そのさんじゅういち。
「はんにゃか〜ほんにゃか〜はんにゃか〜ほんにゃか〜!」
庭の中央。怪しげな祭壇をこさえ、怪しげな詠唱をしていたのは黒ずくめのキャスター。
祭壇の前には、ぼへーと横たわったライダー。
その周囲では黒セイバーがへにょへにょと踊り、黒い外套をまとったぺがさすちゃんがふよふよ浮いている。
そして念を送っているつもりなのだろう、目を閉じ「むー」と唸っているイリヤと、その頭の上でアンリ・マユも同じポーズを取っている。
「……何やってんだ?」
頭痛を感じつつこう問えば、
「イケニエを使った大魔術ー!」
キャスターはそりゃぁもう嬉しそうに答えた。
「今すぐやめなさい今すぐに」
止めたなら、真っ先に反応したのはライダーだ。
「えー?やめるんですか?」
「ライダー。なんでお前が何故残念そうなんだよ」
……相変わらず不思議な思考してるな、ライダーは。
「で、何の大魔術だったんだ?」
「雨乞いです」
真面目な顔で、白に戻ったセイバーが答えた。
雨乞い。
雨が降るよう天に乞う儀式。
でもそりゃ魔術と言うよりアニミズムに近いのでは無かろうか。
しかし雨乞いを取り仕切っていたのはキャスターだ。もしかしたら俺には思いも寄らぬ意味があるのかもしれない。
そう思考しつつ聞いてみる。
「……なんで雨乞いなんだ?」
「だって晴れたらシロウ出かけちゃうんだもの」
口をとがらせてキャスターが言う。
「そうそう。縁側で一緒にぼけー、としたいなーって」
頷きながら、イリヤ。
……物々しい準備の割にはなんというか、もの凄く身近な理由だな。
って俺か!?俺の言動がライダーをイケニエにしかけてたのか?
危ない。危なすぎる。
背中に嫌な汗を感じつつ、
「いや、魔術必要ないから、ちゃんと言ってくれたら付き合うから!
今後一切イケニエ禁止!」
うがー、と慌てて言う。だが、
「知ってますよ、それくらい」
「暇だから遊んでただけよ」
セイバーとキャスターは顔を見合わせ、
「ねー」
そして、ライダー、イリヤと声を合わせて笑った。
……なんて言うか、うちのお嬢様方と来たら。
脱力して、縁側に座り込む。
すると、セイバーが頭に、ライダーは俺の左肩に一息で飛び乗る。
イリヤは隣に座って上機嫌。その頭の上のアンリ・マユも幸せそうなオーラを醸し出している。
キャスターは……俺を見上げ、少し考え込んで。何度か腕に飛びつこうとジャンプ。そして途方に暮れ、涙目で俺を見上げた。
――苦笑。手に乗せ、定位置の右肩に導く。
俺の膝の上には、三毛猫が丸まっている。
イリヤの膝の上に黒猫が乗っかって――つい、笑みが漏れた。
風が吹く。
見上げた空は蒼く、流れる雲は白い。
それを居間からから見て、穏やかに微笑ったのは言峰と葛木。
「……いいものだな」
笑んで、言峰は麻婆豆腐を一口。
「同感だ」
葛木は――少しハァハァしながら応えた。
言峰はそれを気にした風もなく、もう一杯の麻婆豆腐を差し出す。
「喰うか?」
「ああ」
仲良く並んで、麻婆を食べるのは、歪んだ魔術師と枯れた暗殺者”だった”二人。
「少し、辛いな」
でも、今は――聖杯の虜囚だ。
幸せな場所、笑みに満ちる場所、穏やかな場所。
それは魔術に携わる者にとっては、全て遠き理想郷だ。
手を伸ばしても、焦がれても、手の届かない遥か彼方にある。
でも、今、俺たちにとっては――
すぐそこにある、約束された場所だ。
俺達は。
この冬木の聖杯に関わる俺達は――
この場所を。この世界を、理想郷と――強く、信じる。