そのにじゅうよん





「なぁ遠坂、いい加減食費を入れて貰いたいんだが」
 言った瞬間、黒の弾丸が俺を襲った。
 ――ガンド。呪いを弾丸と成す魔術の一つ。
 為す術もなく呪いに浸食され、倒れ伏した俺を見下ろし遠坂が嗤う。
「悪いわね。遠坂の魔術師は略奪が本分なのよ」
「……凛。そーゆーのは略奪じゃなくて食事をたかってると呼ぶべきではないか?」
「うわ、エセ神父が正論を吐いた!」
遠坂の嘲笑、言峰の苦悩、イリヤの叫びが周囲を包んだ。
「そうか遠坂、そこまでするか。そうまでして食費を払いたくないのか」
勝ち誇る赤い魔術師を下から睨み、告げる。
「なら食い逃げ野郎、お前は――」
 衛宮士郎の、敵だ。
 呼び覚ます。呼び覚まされる。
「焼き肉、エビチリ、小龍包、豚生姜焼き、鮎の塩焼き、鴨南蛮、アンコウ鍋……」
 為す術もなく奪われたモノ達の記憶が。
「ラザニア、ポトフ、ブイヤベース、ローストビーフ、アイリッシュシチュー……」
 抑えられない。抑えきれない。
「高かったり手が込んでたりするもの作った時を狙って来やがってコンチクショウ!」
 身と心を焦がすのは、耐えきれないほどの激昂。
 やがて激昂は呪いを凌駕。強引に浸食・分解・解呪する。
「く、そこまでして食費を奪いたいわけね……なら、本気で行くわよ?」
 遠坂の腕から迸った光、それは魔術回路の煌めきだ。
 衛宮士郎のそれを遙かに凌駕した精緻さと魔力を内包した、魔術回路。
 だが、退かない。退けない。
 認めてしまったら、俺の正義が折れてしまうから。
 だから、立ち上がる。
「シロウ――」
 だから、止めようとするセイバー達に、告げる。
「遠坂が食費を入れてくれたら、夕食にデザートが付くようになるかもな?」
「シロウ、負けてはいけません!」
「私たちは応援することしかできませんが、見守っていますから」
「でも、信じてるから。貴方はあのあかいあくまから食費を勝ち取るって!」
「もう、止めないよ。その代わり、勝ってね――?」
 その、声。
 俺を信じているという声が、俺に力を与えてくれる。
 だから。みんなの信頼を胸に、俺は辿り着いた一振りを投影した。
 遠坂が微笑う。
「何?本気でやりあうつもりなの?この、私と?解ってるの?あなたは、負ける。
 私に負ける。そして、負け犬には明日はないの」
 遠坂が笑う。
「………」
「今までの食費請求は不問にしてあげる。みんなからの出資と、あなたの貯金でやりくりしなさい!」
 遠坂が、嗤う――!
 ならば――俺も、覚悟を決めよう。闘う、覚悟を。
「黙れ…!負け犬に明日はない…それは貴様のこと…!」
「!?」
「俺は今こそ使命を果たす!」
「使命ですって?」
「そう!我が使命とは皆の幸せのために、様々な技術を鍛え上げること!」
「!!やっぱり、先輩は…!」
 桜が浮かべるのは、納得の表情。
「もう、回りくどいわねー。だけど…時は来たみたいね」
 そしてイリヤが浮かべたのは苦笑。
「器用に立ち回れる男じゃない。…それは僕達も同じだよ」
 そう言って慎二が楽しそうに笑う。
 みんなに後押しされて、俺は俺の真実を告げる。
「そして、遠坂…お前のように食費も払わず食い放題しまくるような『自称友達』を更生させること!
 そのために俺は『せいぎのみかた』の浮き名を受け、数多くの同胞のお願いを果たして、ここまで来た!」
「フン…あなたなんか所詮は中途半端な魔術使いに過ぎないわ」
 その嘲笑を――
「黙れ!!」
 斬る。
「!」
「そして、聞け!遠坂凛!!
 我が名は衛宮!衛宮士郎!!悪を断つ剣なり!!
 食費を払わぬ遠坂の野望は…今日この地で、衛宮式斬艦刀によって潰えるのだッ!!」
 迷わない。躊躇しない。ただ――前に、進む。信念を胸に。
「な、な、何を…!
 え、衛宮くん風情が調子に乗って!!ひれ伏すのはあなたの方よ!!」
「笑止!!貴様の真人間への旅路は………
 我が<無限の剣製>が案内つかまつるッ!!」
 俺の声に応え、心の深淵から浮かび上がる心象風景。それは、あらゆる剣が突き立てられた、赤く紅く緋く朱く赫くアカくあかい丘。
「I am the bone of my sword――――」
 それは魔術の究極の一にして、最大最悪の大禁呪。
「させるものですかっ!」
 赤が駆ける。魔術の発動を阻止するために。
 だが、発動は既に約束されている。止まらない。止められるはずがない!
「――中略――」
「何よそれっ!?」
 世界を切り裂き、それは顕現する。
 衛宮士郎唯一の魔術にして、現実を浸食する幻想。
「――My whole life was "unlimited blade works"」
 固有結界・<無限の剣製>の剣群に囲まれ、俺は宣戦布告する。
「行くぞ、借金王。宝石の貯蔵は充分か?」
「……しゃ、しゃっきんおう………」
 限界を超えた怒りは、ときに人の表情を微笑みに変える。
 そして遠坂は今――確かに、微笑っていた。
「良く言ったわ……覚悟、しなさいね?」
 ――戦闘、開始。
「ひれ伏せ!這い蹲れ!土下座しなさい!」
「やなこった!」
 放たれた呪詛の弾丸を、手にした一刀で切り裂き、撃ち落とす。
「く……その剣は厄介ね。でも――!」
 魔術師は呻き、懐に手を入れる。
 遠坂に連なる魔術師の切り札の一つ、宝石魔術。
「でも、遠坂の魔術も断てるほどのものなのかしら?今からでも遅くないわ、私からは食費を徴収しないと誓いなさい。そうしたら大目に見てあげるわ」
「それがたかってる奴の台詞かっ!それと、衛宮式斬艦刀なめんなっ!」
 俺の――俺だけに赦された究極の一に魔力を注ぎ発動させる。
 それを見た遠坂の魔力が宝石を解き放ち、爆炎として俺を呑み込もうとする。
 だが、この手にあるのは、かつて悪を斬り、邪を討ち、神さえも断った剣だ。
 ならばこの剣が魔術を断てないなどと言うことが有ろうか――!?
「一意専心!」
 振りかざし、
「斬艦刀、一文字切り!」
 振り抜く。
 その一閃は獄炎を斬り裂いた。だが。
「――くっ!でも!」
遠坂には切っ先さえも掠ることはない。
 そして慣性が俺の身体を支配し、敵――赤の宝石魔術師に、背中を向けることになる。
 それは、致命的な隙。
 だが、俺は笑みを浮かべた。
 何故ならこの一刀は、遠坂に当たるために放ったのではない。魔術を切り裂き動きを止める、そのために放ったのだから――!
 振り抜いた勢いのまま半回転。左手を遠坂に向けて突き出し、指を鳴らす。
 遠坂を取り囲むように五つの魔剣が突き立ち、五つの煌めきが赤い魔術師を貫いた。
 それは魔術の発動を妨害し、致命的な隙を埋める。
 だが、彼女は倒れない。
 その剣は、彼女を斬るためのものではないのだから。
 その剣の成すべき事は、彼女に己の煌めきを浴びせること。
 即ち、事は既に成った。
 だから、剣の世界を心に還す。
 それをどう判断したのか、赤い魔術師は嗤った。
「残念だったわね?もう魔力切れなんて……やっぱりショボいわね」
「目的は果たした。俺の勝ちだよ、遠坂――」
「な――!?」
その困惑に答えたのは、二人の弓兵。
「君の負けだ、凛」
「うむ……悪いことは言わぬ。今すぐ詫びた方が良いぞ」
二人の弓兵の眼に宿るのは、侮蔑ではなく憐憫。心からの、憐憫だった。
 その表情に慎二は一つの推測に辿り着いたのだろう。
「僕たちは大きな勘違いをしていたのかもしれない――」
 足早にアーチャーとギルガメッシュに近づき、二言三言言葉を交わした後、呻いた。
「やはりそうか……!」
 そして暫し瞠目し、戦きながらその事実を言葉にしていく。
「衛宮が何の目的もなく剣を放ったんじゃない!
 あの剣を遠坂は見た。あの剣の煌めきを遠坂は浴びた。
 数多の魔剣の中には、ただそれだけで呪いの効果を現すモノも存在すると聞く。
 つまり魔剣の呪いをかける、それこそが衛宮の目的だったんだよ!」
「な、なんだってー!」
「わ、MMRだ。でも…シロウ、本当にそうなの?」
 驚愕の表情を浮かべたのは言峰と葛木。
 そして真偽を問うイリヤに無言で頷く。
「慎二の言った通りだ。
 でも遠坂だけに効果が出るよう調整したから、みんなは心配は要らないぞ」
 不安そうなセイバー達に微笑いかけたあと、言葉を続ける。
「解き放った魔剣は五つ、遠坂にかけた呪いも五つ。
 一つ。足が途轍もなく臭くなる。
 二つ。何時如何なる時も凄い早さで動く海鼠に追いかけられる。
 三つ。どんなに注意していても必ず財布を落とす。
 四つ。とことん変態に懐かれる。
五つ。何をしても胸が大きくならない。
 ――解呪は自力では無理だ。マヌケとはいえ宝具の効果だからな」
 愕然と崩れ落ちる聖杯秘儀者の末裔を見下ろし、俺は優しく、しかし冷たく告げた。