そのさんじゅうよん。





「私の正義に足りないものがある」
 つまみのスルメをもぎゅもぎゅ食べながら、アーチャーがぽつりと呟いた。
「巨大ロボですね?」
「間違いありませぬな」
 即座に口にしたのは小次郎で、うんうん頷いたのはハサンだ。
 ………なんというか。こんな奴だったっけ、こいつら?
 ここん所、英霊の座の記憶が薄くなってるんだけど、こいつらってこんなじゃなかった筈だ。
 小次郎が嬉々として地蔵振り回してた世界もあったような気もするけど……気のせいだよな、気のせい。
「いくら何でもそりゃねーだろ?」
 思わず笑っちまったよ、俺。でも。
「いや、ランサー。小次郎とハサンの言う通りだ。
 私には巨大ロボが足りない」
 ………え?
 おいおいおいおい、嘘だろ?
「マジかよっ!?」
「そもそも私は正義だ」
「うわ言い切りやがった!」
「正義だっ!」
「れう゛ぉっ?」
 げ、攻撃見えなかったぞおいっ!
「っていきなり何しやがるっ!」
 しかし奴は俺の抗議など何処吹く風だ。
 澄ました顔で言いやがった。
「私は正義だ。そうだな?」
 コラ待てや。
「っていきなり人を殴る正義がいるかよ!」
 言ったなら、奴は笑顔を浮かべてきた。
 怖っ!でも負けねぇぞ!
「私は正義だ。そうだな?」
「人の話聞いてるかおい」
 ですが奴は言いました。
「……犬けしかけるぞ」
「すんませんマジですんませんそれだけはシャレにならんので勘弁してください。
 貴方は紛れもなく正義です」
 よし、と深く頷く正義野郎。
 すっかり自分の世界に入っちまってやがる。
 ………あの坊主もこうなるんかなぁ?
「正義たる私が断ずれば、それは即ち悪だ。
 そして、私は倒すべき悪を知っている。
 まずは葛木宗一郎。
 イリヤスフィールに色目を使うなど悪以外の何者でもない」
「うっわ、奴ってそうだったんだ」
 メモしておこう。
 えーと、かれたさつじんきはろりこん、と。
「そして柳洞一成。
 衛宮士郎に思いを寄せているのは最早明白。
 自然に反する悪だ」
「ぼ、坊主も大変だな」
 そうか、やっぱりメモしておこう。
 めがねはがちほも、と。
「……そうだな。今のところはその二人くらいか」
 え?誰か抜けてるぞ?
「お、おいおいアンリ・マユはどうするんだ?
 名前からして<この世全ての悪>だぜ?」
 訊けば、アーチャーはふん、と人を小馬鹿にする態度。
 うわ、めっさむかつく。
「あれは最早悪から脱している。
 そもそも私に懐いているし、その事が悪ではないことの何よりの証明だ」
「さいですか……懐いているから悪じゃないというコトデスカ……
 じゃぁ言峰は?あいつ、根っからの黒幕じゃねぇか」
「これはまた分かり切ったことを。
 奴は――あの漢は、『衛宮士郎の味方』だ。
 ならば、悪であるはずがあるまいっ!」
 満足そうな様子に脱力――しかけて気付く。
「っておい。その話と巨大ロボって関係ねぇだろ!?」
「ランサーの分からず屋っ!」
「ぴこまりっ?」
 吹っ飛んだよ俺今吹っ飛んだ!
 俺今すっごい吹っ飛んだ!
「ふむ、中々楽しい悲鳴だなランサー。
 ははははは、愉快愉快」
「どこが愉快だっつーんだよっ!思い切り不愉快だこのドアホっ!」
 でもアーチャーの野郎はそんな俺を見ちゃいない。
「漢の浪漫を解さぬ者はァァァァァ!」
「馬に蹴られて地獄に堕ちろォォォォォ!」
 ハサンと小次郎に頷き返し、拳を握って力説した。
「正義と言えば巨大ロボ!
 巨大ロボこそジャース(・∀・)ティースの証!
 これこそ漢の浪漫だよ、君ィィィィィ!」
 うわ完璧酔ってるよこいつ。
 酒癖悪ぃなぁ。
 なんだかよ、とこめかみを揉みほぐしつつ考えついたことがある。
「ってかよ。大体てめぇにゃアレがあるだろ、ほら<無限の剣製>つったっけ。
 ロボットになる剣の一本でもねぇのか?」
 問えば、アーチャーは答えた。
「それは、あるにはあるが……」
 なんだよ、あるのかよ。
 溜息ひとつ。俺は疲れた声で言った。
「だったらその剣使えばいいじゃねぇか」
 刹那。
 視界がぶれて、紅く染まった。
「ランサーのばかちんっ!」
「じまんぐっ!?」
 倒れ伏した俺の耳に、アーチャーの悲鳴にも似た渇望が響いた。
「だって、あれには担い手が他にいるの!私は専用機が欲しいの!」
 薄れ行く意識の中、絶叫が聞こえる。
「私に正義の巨大ロボぷりぃぃぃぃぃぃぃぃず!」
「私も武神型巨大ロボぷりぃぃぃぃぃぃぃぃず!」
「私には巨大変形ロボぷりぃぃぃぃぃぃぃぃず!」
 衛宮の屋敷の屋根の上、月に吠えるは紅い弓兵と紫紺の剣士、そして黒の暗殺者。
 ………なんだかどーでも良くなってきた。
「うわランサーっ!Σ(・ω・ノ)ノ」
 ああ、坊主の声が何処かから聞こえる。
「傷は浅いぞ!しっかりしろー!」
 パトラッシュ。俺、もう疲れたよ…… =□○_