そのじゅういち。
最近、桜の機嫌が悪い。
理由はライダーが衛宮と契約したから。
「ごめん。ライダーの偽令の書、衛宮に取られちゃった」
最初に報告したとき、桜は怒った。
もの凄く罵倒されたっけ。ああ、あれは良かったなぁ。
まぁ、所詮は偽物の契約なので、その気になればいつでも自分の元に戻せるし、衛宮の周囲にサーヴァントが出てきたり、遠坂がうろつきだしたので監視できるようにしておいた方が良い、と思ったみたいだ。
定期的にライダーと会って、どんな動きがあるかを聞いて――おかげで桜が本当のマスターだってばれたんだよね――もっとも、ばらしたのは僕だけどさ。
もの凄く踏み付けられたっけ。思い出すだけで頬がゆるんじゃうなハァハァ。
「…………」
今も桜は考え込んでいる。いつの間にかその肩には影――アンリ・マユが佇んでいた。
「わたしとの契約を破棄して先輩のサーヴァントになるなんて。
ライダー……なんて恐ろしい子!」
軽く親指を噛み、凄惨な笑みを浮かべる。
「――いっそ消してしまおうかしら?」
そして揺らめくアンリ・マユののど元を撫でたなら。
「ふんごろーう゛」
などと猫のように鳴いた。
「そ、それはやりすぎじゃろう?
それにそんなことをしたら衛宮の小僧はお前を嫌うと思うんじゃが」
と、冷や汗を垂らしながら言ったのは、おさんどん姿のお爺様。禿げた頭に手ぬぐいを被り、割烹着なのが涙をそそる。でも、血を吐くほどに羨ましいことに、
「どやかましいですよお爺様!」
桜がお爺様にハリセン一閃、お爺さまを吹っ飛ばした。
お爺様の表情は、当然笑顔だ。
恍惚の表情を浮かべるお爺様に一瞥さえくれず、桜は自分の思考に没頭した。
「でも……そうですね。お爺様の言うことももっともですね。
ここは大きな包容力で先輩とライダーの契約を認めましょう。
そうすれば、先輩もわたしの優しさに惚れ直すことでしょう」
うふふふふ。
桜は確かにそう笑った筈なのに、
ぐへへへへ。
そう聞こえたのは何故だろうか?
何時の間にやら復活したお爺様と顔を見合わせ、
「……黒いのぅ」
「……黒いなぁ」
頷きあう。
確かに小声で言ったのに、
「何か言いましたか!?」
聞き咎められた。地獄耳だな。
「な、何も言っておらぬよ?」
「さ、さぁ?気のせいじゃないか?」
桜は何か言いたそうだったが、問いつめるのも時間の無駄だと判断したのだろう。ちぇ。
「……そうですか」
溜息の後、お爺様に向かって問い掛けた。
「それよりお爺様。屋敷の掃除は済んだのですか?」
「と、当然じゃ」
との答えに、
「へぇ?」
桜は窓に近づき、つい、と桟に指を滑らせる。
指先を暫し見て、半眼に。
オロオロしているお爺様を蔑むように見下ろし、冷たく言い放った。
「何ですかこれは?埃が取れてないじゃないですか。やり直してください」
ションボリと掃除に向かうお爺様。でも、肩を落としていながら顔はにやけ、口元は緩み、足取りもなにやら軽い。
あの虫爺、自分だけ狡いぞ。僕も虐めてくれよハァハァハァ。
「桜、お爺様に当たるんじゃない。ライダーがいなくなったのは僕の責任なんだから僕を責めるんだ!」
でも、桜はそんな僕を一瞥しただけで立ち去った。
え?なんだよそれ!虐めてくれないのかよ!?放置かよ、ちきしょう!
でも、これも悪くないなぁハァハァハァハァ。