シャレのきかないブロックヘッド





「おはよう、ソースケ」
「シノハラか」
 メリダ島の居住区画で、宗介は顔見知りの通信士官とすれ違う。
「今日、東京に帰るの?」
「そうだ、明日からまた授業があるからな」
「大変ねー、学生ってのも」
「いや、問題ない」
「まあ、あんまり無理しないようにね」
 そう言って、シノハラは歩き出そうとする。
「あ、そうだ。もうすぐ、ホワイトデーじゃないの?」
「何だ、それは?」
「まーた、トボケちゃって。じゃあね」
 手をひらひらと振って、今度こそシノハラは歩いていった。
(ホワイトデー…白の日…医療関係の言葉か…?)
 もちろんこの朴念仁がホワイトデーなんつーものを理解しているはずがなかった。



「クルツ」
「おう、ソースケ。今日も早いな…ふわ」
 クルツの居住棟を尋ねると、丁度起きた所らしかった。
「早いといっても、もう10時だぞ」
「まだそんな時間だったか…もう一眠りできるな」
「いくら非番とはいえ、たるみ過ぎではないのか…しかもなんだ、この酒瓶は」
「うっせー、馬鹿。乗艦してるときは飲めないってのに、ここでまで飲まないでいられるか」
 そういって、ボサボサの金髪をボリボリと掻く。
 普段は問答無用の美形だが、こうして見ると、ただの汚い兄ちゃんである。
「まあいい、聞きたいことがある」
「なんだ? マオのスリーサイズか?」
「そんなことではない」
 クルツは、しばし沈黙する。
「お前って…ほんとーにつまんねー奴だな」
「ホワイトデーとは、何だ。どこかの国の宗教行事か?」
 流されたクルツは、ちょっと寂しそうな顔をする。
「お前…高校生のくせにそんなことも知らんのか?」
「知らん、ジェーン年鑑には載っていなかった筈だ」
「なんでんなモンに載ってるんだ…いいか、ホワイトデーというのはだな…」
 クルツは、居住まいを正して、
「お前もカナメちゃんから、バレンタインデーにチョコレートもらったろ?」
「ああ…なぜかそれを報告した日から艦長の態度が妙によそよそしくなってな」
「何でそんなこと報告するんだ、お前は…」
「一応、俺の行動は毎日レポートで提出しているからな」
「まあいい、で、チョコレートをもらった男は、3月14日にお返しをしなければならないのだ」
「変わった民族風習だな」
「だから…」
 これだから、宗介に物を教えるのは、疲れる。

「チョコレートのお返しか…」
 宗介は、しばし考え込む。
「どんなものを渡すのだ。兵糧の返礼というと…やはり金か?」
「ハッ倒されるぞ。まあ、実用的で、かさばらないものがいいって聞くけどな」
「なるほど、それならばデリンジャーではどうだろう」
「何でそうなる!」
「実用的だぞ。護身用にもなるし、コンパクトだから女性にも扱いやすくて良い」
「だから…なんでチョコレートのお礼に拳銃を渡すんだよ…」
 宗介は、不思議そうな顔をする。
「拳銃ではいけないのか? ならば、少しかさばるがサブマシンガンか?」
「いい加減その発想に疑問を抱いたことがないのか? お前は…」
「お前なら、どうする?」
「そうだな、やはりここはエレガントかつファッショナブルに、下着(ファウンデーション)だな」
「それも…多分間違っていると思うぞ…」
 大汗をかきつつ、宗介。
 こいつらの思考回路なんて、所詮はそんなものであった。



「マオ、ここにいたか」
「あら、ソースケ。帰りの支度は終わってるの?」
「問題無い。武装は完璧だ。手入れもしてある」
 真顔で言うから恐ろしい。
「で、どうしたの? 私の事探してたらしいけど」
「ああ、ちょっと相談があってな」
「何? 私でよければ、相談に乗るよ?」
 マオは、宗介の分の椅子をひいて、座るよう促す。
「ああ、実はかなめにチョコレートのお返しをしなければならないのだが、あまりいい案が浮かばないのだ」
「チョコレートのお返しねぇ…」
 マオの視線が、宙に泳ぐ。
「クルツに聞いたところだと、実用的で、嵩張らないものがいいらしい」
「なるほど…」
「デリンジャーではいけないのだそうだ」
「そりゃそうでしょ、そんなもの、カナメが欲しがると思う? やっぱり、プレゼントって言うのは貰って嬉しいものじゃなくちゃ」
「なるほどな、マオなら、何が欲しい?」
「やっぱり美味しい酒か、性能のいいASね」
 どっちも、かなめが欲しがるとは思えなかった。



「あ、サガラさーん」
 廊下の向こうから、にこにこしたテッサが駆けてくる。
 そして、その隣には苦々しい顔のマデューカスが立っていた。
「こんにちは、大佐、中佐」
「はい!」
 とても嬉しそうだ。まあ実際、とても嬉しのだが。
「そうだ、大佐。少しお時間よろしいですか?」
「えっ!?」
 テッサの胸が、どきん、と高鳴る。
(まさか…これって…落ち着くのよてっしゃ…じゃない、テッサ)
「は、はい。少しだけなら構いませんよ!」
「そうはいきません大佐。あなたはまだ執務の途中でしょう。大体、下士官の言動に左右されるなど、あっては…」
 そこまで言って、マデューカスは言葉を失う。
 テッサが、まるでレーザーでも放つような凄まじい目でこちらを見ていたからだ。
「マデューカスさん、まだ時間はある筈です、それに…」
「…それに?」
「南極基地の越冬隊員に欠員が出たって、知ってましたか?」
 ミスリルはそんなものはない。
「!!!」
 だが、マデューカスは気がついていた。
(大佐なら…今から基地を建設してでも俺をそこに飛ばす…絶対やる…大佐の目は本気だ)
「ま…まあ、30分程度なら、大丈夫でしょう」
「はい、じゃあサガラさん。自販コーナーにでも行きましょうか」
「了解しました。では、中佐」
 宗介の敬礼に、返礼するマデューカス。その心には…暗雲がとぐろを巻いていた。
 去ってゆく二人を見つめて、心の中でつぶやく。
(畜生…この黄色い猿めが…大佐に胴長短足、農耕民族のアジア人など。似合うものか! 大佐は私の息子と結婚して、私のことを『お義父様♪』と呼ばねばならんのだっ!)
 マデューカスは、いつまでも廊下に突っ立って怪しい妄想に耽っていた。



「で、サガラさん。相談っていうのは…」
 コーヒーのカップを両手で持って、宗介を見やる。その頬はほんのりと赤い。
「はい…何というか…聞きにくいことなのですが…」
 宗介が口ごもる。
「は…はい」
(ああ…これって…もしかして私の人生最大の山場かも…)
「例えば…大佐が何か貰えるとしたら、何が欲しいですか?」
「サガラさんに…ですか?」
「そうです」
「わたしは…サガラさんに貰える物なら…何でもいいですよ」
「そうですか…かなめは…何でも喜ぶでしょうかね…」
 数十秒間、時間が止まる。
「……………………は???」
 テッサは、なんと言うか、物凄く間の抜けた表情をしていた。
 普段の彼女からは、想像も出来ないような顔だ。
「かなめ…さん?」
(どういうこと? サガラさんはわたしにプレゼントをくれるのよね、そうよね、じゃあこれは幻聴ね、そうだわ、そうに違いないわ)
「はい、かなめにどんなものをあげれば良いのか。歳の近い大佐ならば妙案を持っているのではないかと思いまして」
(…あれ? おかしいな…耳鼻科にいったほうがいいのかな…?)
「ああ…あ、いえ、そう言われても…」
(なに? じゃ私は単なるダシ? ピエロ? 一人で浮かれて裏切られただけ?)
「そうですか…」
 テッサは、なんだか猛烈に腹が立ってきた。
「それじゃ、わたしは執務があるのでこれで失礼しますねっ!」
 グニッ!
 テッサは宗介の足を思い切り踏んで、自販コーナーを出て行った。
「何が起きたというのだ…?」
 無論、気がつく宗介ではない。

「結局…俺はどうしたら良い?」
 自問自答して答えが出るのなら苦労はしなかった。



 ヴ…ン
 ミスリルの連絡用に使われているレシプロ双発機は、紺碧の西太平洋を調布空港に飛んでいた。
 機内には、操縦士と宗介。それにこまごまとした日用品と、ヤン・ジュンギュ伍長の姿があった。
「どうしたんだい? 宗介。浮かない顔をして」
 背の高い姿が、宗介に声をかける。
 ヤン・ジュンギュ。韓国出身の青年である。
「いや…ちょっと…な」
「悩み事は良くないよ。咄嗟の判断力を弱らせる」
「そうだな…なぁ、ヤン」
「なんだい?」
「女の子が欲しがるものって…何だろうな…」
 ヤンは、考え込む仕草をする。
「そうか…宗介もそろそろそんな歳か…」
「何を言っている?」
 訝しげな目つきで、ヤンを見る宗介。
「いや、こっちの話。そんなの決まってるじゃないか」
「知ってるのか?」
「ちょっと耳貸して?」
 ごにょごにょごにょ
「そんなものを欲しがるのか?」
「決まってるじゃないか。これで喜ばない女の子はいないよ」
「そうか、有難う。ヤン」
「良いってことさ」
 そう言ってヤンは、似合わないウインクをした。



 そして当日。
「おはよー、ソースケ」
「ああ、おはよう」
 泉川駅前で、宗介は後ろから声をかけられる。
「ねえソースケ。今日って、何の日か知ってる?」
「ホワイトデーだろう?」
「へぇ…一応勉強したんだ、偉い偉い」
 かなめは心の底から感心する。
「それは良いんだけど…ねぇ、なんか変な匂いしない?」
「俺は何も感じんが」
「そうかなぁ…」

 教室に着いても、その変な匂いはしていた。
「ねぇ、アンタ変な物持ってきてるんじゃないでしょうね」
「そんな積もりは無いが…ああ、そうだ、ホワイトデーだったな」
 そう言って、宗介は鞄を漁る。
「ほら、これをやろう」
 宗介は、鞄から何かのタッパーを取り出す。
 匂いは、ますますきつくなる。
 かなめは、夢中でタッパーを開ける。
 そこに入っていたのは。
 
 野菜の漬物。
 全体的に赤っぽい。唐辛子が入っているからだろう。
 そして、その特徴的な香り。

 キムチ。

 なんと言うか物凄く表現し辛い顔で、宗介を見る。
「アフガンじゃ、ホワイトデーにはキムチなの?」
「いや、俺は知り合いのアドバイスに従っただけだ」
「誰のアドバイスよ、一体…」

「韓国人」
「………」



 かなめは、放課後が来る事を切に願った。
 宗介は、かなめが驚かないことに首をひねっていた。
 他のクラスメイトは、概ね鼻をつまんでいた。
 かなめにとって、今日ほど学校が長く感じた日はなかった。



 流石に、本場物のキムチは美味しかったことを申し添えておく。





あとがき

単なるネタでSS書いたのは、初めてかもしれんなぁ…
あと、私は韓国もキムチも好きです(笑)