遠野秋葉さんの平凡な一日 −昼食変−





「あ、あれ?秋葉、いつの間にレンと仲良くなったの?」
これが私を昼食に呼びに来たはずの兄さんの第一声だった。
「えぇ、たった今です。ねぇ、レン?」
私の問いかけにレンは気持ちよさそうに尻尾を揺らした。
「へぇ。それは良かった。」
そういって兄さんは微笑んだ。
うっ、それは反則ですよ。
兄さんの表情のなんと晴やかな事か。
そんな顔をされたら女の子は誰だって落ちると思います。
これも欲目なのかなぁ?
「あれ?秋葉、顔赤いけど?」
もぅ、この人は……
こんな人置いて早くご飯にしましょう。
私はレンを抱きなおすと食堂に向かった。

「あれ?なんで瀬尾がここにいるの?」
食堂についた私を待っていたのは意外な人物であった。
瀬尾晶。私の後輩である。
私の呟きが聞こえたのだろう。瀬尾は勢いよく立ち上がって挨拶してきた。
「と、遠野先輩、お邪魔しています。」
何故だろう?いつもより緊張しているように見えるけど。
それに、瀬尾がうちに来るなどという事が珍しい。
招待したわけでもないし、何か約束していたかしら?
忘れていたのなら申し訳ないので確認してみましょうか。
「いらっしゃい、瀬尾。今日は約束していたかしら?」
そう言うと、瀬尾はさらに緊張して硬直してしまった。
ということは別に約束を忘れていたわけではないみたい。
「何かあったのかしら?私を訪ねて来るなんて珍しいじゃない?」
瀬尾の顔に怯えの色が見えてきた。
あ、なにか隠しているな、こいつ。
「あ、あの、今日はですね。えぇとなんといいますか…」
むぅ、あからさまに怪しい。
ちょっとカマかけてみよう。
「もしかして、兄さんが呼んだのかしら?」
家で瀬尾と付き合いがあるのは兄さんだけだし。
「あ、ああのですね、志貴さんに用がある訳ではなくてですね。」
「志貴さんが私に用があるといいますかですね、あぅあぅ。」
ふむ、瀬尾を呼んだのは兄さんというわけですね。
私に内緒でというのが気に入らない。
「あ、秋葉、そのなんというか晶ちゃんを呼んだのはだな。」
「あら、兄さん。私に内緒で何をしようというのですか?」
あ、困ってる困ってる。
フン、いい気味です。
私だけ仲間はずれで何かしようなんていう人たちは少し困ってくれたほうがいいんです。

そんな事をしているとキッチンから琥珀が顔を出してこういった。
「あ、秋葉様もいらしたんですね。じゃ、始めましょうか?」
え?何を始めるの?
「琥珀、私も一緒でいいのかしら?私は何をするかなんて聞いていないんですけど?」
どうやら琥珀も知っていたらしい。
ということは翡翠だって知っているわけで。
やっぱり私だけが何も知らされていなかったという訳だ。
なんか、悲しくなってきた。
恋人も家族も後輩までも私に隠し事をして……。
ところがその気分は琥珀の一言で解消してしまった。
「何を言ってるんですか?秋葉様の誕生日パーティーに主役がいなくてどうするんですか!」
私の誕生日?
今日って何日だっけ?
私はカレンダーを確認した。
「9月22日…。」
日捲りのカレンダーは確かに私の誕生日になっていた。
ここの所忙しくて忘れてた。
この間から兄さんに少し休むように言われていたっけ。
だから私に黙ってパーティを企画したのだろう。
瀬尾を呼んだのもこの為だったのか。
「あ、あの遠野先輩お誕生日おめでとうございます。」
「黙ってて悪かったよ、秋葉。誕生日おめでとう。」
「あはは、お誕生日おめでとうございます、秋葉様。」
「おめでとうございます、秋葉様。」
皆が祝福してくれる。
胸がいっぱいになってきた。うれしい。
「にゃ〜。」
腕の中のレンが抗議の声をあげる。
レンを抱く腕に力が入ってしまったようだ。
「あ、ごめんね、レン。」
このままだとまた無意識にやってしまいそうだったので、レンを肩に乗せる。
「にゃ〜。」
レンが頬をなめてくれた。
どうやらおめでとうと言っているみたい。
うぅ、感動してきた。
私ってこんなに涙もろかったかな?
だめだ、もう涙が押さえられない。
でも、この顔だけは瀬尾には見せたくない。
だから私は瀬尾に抱きついた。
「あ、あの、遠野先輩?」
瀬尾はあせっている。
「〜〜〜〜〜〜〜。」
あ、声が出ない…。
これ以上何か言おうものならもう泣き声だけしか出ないだろう。
「ふふ。晶ちゃん。秋葉は感動しているんだよ。」
私の状態が分かるからだろう。
兄さんはそういってフォローしてくれた。
瀬尾に見えないところから翡翠が黙って涙を拭いてくれる。
琥珀はニコニコ笑いながら食事のセッティングをしている。
レンは頬をなめ続けている。
この幸せが続くことを祈りながら私は泣き続けた。





おまけ
私が泣き止んだタイミングを見計らって皆がプレゼントを渡してくれた。
まずは琥珀。
「はい、秋葉様。私からのプレゼントはこのケーキです。」
特大の三段重ねのケーキがそこに存在した。
イチゴが沢山載っているシンプルだけど誤魔化しようのないものだ。
それだけ自信があるのだろう。
「にゃ〜♪」
レンが今にも飛び出しそうになっている。
「レンちゃん、だめよ〜。まずは秋葉様に食べてもらわないとね〜。」
そういって琥珀はレンを抱き上げた。
レンは琥珀の腕の中でおとなしくしている。
なんか、仕方ないというレンの表情が凄く可愛くて笑ってしまった。
「ありがとう、琥珀。後で食べさせてもらうわ。」
次は翡翠。
何か一抱え程の包みを持っている。
「秋葉様、私が作ってみました。上手く出来ているか自信はありませんが。」
「開けてもいいかしら?」
そう断って包みを開けるとチェックのストールだった。
「これを翡翠が?」
自信がないなどといっていたがそれはとても上手く出来ていた。
「大事に使わせてもらうわ、翡翠。ありがとう。」
兄さんは小さな細長い箱を持ってきた。
「こういうの良く分からないから、気に入ってもらえるかどうかわからないけど。」
この人はどこまで女の子の気持ちが分からないんだろう。
この際だから分かってもらいましょう。
「あのですね、兄さん。好きな人からプレゼントをもらって喜ばない女の子がどこにいるんですか?」
そう言うと兄さんは顔を真っ赤にしながらプレゼントを渡してくれた。
それは銀の小さな十字架がついたペンダントだった。
「ありがとうございます、兄さん。大切にします。」
その言葉を聴いたときの兄さんの表情を私は一生忘れないだろう。
あんなに嬉しそうに笑うなんて。
それも、私の言葉で。
周りの冷やかしの声なんて、この顔を見られたお釣りと思えばなんて事はないと思えるくらいだ。
そのくらい価値のある良い笑顔だった。
最後に瀬尾。
なにやら紙袋を抱えている。
○○書店?どうやら本のようだ。
「この間お貸しした小説を書いた人の別シリーズです。だいぶ気に入ってもらえたようですので。」
「あ、一応今出ているシリーズは全て入っています。といっても3作だけですけど。」
そういって瀬尾は照れ笑いを浮かべた。
確かに、あれは凄く楽しかった。
ならこの紙袋の中身も期待して問題ないと思える。
「ありがとう、瀬尾。これはどんな話なのかしら?」
そういって紙袋から本を取り出す。
その瞬間、瀬尾が慌てて止めようとした。
「あぁ、遠野先輩、それは今開けちゃ駄目です〜。」
その叫びより一瞬早く私は本を取り出していた。
私の見たものは裏側のあらすじが書いてある部分だけだった。
こちら側は普通の本なのだが何故なんだろう?
もしかして表紙のほうに問題があるのかしら?
だが、兄さんには表紙が見えたようだ。
彫像のように固まっている。
裏返してみてその理由が良く分かった。
男性同士が抱き合っていたのだ。
しかも、……えぇい却下です、こんな絵は。
「瀬尾?これは何の冗談かしら?」
ちらりと瀬尾を見る。
「あのですね、それはその唯一のボーイズノベル作品で入れるか迷ったんですが。」
迷ったんなら入れないで、お願いだから。
「でも、それが一番面白いんですよ!だから入れないわけにはいかなかったんですよ!」
なんか、力説している。
「いいですか、この作品はですね、この二人を主人公にした………」
瀬尾の解説が続く中、私は兄さんを介抱していた。
あぁ、分かっていないとショックだろうなぁ。
こういうのに免疫なさそうだし。
「それで、舞台は平安時代に移ってですね………」
琥珀と翡翠が真剣に聞き入っているから止めるに止められなくなってしまった。
はぁ早く終わらないかなぁ、料理が冷めちゃう。
この後、瀬尾の説明は一時間続いた。





遠野秋葉さんの平凡な一日の5話。ありがたやありがたや〜
うーん、やはりアキラってこーなんですねーあははははははは。
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