アルクェイドのちっちゃいってことは便利だね





 とんでもないバケモノどもを相手にして。
 死にそうな思いをして。
 やっと掴んだ平穏な日々。
 でも、やっぱり平穏には平穏なりにいろいろと騒動のタネがあったりするのだった。

「あ、志貴〜」
 何でもない朝の登校風景。
 それを己の存在で思いっきり、破壊している者がいた。
 金髪碧眼、モデル並みのスタイルを持った美人が朝の校門に立っていれば嫌でも注目されるだろう。
「アルクェイド〜〜。だめだろ、学校に来ちゃ。前にも言ったけど、シエル先輩に見つかってみろ。また騒ぎになるぞ?」
 無駄だと知りつつも言わずにはおれないのだろう。
 志貴は肩を落としつつ疲れた表情で言った。
「そうですよ。私の安らぎの時間……もとい、神聖な学業の場を不浄な存在で乱さないでください」
 にっこりと笑いつつ、いつの間に登校してきたのか、シエルが声をかけてくる。その実、目はぜんぜん笑っていないし、微妙にこめかみのあたりが引きつっていたりするのだが。
「あ、先輩……」
 シエルの顔色を見て、蒼白になる志貴。そして……。
「あ、シエル。ガラムマサラ〜」
「ヘンな挨拶しないでくださいっ!!」
 どうやら、軽いジャブの応酬はアルクェイドに軍配があがったようだ。 
 ちなみに、ガラムマサラはカレーに使われる香辛料です。って、そんなことはどうでもいいのだが。
「こんなところでなにをしているのですか?」
「志貴〜〜、遊びにいこうよ〜〜」
「人の話を聞きなさいっ!! まったく何度も何度もこりもせず。ただでさえ遠野くんは学業が遅れているんですから、あなたに振り回されている場合じゃないんです」
「振り回したのは私だけじゃなくて、シエルも同罪〜〜」
「それは確かに」
「……遠野くん?」
「あ、いえ、なんでもありません、ええ、なんでもありませんとも」
 うっかりアルクェイドの言葉に同意した志貴に、黒剣のように冷たい笑みを浮かべたシエルの視線が刺さる。
 シエルの冷たい笑みの圧力と、いまだ無邪気に自分の袖を引っ張りつづけるアルクェイド。
 前門の虎、後門の狼。いや、最強の処刑人と無敵の吸血鬼か。
 とにかく、どうやってこの状況から逃げ出そうかと、必死に脳を回転させていた志貴の耳に救いの音が聞こえた。
 
 キーンコーンカーンコーン

「あ、予鈴ですね。さ、行きましょう、志貴くん。遅刻してしまいますよ?」
 これ幸いとシエルが志貴の腕を取り、問答無用で校内へ引きずり連れ去っていく。
「あ、志貴〜」
「悪い、アルクェイド。ホントにまずいんだ。今日の所は勘弁してくれ〜〜」
 シエルに引きずられつつ、志貴の嘆願する声がドップラー効果を交えて聞こえてきた。
「ああ、志貴〜〜。……まったく、もう。あの協会の回し者は邪魔ばっかりして。こうなったら、また校舎に忍びこんで……」
 この程度で引き下がってたまるものかと、校内へ踏み出そうとした瞬間。
『目立つんだから、カンベンしてくれよ、頼むから』
 アルクェイドの脳裏に、困りながらお願いしてくる志貴の顔が浮かんだ。
「……」
 思わず足を止め視線を落とす。
「……ちぇ。あんな顔で言われたら、入れないじゃない」
 ため息をつきつつ、回れ右。自分の住処へ帰ろうとして。
「……まって。」
 何かを思いついたのか、歩みを止める。
「そうか。目立たなければいいんだ」
 無邪気な笑みを浮かべて、鼻歌交じりにアルクェイドは自分の住処へ戻っていった。

4時限目……。

(はあ。やっぱ授業の遅れがでてるなぁ。ちゃんとしないと秋葉がうるさいだろーなぁ)
 きっちり、登校してなかった分の遅れを自覚し、さめざめと涙を流しながら、黒板内容をノートに書きとめていた志貴の眼の端に。
(……ん? 今、何か眼の端を何か通りすぎたよーな……。気のせいか……?)
 異様に悪い予感が脳裏を駆け巡る。背筋を毛虫が這いずり回るような悪寒が駆け巡る。
 これで黒猫が目の前を横切れば完璧だ。
(いや、黒猫が横切ったら悪い予感って言ったら、レンに失礼か)
 レンに心の中で謝りつつ、天井を見あげ、志貴は自分の予感が当たらないように祈った。
 しかし世の中、悪い予感は往々にして当たるようにできているらしい。
 天井に向けていた視線を黒板へ戻した時……。
 
 にゅっ

 自分の机と前の席の椅子の背もたれの間から、それは出てきた。
『どうわっッ!?』
 出てきたものを確認した瞬間。志貴は、思わず驚き、奇声とともに立ち上がってしまった。
「どうした、志貴?」
 先生が驚いて声をかけてきた。
 志貴はあたふたと教科書で問題の物体を隠しつつ、
「あ、いえ、その、え〜と。な、なんでもないです……。すいません……」
「体調悪いならちゃんと言えよ〜」
「は、はい、すみません」
 ぺこぺこと頭を下げて、愛想笑いを浮かべつつ席に座りなおす。
 再び、授業が再開された。
 が、すでに志貴の耳には授業の内容などまったく届いていなかった。
 目の前の伏せられた教科書が視界を埋め尽くす。

「……」

 そろそろと教科書を持ち上げると。

 にこにこ

「…………」

 にこにこにこにこ

 こめかみを押さえつつ、姿勢を低くし、こそこそと問題の存在へ顔を近づける。
「……お前、ひょっとしてひょっとしなくてもアルクェイドか?」

コクコク

 いいかげん突発的な状況でも、ある程度冷静に対応できるようになった自分を恨めしく思いながら、目の前の存在を見る。
「……なんで、またこんなちっちゃい状態で──」
 そこには、バービー人形よろしく、小さくなったアルクェイドが満面の笑みを浮かべていた。

 キーンコーンカーンコーン
『起立、礼、着席』

 4時限目の終了のチャイムが鳴る。

 グワシッっと机の上のアルクェイドを掴み、有無を言わせず上着の中に押し込むと、志貴は一目散に教室の出口へ走った。
「あ、遠野くん──」
「悪い、急ぐんだっ!!」
「お弁当つくり過ぎちゃって──」
「また、後でねっ!!」
「よかったら、食べて──」

 手を伸ばしつつ声をかけていた少女がすべて言い終わる前に。
 すでに、彼女の思い人は視界から消え去り。

『さつき──、なにしてんの──?いい場所が無くなっちゃうよ〜〜?』
 間の悪い娘が一人教室に取り残された。

 ダダダダダダッ

 必死の形相で胸元を押さえつつ校内を走る。生徒指導の先生や先輩から、廊下を走るなと声があがるが、今はそれどころでない。
(どこか、どこか、人目につかない場所はっ!?)
 必死に頭の中で場所を選ぶ。もうすこし経つと昼食で生徒があちこちにあふれ返る。時間は無い。
(裏庭は……。だめだ、シエル先輩に見つかる可能性がある)
 結局、屋上にのぼり、さらに、念のため屋上出入り口上の給水タンクの影に隠れた。

「はぁ、はぁ、はぁ、こ、ここまでくれば大丈夫か」
 タンクに背をあずけて座り込み、胸を押さえて息を整える。
 その押さえた部分がもぞもぞと動き、胸元を這い上がってきた。

 ぽん

 まるでシャンパンのふたのような擬音を立てて、ちっちゃいアルクェイドが志貴の胸元から飛びでてきた。

 ちょっと苦しかったらしく、深呼吸をし体を伸ばしつつ志貴に笑いかけてきた。
「アルクェイド。お前、なにやってんだよ?いや、その前にこの大きさは一体なんなんだ?」
「そんなにポンポンいっぺんにいろいろ聞かないでよ、ちゃんと答えるから」
 半眼でにらんでくる志貴に、いたずらに成功した子供の笑顔でアルクェイドは言った。

「ほら、前に志貴がそのままだと目立つって言ってたでしょ? だから、わざわざ体の一部を変化分離させて、小さい状態で来たの」
「……もはや、なんでもありですね、姫さま……」
 がっくりとうなだれつつ志貴は言った。
 ごそごそと志貴の膝の上でアルクェイドが背中に背負っていた荷物を下ろし始める。
「なにしてんだ?」
「うんしょっと。志貴、お昼まだなんでしょ?これ食べる?」
 にっこりとアルクェイドが差し出した物は。
「……か、かれーぱん……。これ、一体どこから……。──、いや、いい。言わないでいい。とてつもなく嫌な予感がするから、絶対言わないでくれ」
「え〜〜、せっかく苦労して持ってきたのに〜〜」

 その頃……。
 ああっ!? わ、私のかれーぱんっ、カレーパンはどこ〜!?

 一人のカレー教信者があたふたと自分の昼食を探していた。

「……ねぇ、志貴?」
 あぐらをかいて、カレーパンを食べている志貴の足の上にちょこんと座ってアルクェイドが尋ねてきた。
「なんだよ?」
「……あのね。前にレンが私に言ってた事、分かったような気がするんだ」
「はぁ?なんの事だ?」
「あのコね、志貴の膝の上にいると安心するって。膝の上で撫でてもらうと安心するって言ってたのよ」
 空を見上げながら、どこか憂いを帯びた笑みを浮かべ、ぽつぽつとアルクェイドが話しつづける。
「なんでだろうと思った。知りたかった」
「……」
「多分、志貴と会わなかったら、こんな事知らないままだったんだろうね。……ずっと、あの誰もいないお城で一人眠って……」

 しばしの間。
 ただ静かに。
 二人を日の光が優しくつつみ、そよ風が吹き抜けていく。

 どれくらい、そうしていたのだろう。

「──いいんじゃないかな」
 ぽつりと志貴が漏らす。
 はっと、アルクェイドは視線を上げる。
 相手を労わるような、包み込むような笑顔を浮かべ、志貴が続ける。
「いいんじゃないかな、安心できる時があっても」
「でも……」
「ずっと一人でいたんだろ。気の遠くなるほど永い時間を……。……俺はちょっとでもうれしいこと、楽しいことをアルクェイドに教えてやりたい、経験させてやりたいって思ったんだ。だから──」

 ちっちゃいアルクェイドの頭をそおっと、やさしく志貴が撫でる。
「……志貴……。ちょっとカッコつけすぎ」
 少し涙目になりつつアルクェイドがまぜっかえす。
「ば、あ、あんまり、恥ずかしい事言わせるなよな!?」
 自分が言った内容にいまさら照れたのだろう。志貴は慌ててそっぽを向いた。

 また、穏やかな無言の時間が過ぎる。

「ねえ、志貴?」
「なんだよ?」
 そっぽを向いたまま志貴が声だけで答える。
「もうちょっとこうしてていいかな?もうちょっとだけ」
 志貴によりかかって、アルクェイドが言った。
「……。よろしいですとも、ちっちゃな姫様。お昼休みが終わるまでですが、ごゆっくりとどうぞ」
 多少、演技しつつ志貴は、この小さなお姫様に答えた。
「ありがとっ、小さいのも悪くないね」
 小さなお姫様は幸せそうに微笑んだそうな。


……で。

「ただいま〜」
「お帰りなさいませ、志貴さま」
「あ〜、疲れた〜。翡翠、秋葉は?」
「……!?」
「……? 翡翠、どうかしたか?」
 何かに驚いたのか、志貴の背後で翡翠が立ち止まっている。
「……翡翠さん?」
 振り向いてあらためて、志貴が声をかける。
「秋葉さまはすでにお帰りになられております。……あと、おそれながら、志貴さま。志貴さまは愚鈍すぎます」
 ばっさりと言い切り翡翠は先にリビングに入っていく。
「……はい?……俺、また何かしたのか?」
 う〜ん、と何かやったかと自分の行動を振りかえりつつ志貴もリビングに入った。
「お帰りなさいませ、兄さん」
 ゆったりとソファに座り、秋葉が声をかけてくる。今日は割と機嫌が良さそうだ。
「ああ、ただいま秋葉。夕飯は?」
「これからですわ」
「そっか、じゃ、先に着替えてくるな」
 回れ右をして志貴がリビングを出て行こうとした瞬間。

「に・い・さ・ん」

 さっきまでの春の陽気のような部屋の温度が、一気に凍結粉砕した。
「ハ、ハイ……?なんでしょうか、秋葉さま?」
 ギ、ギ、ギと金属の軋み音を立てながら、ゆっくりと志貴が顔を巡らす。
 そこには、幽鬼がたたずんでいた。
「あ、あの〜、秋葉さま?な、なんでしょうか?」
 必死に愛想笑いを浮かべる。頭の奥で警報機がガンガン音を立てていた。マズイ。なんとかして、この場を逃げなければ。志貴の本能がそう告げていた。
「兄さん。兄さんの趣味をとやかく言うつもりはないです。ですが、わざわざあの方そっくりのを持ち歩くなんてやめてください」
「はぁ?なんの事だ?」
 皆目見当がつかない秋葉の言葉に志貴が聞きなおす。
「志貴さま」
「翡翠?」
 それまで部屋の隅で事態を見守っていた琥珀が、
「志貴さま、自分の背中に手を当ててみてください」
と言った。
「背中に手を当てろって、普通は胸に……」
 そこまで言ったとき。志貴は気づいた。気づいてしまった。
 嫌な汗が出てくるのを感じつつ、自分の背中に手を回す。
 何かに手が触れる。
 目をつぶり、恐る恐るそれを目の前に持ってきて……。

 目を開く。

 「やっほー、志貴〜」

 のんきに声をかけてくるちっちゃいアルクェイドを見た瞬間。
 志貴は自分が凍結粉砕する感覚に襲われた。
 どうやら、ちっちゃなアルクェイドは昼休み以降、ずっと志貴の背中に張り付いていたらしい。

「まさか、兄さんにお人形遊びの趣味があるとは思いませんでしたわ」
「いや、あの」
「志貴さま。屋敷内への持ち込みは困ります」
「笑えないギャグを……。じゃなくて、翡翠まで。琥珀さ〜ん、笑ってないで助けてよ〜」
「そうは言われてもレンさんの上にですからね〜。どうしましょう〜?」
 延々嫌味とからかいの中、志貴は右往左往していた。
 
 そして……。

「ここですね。埋葬機関、第七位、『弓』のシエルがカレーパンの恨み晴らしてくれます」
『あううう、マスター、それ、絶対私の使い方間違ってますぅぅ』

 屋敷の外にも危険が迫っていた。

 結局、志貴は夜更けまで延々と騒動に巻き込まれつづけたそうな。

 合掌。





S.kenさんからの頂き物です。
うむ、ほのぼのはいいねぇ。
ほのぼのは大好きデスとも、ええ!