血の宿命?





 その事件の始まりは北川潤の一言であったことを明記しておこう。


 授業と授業の合間の短い休憩時間。
 ぼんやりと蒼い空を見上げていた俺に北川が話しかけてきた。
「なぁ」
「何だ北川」
 俺は少し気怠そうに答える。
 北川の目はなるほど真面目な光を宿しているが、どうせ下らないことを考えついたのだろう。
 その証拠に頭の触覚がピコピコ揺れている。
「美坂ってさ」
「?」
「胸大きいよな」
 俺はその唐突さに、ただ
「は?」
 としか答えられなかった。
 しかし北川は語り続ける。
「でもな」
「・・・・・・」
「美坂の妹ってさ」
「ああ、栞か」
「胸小さいよな」
 俺はやはり
「は?」
 としか答えられない。
 北川は一体何を考えついたのだろうか。
「本当に姉妹なのかな?」
「姉妹だろう。本人達もそう言ってたし」
 しかし北川は納得いかん、と拳を握った。
「調べなければならない」
 溜息一つ。好きにしろ、と答えたものの、どうやって調べるのか気になって訊いてみた。
 すると北川は短くこう言った。
「訊く」
 確かに早いだろうが、それじゃ命があるまい。
 指摘したら北川は爽やかに笑ってこう言った。
「いや、水瀬に」
「名雪にか?やめとけどうせ寝てる」
「くー」
 寝ている。
「ほらな」
「くー」
 これ以上ないくらいに寝ている。
「無駄だとは思うが訊いてみる」
 しかし北川は諦めきれないらしい。
 溜息付きつつ、ぼそっと一言。
「・・・チャレンジャーだな」
 名雪に近付こうとし、振り向いて、
「・・・美坂には内緒だぞ?」
 と言ったところから察するに、どうやら命は惜しいらしい。
 俺は机に突っ伏してこう、答えた。
「バラすかよ。俺も命は惜しい」
「そうか・・・おい、水瀬」
「何か用か北川、だおー」
 まぁ、寝ながら答えるのはいつものことだが・・・
 ・・・名雪さん?
 何ですかその受け答え?
「柄悪いなぁ。相沢も居るぞ」
「わ、ごめんなさい、だおー」
 何故北川は俺の名前を出し、何故名雪が謝るのかはよく解らないが・・・
 しかし寝ててもこうか。
 俺、ちょっと感動しちゃったよ。
「・・・ひょっとして起きてる?」
「くー」
「寝てるのか」
「くー」
「・・・・・・」
 という、まぁ当たり障りのない会話(って言うのかこれ?)の後、寝ながら名雪は訊いてきた。
「くー。それで何が訊きたいんだおー」
 溜息付きつつ、切り出す北川。
「・・・美坂のことなんだけどな」
「香里がどうかしたのかだおー」
「美坂の妹はあんなに胸がないのにどうして美坂は胸がでかいんだ?」
「うわ、直球!」
 あんまりだ。
 あまりにも直球過ぎる。
 どうやら命が惜しいというのは俺の勘違いらしい。
「黙ってろ相沢。・・・どうしてなんだ、水瀬?」
「香里は・・・」
「美坂は?」
 ごくん、という北川が唾を飲み込む音が響いた。
 静かすぎる。
 ふと見回せば、クラスの連中全てが固唾を呑んで名雪の次の言葉を待っている。
 ・・・知らないぞ、俺。
 そんな俺の心配も知らぬげに、名雪は――
 少しばかり大きい声で宣った。
「バストアップブラ使ってるんだおー!」
「マジですか?」
 思わず声に出してしまった。
「本当だおー。パットも使ってるおー!」
 だから名雪よ、なぜそんな大きい声で?
 呆れつつ北川を見ると、涙を流している。
 漢泣き。はじめて見た。
「くそう、俺は騙されてたんだな!」
 壁を殴りつける北川と、おいおいと泣いている男子生徒。
「美坂さんも女の子だったのね・・・」
 などととてもとても嬉しそうな女子生徒。
「おいおいおいおい」
 半眼になりながら彼らを見やれば、ふいに聞き慣れた声が飛び込んできた。
「・・・どうしたの?みんな集まって」
 教室内、瞬間凍結。
 声を出せたのは、
「うわ、香里!」
 俺と
「美坂!」
 北川だけ。
「くー」
 名雪はひたすら眠り続けている。狡い。狡すぎる。
 逃げるに逃げることが出来ないクラスメイト達を余所に、北川はきっぱり言い放った(あのバカ!)。
「美坂!バストアップブラ使ってるって本当か!?」
「き、北川くん・・・?」
「パットまで使ってるなんて!」
「あ、貴方・・・」
「俺が胸の大きさで美坂を好きになったとでも思ってるのかっ!俺は哀しいぜっ!」
 さぁ俺の胸に飛び込んでおいでハニーと腕を広げる北川に、香里は穏やかな笑みで質問一つ。
「・・・・・・誰に、訊いたの?」
「水瀬に。寝てたから、全部教えてくれた」
 あっさり答える北川。
 ・・・自分で秘密にしておいてと言っておいてコレですか、ああそうですか。
 俺、本気でもう知らない。
「ふぅん・・・それで」
「何だ、美坂?」
「誰が言い出したの?」
「俺」
「そう・・・」


 惨劇開始。


 惨劇の後。
 にこにこしながら香里が近付いてきて。
「相沢くん!」
「は、はい!」
「ちょっと来て」
 と俺を引っ張っていった。
「はい・・・」
 としか答えられない俺。
 そんな俺を、クラスメイト達は――
 温かい目で見送ってくれた。
 しかし、その眼は語っていた。
『クラスのために生け贄になってくれてありがとう』
 そんな感謝要らない。
 欲しくないわいぼけー。
 等と考えつつ怯えつつ連れ去られた先は屋上。
 突き落とされますか?俺。
 びくびくおどおど。
「相沢くん。あなた・・・」
「は、はい?」
「胸の小さい女の子は・・・嫌い?」
 そう訊いてきた香里、上目遣い。
「い、いや。そんなことはないぞ」
 慌ててこう答えたならば、
「本当に?」
 更に上目遣い。
 少しばかり涙目。
 ・・・反則だ。間違いない反則だ。
「本当だ」
「じゃぁ・・・相沢くん」
 にっこり。
 ああ、とても良い笑顔だね。
 でも何で笑顔?
 と言う俺の疑問に、香里は答えるように宣った。
「あたしの彼になりなさい」
「なんでっ!?」
 思わず上げた悲鳴に、香里は涙目。
「・・・嫌?」
 ぐあ、そんな潤んだ目で見上げるな!
 ああ、駄目だ吸い寄せられる〜
「相沢くん♪」
 は・・・ははは・・・つかまっちまいました。

 それ以来香里はバストアップブラもパットも止め、栞とは一層仲が良くなり――
 相沢祐一とは人も羨む仲になったというが、それはまた別のお話。