そのじゅうきゅう。
今日も今日とて言峰はマイ豆板醤持参だ。
それを今日はサラダにしこたまかけて喰っている。
最初のうちは、ライダーさえもあんぐりと口を開け呆然としていたが、今ではすっかり慣れたようだ。
だが、慣れても疑問は消えないのも事実だ。それを問うのは禁忌なのかも知れない。
だが、その禁忌を探求することこそ魔術師の義務だ。多分。
ヤメロヤメロヤメロ、と何かが止めているような気もするが気のせいだ。
気のせいだから、俺は訊く。訊いてやる。訊くんだってば。
「……なぁ言峰。前から疑問に思ってたんだけどな。
お前、よくそんなに辛いもの喰えるな?」
言い放った直後、ランサーが便所に駆け込んだり、ギルガメッシュが神様にお祈りをしたり、遠坂が部屋の片隅でガタガタ震えだしたのは俺のせいだ。だが俺は謝らない。
何故なら奴らはもう一度立ち上がると信じてるからだ。………嘘だが。
ともかく、重ねて問う。
「なぁ、なんでさ?」
言峰は問いには答えず、ただ一枚の写真を取り出した。
「……肉球(にくきゅう)?」
そこに写っていたのは子猫。
突き出された前足の肉球がなんとも素晴らしい。
言峰は写真をひったくり咳払い一つ、別の写真を取り出した。
「間違えた。こっちだ」
「……肉球(ニクダマ)?」
そこに写っていたのは半裸の男。
その体型はまさしく肉球(ニクダマ)。
頭の上からセイバーが、両肩からキャスターとライダーが写真を覗き込み、
「……丸」
異口同音に呟けば、
「私にも見せて見せてー」
楽しそうにイリヤが写真を奪い取り、
「丸っ!すっごい丸っ!これ誰よ?」
共通の問いを投げかける。
溜息ひとつ、言峰はぽつりと呟いた。
「私だ」
思わず胡散臭そうな眼で言峰を見る。
俺たちの視線を真っ直ぐ受け止め、言峰は重々しく口を開いた。
「私は辛いものを食べ続けないと見る影もなく太るのだ」
そして自嘲。
「トウガラシにはカプサイシンと言う物質が含まれている。私はこれを摂取することで脂肪を燃焼させ、肥満を防いでいるのだ。無理矢理な」
沈黙が周囲を支配した。
それはまるで呪いのように、今ここにいる全ての存在の言葉と行動を奪い――
「涙ぐましい努力の産物なのだよ、私のこのマッシヴな体型は!」
その台詞が解呪の引き金となった。
効果は劇的で、破裂――いや、爆裂。
まさにその勢いで誰もが笑った。
アンリ・マユはのたうち回り、葛木は呼吸困難で痙攣している。
涙の向こうに言峰を見れば、奴は真面目な表情で主張していた。
「笑うな!私は黒幕だぞ?
黒幕と言えばやはり虚無的!ダーク!そして何よりダンディ!
そうあるべきではないか?」
真摯な声でそう言われ、想像してみる。
ラスボスとして現れた黒い影。
その影は転がりながら現れた。壁にぶつかって、戻ってきて。
ふははははー、と誇らしげに笑う。
そしてコミカルな風情とは真逆のダークな台詞を吐くのだ。
脱力感に耐えつつも戦闘開始。
剣の一閃も魔術の一撃も分厚い脂肪層に跳ね返される。
そしてそいつの最大の攻撃方法は体当たり。
………様にならないことこの上ない。
だから納得せざるを得なかった。
「ああ、そうだな」
涙を拭い、生暖かい笑顔で言峰を賞賛する。
「言峰……あんた、スゴイよ」
「まぁ、最近では病み付きになってな。趣味と実益を兼ねているわけだが」
照れ臭そうに、でもほんのりと黒く笑った。
その笑顔を見た瞬間、頭の奥でかちり、と音がした。
撃鉄が、上がる。
辛いもの。大量摂取。協会。黒鍵。薬理作用。香辛料。体質改善。発汗作用。
八つの行程を駆け抜ける。
黒幕の理念を鑑定し、
基本となる体質を想定し、
構成された食材を複製し、
調理に及ぶ技術を模倣し、
大量摂取に至る経験に共感し、
蓄積された薬理作用を再現し、
あらゆる生体反応を凌駕しつくし、
ここに情報を結び推測と成す。
「……ってことはだ、」
どこぞのカレー好きなひとももしかして?
そう思考した瞬間。耳元を掠め、黒鍵が突き立った。
魔術師達、そして瓶詰サイズとはいえ英霊であるサーヴァント達の知覚をすり抜け、防御結界を貫いた黒鍵。
その黒鍵はカレーの香りを纏い、刀身に深紅を彩っていた。
深紅とは血文字。血文字は文章を綴っていた。
『余計な詮索は慎むように。今度は狙います』