遠野秋葉さんの平凡な一日 −外出変−





私は考える。
何故私とレンがこんな地下の片隅で震えているのだろう。
遠野家当主であり、普通の人間以上の能力をもつ私。
そして、使い魔であり、悪魔並みの実力を誇るレン。
その二人が抱き合って震えているのだ。
それは数時間前、遠野家のリビングから始まったといえるだろう。


パーティの本番が実は夜であるという事のを聞いたのは瀬尾が力説を終えて落ち着いた後だった。
しかも私や兄さんの友人を招いてのそこそこの規模になるというではないか。
「ちょっと琥珀、それはどういう事?」
当然の質問だと思う。
後輩の前で感動して泣いてしまったのだ。
それが実は本番ではない?
不機嫌になってもそれは私のせいと言えないでしょう?
それに対する琥珀の答えは私に結構なダメージを与えてくれた。
「だって秋葉様、最近感激屋さんだから。」
「シエルさん達の前でそういう状態にはなりたくないかな〜なんて思ったものですから。」
ぐっ、それは確かに。
あの先輩の前でそんな醜態をさらすなんて考えただけで嫌になってくる。
いくら兄さんを助けてもらったからといってそこまで仲良くなったというわけではない。
いや、未だに恋敵という関係は続いているといえるのだ。
そんな人間の前で…。
う、これは感謝するべきなんだろうか。
そんなことを考えていた私に琥珀は外出するようにといってきた。
「主役が設営会場にいたらやりにくくて仕方がありません。」
「それに、どんな風になるか分からないほうが楽しいでしょう?」
などといって琥珀は私を追い出した。
「あ、パーティーは18時からですので、それまで帰ってこないでくださいね〜。」


いつの間に用意してあったのか玄関には車がつけてあった。
仕方ないのでそのまま出かけようとする私に兄さんが呼び止めた。
「あ、ちょっと秋葉。もし町で時間を潰すならここに寄って買い物をしてきてくれないか?」
別に断る理由もないので受けてあげましょう。
プレゼントのお礼という意味も含めてね。
「構いませんが、何を買ってくれば良いのですか?」
そう尋ねると兄さんは一枚の封筒を取り出した。
「これを店の人に渡してくれれば分かるから。」
そう言って私に封筒を渡し、店の名前と住所を教えてくれた。
なんか、似合わない名前だなどと思いながら車に乗ろうとするとレンが追いかけてきた。
あれ?さっきまでは猫状態だったのに人間のほうだ。
「なに?レンも行くの?」
兄さんの問いかけにレンは頷いた。
「琥珀が、一人だと退屈だからって。」
確かに私は時間を潰すということに慣れていない。
今まで時間に終われる生活をしてきたし、これからもある程度そういうことを我慢しなくてはいけない。
だから琥珀の心配りが非常に嬉しく、そしてありがたかった。
それならばレンの服を買いに行きましょう。
確かに今着ている黒の服は似合っているが、もっと可愛い服を着ても良いと思う。
だって女の子なんだから。
ついでに私も少し服を買おう。
今日着てもいいのだし。
うん、目的も決まった。
さぁ、出掛けよう。


私とレンは駅前のデパートへ入った。
レンは店員達のアイドルになってしまい、入れ替わり立ち代り服が運ばれてきた。
その数の多さにびっくりしたのかレンは私の後ろに隠れてしまい、なかなか試着してくれない。
人見知りな妹を持った姉の気分ってこんなかんじなのかしら。
その中から適当と思われるものを探して、レンに試着してもらう。
「似合っているわよ。」とか「かわいいわ。」
そんな言葉にも素直に反応してくれる。
それまで戸惑っていたレンが自分から服を選び始めた。
着るたびにいちいちこちらに確認の視線を向けてくるのがとても心地よかった。
その中から、レンにはパーティー用に白のゴシックロリータ調のワンピース。
私は赤のカジュアルジャケットを購入した。
その他の服も買っていたらあまりに荷物が増えてしまったので、車は一旦帰ってもらうことにした。
まぁ、帰りに電話すれば問題ないでしょう。


服を買うのにだいぶ手間取ってしまったので、そろそろ兄さんの買い物に行かないと。
どのくらい時間がかかるとか聞いてなかったのは失敗だったかも。
主役が遅れるわけにもいかないから先に済ませてしまいましょう。
兄さんに教えてもらった通りに行こうとするのだが、どうやら迷ってしまったようだ。
こういう時、私は自分が世間知らずであるということを再確認させられる。
どうすればいいのか分からなくなってしまうのだ。
その時、レンが私の服を引っ張った。
「何、レン。何かあった?」
そう尋ねると、レンは前から歩いてくる人を指差した。
その人物と私はお互いの姿を同時に確認し、そして同時にこういった。
「「なんでこんなところに!」」
夜のパーティーに招待されているはずのシエル先輩が目の前にいたのだから。


話を聞くと、どうやらシエル先輩はお土産を買うために来たらしい。
「で、秋葉さんは何故こんな所に?」
なんて暢気に聞いてきた。
「いえ、天気が良いのでレンとお散歩に。」
ちょっとごまかしてみる。
くいくい。
レンが服を引っ張っている。
本当のことを言ったほうがと目で訴えている。
でも、この人に弱みは見せたくない。
「そうですか。それでは」
なんて答えて先輩は行こうとしている。
ここで行かれてしまっては兄さんに頼まれた買い物が出来ない。
仕方がない。ここは恥を忍んで連れて行ってもらいましょう。
「あの、先輩?実はちょっとお尋ねしたいことが。」
そう切り出すとシエル先輩は足を止め、こちらに向き直ってくれた。
表情が初めからわかっていたという事を物語っている。
うぅ、悔しいけど諦めましょう。
「実はお使いを頼まれまして。もしご存知でしたら案内をお願いできませんか?」
「私がわかるところであれば案内しますよ。」
シエル先輩は微笑みながらそう言ってくれた。
「で、お店の名前を教えてください。」
「ありがとうございます。えぇと、メシアンというお店らしいのですが。」
それを聞いたシエル先輩の目が輝いた。
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……

そして、シエル先輩は私とレンの手をとりメシアンまでの道程を駆け抜けた。
あまりのことに私もレンも只ついて行く事だけしか出来なかった。
店内に入るや否や、厨房に駆け込みなにやら話をしている。
私は店員に封筒を預けた。
封筒の中身を確認した店員は10分ほどかかると言ってきたので、レンとテーブルで待つことになった。
私とレンがテーブルに着いたその時、厨房の奥から爆発のような音が上がった。
「何?あの音?」
一応、確認してみますか。
他の人的被害はともかく、兄さんのお使いが失敗しては申し訳ないですから。
私とレンは二人で厨房の奥を覗き込む。
怒号が響き、いつ武力衝突に到るかといった雰囲気さえある。
シエル先輩とコック達であった。
止めねば。そう思い、私は当事者に声をかける。
「やめてください、先輩。貴女は何をやっているんですか?」
そう言うとシエル先輩はこちらを睨みつけてこういった。
「黙っていてください。やっとここのカレーのレシピが手に入るんです。」
へ?レシピ?
レシピって調理方法よね?
それが手に入る?戦闘で?
…それって犯罪じゃないですか!
「駄目です、先輩。それは強盗です。」
「違います!これはれっきとした勝負です!」
「そうだ、お客さん。これは私達とこのお嬢さんの勝負なんだ!引っ込んでてもらおうか!」
シエル先輩とコック達が私に怒鳴り返してきた。
分からない。
たかがカレーのレシピでここまで燃え上がれるものなのだろうか?
厨房ではカレーの鍋が飛び交い、包丁を打ち合わせる音が響いている。
もはや、わけの分からない空間と化した厨房の片隅で私とレンは抱き合って震えていた。
あぁ、なんでこんな事になってしまったのだろう。
兄さん、今回ばかりは怨みますよ……。

ちなみに、その日の”勝負”はシエル先輩の敗北で決着した。
「絶対にリベンジしてやりますからね!」
そう叫ぶシエル先輩をよそに私はひとつの疑問を解決するべく頭を捻っていた。
なんであの状態の厨房で注文の品が出来上がったのだろう?
兄さんの注文した大量のカレーパンを持ち私は家に着くまでそんなことを考えていた。





遠野秋葉さんの平凡な一日の6話はシエル先輩です。
えーと。一言で言うなら
「私はレシピを求める者だから」
 ・・・違うって。
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