春嵐





その日は、風が強かった。

「今日は、ルイーゼお嬢様がお泊りになられます」

結城家秘書の山岡は唐突にそう告げた。

「ルイーゼ・・・ああ、シュライヒャーの・・・何故ですか?」

都内・・・いや国内でも有数の名門付属中学から帰宅した樫緒は突然の言葉に鼻白みながらも返す。

「向こうの学校の休みを利用して留学しておられるノイエお嬢様に会いに来られるそうです」

「はあ、で、何故うちの家なのです」

「結城とシュライヒャーとの間の関係を密にするためだと思われます」

そこで、山岡は一言区切る。

「それに、ホテルに泊まられるとすればラマダンのレベルとなりますが・・・あそこを利用するのは・・・ちと体面がまずいでしょうから」

樫緒は大きく嘆息する。
「全く・・・お爺様にも困ったものだ・・・いい加減、姉さまとも仲直りして頂かなくては・・・このままでは仕事にも支障をきたしてしまいかねない」

「そういう訳でして、今日の夕食は皆様で食堂で取って頂きますので・・・」

「判っています」



風は、時間を追うごとに強くなり、雨が混じり、夜半を回ると、やがて雷鳴までもが轟き始めた。

「全く・・・今日は騒々しい天気だ・・・」

寝間着姿の樫緒は肩をすくめ、点けていたスタンドの灯を消し、ベッドに潜り込んだ。

目を閉じる。

暫くして、風の音の中に部屋の扉をたたくような音が混じる。

「・・・誰ですか」

眠そうに目をこすりながらベッドから体を起こす樫緒。

・・・・・・・・・

返事は無い。

やがてまたしても控えめなノックの音が聞こえた。

樫緒は億劫そうに立ち上がり、部屋の扉を開ける。

果たせるかな、そこに立っていたのはルイーゼ・シュライヒャーだった。

「どうしたんですか、こんな時間――――っ」

言い終わる前に、ルイーゼがいきなり抱きついてきた。

0てきめんに焦る樫緒。

今はこんな時間だし、ルイーゼは寝間着用の薄いドレスを着ているだけだ。

「ど・・・どうしたんですか、兎に角、一度離してください」

樫緒は顔を真っ赤にしながら口ばしる。

だが、ルイーゼは離さない。

やがて、その手が震えているのに樫緒は気づいた。

軽く息を吐くと、ルイーゼの肩に手を置く。

震えが少し収まった。

「取り敢えず、落ち着いてください。話を聞きますよ」

無言のルイーゼは、こくりとうなずいた。


「それで、一体どうしたと言うのですか?」

樫緒は流暢なドイツ語で向かいに座っているルイーゼに訊いた。

絨毯にぺたりと座ったルイーゼは、落ち着いたのか、やがてぽつり、ぽつりと話しはじめる。

「あの・・・お手洗いに起きたら・・・雷が鳴ってて・・・」

少し顔を赤らめながら、続ける。

「わたし・・・雷って苦手で・・・怖くて・・・」

「それで、どうしてここに来たのですか?」

「その・・・」

なぜか、口ごもるルイーゼ。

「・・・ここって広いから・・・部屋がわかんなくなっちゃったんです」

「はあ、成る程・・・」

確かに、山の手の一等地に居を構える結城の屋敷は、都内であることを忘れさせるほど広い。

初めて訪ねたルイーゼが迷子になるのも、頷けるというものである。

そして、

「あの・・・怖いんです・・・外、雷鳴ってるから・・・ここに泊まってもいいですか?」

ルイーゼは、顔を上げてそう訪ねた。

「・・・・・・・・・は?」

瞬間、樫緒の思考が停止した。

頭の中で、今の台詞がリフレインする。

「何ですって?」

よほど慌てていたのだろう。

日本語でそう尋ねてしまい、気づいて、ドイツ語で言い直す。

「・・・どういうことですか?」

「だから、一人で寝るの怖いから・・・ここで寝たい・・・」

「しかしですね・・・だからその・・・このような深夜に婦女子が・・・だから・・・」

焦った樫緒が、なにやら訳の判らないことを口走る。

刹那、

ドンッ!

振動さえ残して、稲光が落ちた。

「きゃあ!」

またしても、樫緒にしがみつくルイーゼ。

「あ・・・あのですね・・・」

「お、おねがい。一人にしないで・・・一緒にいて」

樫緒の胸に顔を埋めながら、涙声で言うルイーゼ。

軽くため息をつく樫緒。

「判りました、このベッドを使ってください。わたしはソファで寝ますから」

だがルイーゼは、ふるふると首を振る。

「・・・一緒がいい」

「・・・しかしそれは・・・」

「お願い・・・怖いの・・・」

最早、何を言っても無駄だろう。

観念した樫緒は、

「ベッド・・・狭いですよ・・・」


樫緒は、狭くなったベッドで、戦々恐々としていた。

(こんなことがもし母様や姉さまに知られたら・・・エラい事になるな・・・)

「ねえ、樫緒」

「・・・何ですか?」

「手・・・繋いでいい?」

「しくしくしくしく・・・」



翌日。

「もしもし・・・ああ、姉さまですか、どうしたんですか?」

「へっへっへ〜、聞いたよ、樫緒〜」

電話の向こうでいぢわるそうに笑う美沙様。

樫緒は、なぜか背すじが冷たくなるように感じた。

「何をですか?」

「ルイーゼに、全部聞いちゃったもんね♪」

ぽとっ

携帯を落としたのにも気がつかず、

樫緒は、目の前が暗くなっていくのを感じていた。






あとがき
ますた〜「ぎりぎり時間オッケーかな?」
ある  「時間って、何のこと?」
ますた〜「いや、来須亭のチャットで、なぜかこのSSの締切りが決められていて・・・」
ある  「時間って、何時?」
ますた〜「確か、日曜中」
ある  「あと30分くらいしかないじゃない・・・」