そのなな。
不覚。
つくづくそう思う。
そもそも最初に召喚された時点でどうしようもなかった。
今出ていけすぐ出ていけさっさとどっか行ってしまえ、と一気に令呪を使い切ったのは最初のマスターさん。確かにようやく聖杯戦争への参加権を得て、喜び勇んで召喚したら出てきたのがちんまりとしたサーヴァントだったんだから腹も立つとは思うけど、あんまりだと思う。
それでこの山門の下で行き倒れてたのを助けてくれたのが2番目のマスターさん。
渋い感じのいい男だったんだけど、このマスターさんにも裏切られた。
「若返れメイドさんの格好をしろネコ耳を着けろハァハァハァ」
……令呪でネコ耳を装備した瞬間、私は<破戒すべき全ての符>を発動、全速力で逃げ出した。背中から「お兄ちゃんと呼んでくれぇぇぇ!」という悲痛な声が聞こえてたけど、そんなの知った事じゃなかった。
山門の下まで逃げてきたのは良いんだけど、そこでこいつに捕まった。
それは三毛猫。何の変哲もない、ただの猫。
そいつにあっさり捕まって、私は今猫にくわえられている。
よもや神代の魔女ともあろうものが、猫一匹に太刀打ちできないとは。
このどうしようもない状態から脱出しようとサーヴァントを召喚したら、あろうことかそいつは猫に括られてしまうし……つくづく、不覚。
こんな裏切られてばかりの世界なら、いっそ英霊の座に還ってしまった方が良いかも。
そう、諦めかけていたときだった。
「じゃーなー。親父さんによろしくなー」
「うむ、世話になったな」
そんな声が微かに届いた。どうやら誰か人が帰るらしい。ここを通るわよね?ならば助けてくれないかなぁ?助けて欲しいなぁ。でも気付いてくれないんだろうなぁ、しくしくしくしく。
と項垂れていたら、
「ちょーっとごめんよー」
猫が捕まえられた。
猫は私をくわえたまま彼の方を見る。どうやら知り合いらしい。
その猫の口の中。ぐったりとしている私に、彼は戸惑いがちに問い掛けた。
「困ってるのは見たら解るけど…猫以外で何か困ってたりしてないか?」
「ええ。令呪の繋がりが切れたので、このままじゃ消えちゃうの」
「令呪……ってことはお前もサーヴァントなのか?」
「ええ。キャスターの、ね」
「ふーん、キャスターか…ちょっと待ってな。悪い、こいつを放してもらうぞ」
言って、彼は凶暴な獣から私を助け出した。
思わず、ぽかんと見上げてしまう。
えーと、普通に私と話して、ごく自然に助けてくれて、えーと。えーと。
もしかしてっ!?
「私を助けてくれた貴方は一体誰?王子様?もしかして王子様?今度こそ私を救ってくれる王子様なのね!?」
「王子様かどうかは知らないけど…取りあえず、次は契約だな」
え?
「……いいの?」
「放っておいたら消えちゃうんだろ?なら見捨てられないよ」
そう言って、彼は微笑った。
滞りなく契約は完了し、魔力のパスが通りはじめ――ようやく、気付く。
「マスターさん。一つ訊きたいことがあるんだけど?」
「何だ、キャスター」
魔力の流れ。
それが私だけでなく、他の何処かに流れているのが分かったから、訊いてみる。
「もしかして、私以外のサーヴァントと契約してない?」
「ああ。セイバーがいるけど」
「何ですってぇぇ!?」
何よそれ、二重契約じゃない!ってことはどーせセイバーが本命で私はスペア、いざとなったら捨てられるんだわ。結局わたしは裏切られる運命なのね、よよよよよ。
くずおれた私をマスターさんは優しく抱き上げ、右肩に乗せた。
「これから宜しくな、キャスター」
その声には私を捨てようという意志は欠片もなくて。
でも、裏切られ続けた私は訊かずにいられなかった。
「……ねぇ、マスターさん。私のこと、捨てないわよね?」
「捨てるわけないだろ、莫迦」
少し腹を立てたように、マスターさんが私を小突く。
……うん、決めた。なんとしても元の姿に戻って幸せになってやる。
「うふふふふふふふふふふふ」
「キャ、キャスター?」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
絶対に、幸せになってやる。