救済から構成。まぁ、あの子を女性化したのはちとやりすぎだったかなという気がしないでもないですが。
 更紗と相馬に関しては、二つの華音、という要素がありましたので、もう一つの華音で祐一を繋ぎ止める存在として。・・・Quoのアフターに出るかどうかは・・・別ですけどね。でも出すんだよ、きっと。
 ・・・って既にアフター書くこと決定か?


 閑話休題。


 途中でかなり話が重くしていました。絶望、と言うべきでしょうか。
 何故こうしたのか?
 Kanonのシナリオの流れですが(あくまでも私見ですが)、導入→再会もしくは邂逅→どって事のない日常、そこに潜む陰→日常の破壊→絶望→希望
 ってのですよね?それに遵守した形に。
 そんなこんなで無事辿り着きましたハッピーエンド。
 ともかく・・・皆様のおかげで最終回に辿り着くことが出来ました。
 有り難う御座いました。