そのさんじゅうに。
迂闊です。
ついうっかり、アンリ・マユの作り出した因果隔絶空間に取り込まれてしまいました。
「どーすんだよおい……」
<この世全ての悪>とはいえ、さすがに変質しただけあって、私たちが黒化することはないのですが――困りましたね。
「何故そんな目で我を見る?我のせいではないぞ?」
あのですね。
『アンリ・マユのあの黒いひらひらの中はどうなっているのだろうな?』
そう呟いたのは貴方ですよ。
……好奇心に負けた私たちにも責任はありますが。
好奇心に負けてつい、裾をひらりんと捲ってみたら――この有様です。
寝ているときにやっちゃったのが拙かったのでしょうね。
あのひとが起きていたらすぐに出してもらえたかも知れませんが、そもそも見せてはくれないでしょうし。
つくづく、好奇心もほどほどにすべきだと思いました。
それで、今の私たちにとって重大な問題が二つあります。
一つはおやつ前にやっちゃったから、今日はおやつ抜きになったこと。
もう一つは外側は夕食の時間にさしかかろうとしているだろうこと。
何しろシロウは買い物に行く前に、「今日はちょっと期待してくれて良いぞ」と言っていました。
く、いけませんいけません!思い出したら余計にお腹が空いてきました。
でもアルトリアは強い子です。
竜の血をもってすれば、我慢するなど造作もありません。
ええ、ありませんとも!
お腹が少し鳴りかけているのも目眩がするのも気のせいだったら気のせいなんです。
とはいえ、何かを食べないと正常な思考も出来そうにありません。
そんな時、
「あ!」
不意に何かを思いついたランサーがギルガメッシュに問いました。
「そうだよギルガメッシュ!
お前、<王の財宝>なんて便利なものあんだろ?
何か食べるものしまってるよな?な?」
ですが、ギルガメッシュは少しばつの悪い表情です。
「あるにはあるがな、これしかない(´・ω・`)」
そう言ってギルガメッシュが出したのは、
「梅干し?何だってそんなもん……」
「だって我、梅干し好きだから(´・ω・`)」
なんてことでしょう、これではお腹が空く一方じゃないですか!
つくづく使えない英雄王ですね。
そんなとき令呪を通し、微かに届いたのはシロウの思考でした。
『セイバー達、何処行ったんだろう?』
そして思考に続いて届いたのは、今日の晩ご飯のおかずのイメージ。
今日の晩ご飯は………ああっ!鶏のクリーム煮です!
お味噌汁は大根ですし、その上デザートはパンプキンプリンじゃないですか!
シロウ、ここですよー!私はここにいますよー!
全身全霊を込めて思念を飛ばせば、
「ん?何か聞こえたけど……姿が見えないしなぁ」
きょろきょろするシロウです。
やはり心は通じているのですね!
「……なんか厄介なところに入り込んでいるっぽいな。
さて、どーしたものか。
やっぱ暖かい内に食べて欲しいからなー」
シロウは私たちが帰れないとは欠片も思っていないみたいです。
く、これは何が何でも戻らなければなりませんね。
「ランサー!ギルガメッシュ!ここから脱出しますよ!
今日の晩ご飯のおかずは……鶏のクリーム煮、大根の味噌汁!
気になるデザートはパンプキンプリンです!」
私も王ですから、檄を飛ばすのはお手の物です。
「……なんだって!くそ、こうしちゃいられねぇ!」
「我も本気を出さねばなるまい……!」
目をきゅぴーんと光らせて、ランサーとギルガメッシュは復活しました。
あとは時を待つだけです。
そして――
「メシだ!」
因果を越えて届いたその声。
それを頼りに、
「腹満たす鶏のクリーム煮ー!」
「米味噌調理す大根の汁ー!」
「約束された南瓜のプリンー!」
空間をねじ曲げたのはほんの少しの魔力と、際限なくわき上がる食欲。そして――もう一つは内緒です。
私たちはぽてぽてぽてっ、とそんな音と共に脱出を果たしました。
着地点は、シロウの掌の上。
そして、私たちのお腹がくきゅっと鳴って、
「シロウ、お腹が空きました」
私はにっこりと笑ったのです。