そのさんじゅうご。
お茶にしようと思い立ったまさにその時、ここ最近聞いていなかった声がした。
「邪魔するぞ」
言峰だ。
「お、言峰じゃないか。最近姿が見えなかったけど、どうしたんだ?」
問えば、やや疲れた声で言峰が答える。
「ああ、聖杯のことで協会に呼び出されてな。
流石に少し疲れた」
「そっか。色々ありがとな」
お疲れ様とお茶を出せば、言峰は一口飲んで額をぽりぽり。
「まぁ、その後イタリアで遊んできたわけだがな。
色々と美味かったぞ」
スカンピとかステーキのボルチーニ茸ソースとかな、と料理名を挙げる。
おかしい。辛いものを挙げない。
誰もが抱いた疑問を口にしたのはイリヤだ。
「辛くないものも食べるんだ?」
「イリヤスフィール。お前は人をなんだと思っているのだ。
私だってたまには辛くないものも食べるぞ。
まぁ、それはさておき……」
言峰は苦笑しながら鞄をごそごそ。
そしてイリヤに差し出したのは小さな箱。
「土産だ」
「わ、ありがとう!」
イリヤが渡された箱に入っていたのは――
「水晶の……スローイングダガー?」
「うむ。護符みたいなものだな。
協会からパチって来た」
「おいっ!」
つい突っ込めば、言峰は口をとがらせた。
「だって持ち主がいいって言ったんだもん」
だもんって……おっさん、あんたがやっても可愛くないぞ。
はんなりと拗ねつつも、言峰は一人一人にお土産を渡していく。
勿論、サーヴァントにも。
……割と義理堅いんだな。
そして、最期に残されたのはなんだかワクワクしている遠坂。
彼女に、その品が引き渡された。
「ほら、凛にはヴェネツィアングラスだ」
「あ、ありがとう」
困惑しながらも遠坂はその箱を受け取り、開けて――
「ってコーラ瓶じゃない!何考えてるのよ!」
激怒した。
対する言峰は涼しい顔だ。
「何を怒っているのだ?ヴェネツィアで買ったガラス製品であれば、それは全てヴェネツィアングラスではないのか?」
「ふざけんじゃないわよこの似非神父ー!」
遠坂は全力で庭石にコーラ瓶を投げつけ粉砕。
言峰はその様に驚愕し、思い切り目を見開いた。
「凛、なんということを!
あのコーラ瓶は名匠了儿キ乂〒”・セ勹”ーゾに無理を言って作ってもらった特注品だったのだぞ!」
「…………へ?」
「珍品中の珍品、と言うか二度と作られることはないだろう品だったのだが。
ああなってしまっては何の価値もないな」
粉々になったそれを見て、言峰が寂しそうに言ったなら、遠坂がぱったり気絶
「はう」
しかけたところで、ニヤニヤしながら言い放つ。
「無論冗談だ」
「むきー!この似非神父ー!」
それそれ、そんな反応。
そーゆー楽しい反応するからオモチャにされるんだよ、遠坂。
………面白いから教えないけどな?
「まったく、言峰にも困ったものだな」
苦笑しながら庭に降り、カケラとなったそれを手に取って――気付く。
そして感じるのは、背中に嫌な汗が流れる感覚。
俺は乾いた笑いを浮かべ、あかいまおうに声を掛けた。
「………遠坂」
「ああ!?」
うわ怖っ!
目が据わってる!
でも俺は負けないって誓ったから言ってやる。
「これ、本物だ」
「は?」
「だから、これ、本物。
普通のコーラ瓶じゃない。いや、コーラ瓶と呼ぶのさえ烏滸がましい。
制作者の執念と激情が凄い密度で込められてる――作ったのは、恐らくは魔術師だ。それも、絶大な力を持った。
これは宝具だったんだよ。遠坂が壊すまでは、な」
俺の鑑定結果に頷き、言峰が言う。
「うむ。魔術によって織り上げられた、第一級の概念武装だ」
「ほへ?」
遠坂はようやく理解した。
自分が粉微塵に砕いたそれは、紛れもない逸品であることを。
「…………ふゥ」
あ、倒れた。痙攣してる痙攣してる。
1つ遠坂に言っていないことがある。
どこか遠坂に良く似た魔力の残滓をそのカケラに感じたこと。
そして、そのカケラと良く似た魔力を持つ剣を俺は知っている。
つまり、だ。
「なぁ言峰。
これ、作った奴ってもしかして遠坂の親戚筋じゃないか?
例えば、第二魔法に達した魔法使いとか」
答は既に分かっている。
ニヤニヤ笑ってそう問えば、言峰が浮かべたのは満面の笑み。
「流石だな、衛宮士郎。あれを作ったのは宝石剣で名を馳せた魔法使い、即ち」
「それ以上言うなー!」
刹那、あかいまおうが復活。
それを意に介さず言峰は言葉にする。
彼の名前を。
「キシュア・ゼルリッチが作者だ」
「言うなって言ったのにー!(;ω;)」
泣き笑いのような表情で、あくまの右手が言峰の首を掴んだ。
こう、もぎゅっと。
「絞まる絞まる絞まる!」
「前にも言ったでしょ?
首を絞めれば絞まるに決まってるじゃない!」
ああ、気持ちは分かるぞ何となく。
でもやっぱり楽しい反応だな遠坂(・∀・)
などと他人事のように見ていたら――連帯責任だー、とか言われて一晩正座させられました。
………俺、何か悪いことしたかなぁ?
言峰と並んで正座しながら考えた。
何やってんだよ宝石の魔法使い。
こんなアホなことに乗っかって。むしろ嬉しそうに率先してやってたの、鑑定してわかったぞ。
まぁ……普通じゃないから魔術を凌駕して、魔法に達したのかもしれないけどな。
ここまで考えて、なんだかすっごい嫌なことを考えた。
変だから――正常な世界に生き、正常に暮らしながらもアホなことを至上命題とするヘンな思考回路を持っていたから魔法に辿り着いたとしたら?
………冬木の魔術師、みんな魔法に辿り着いてしまうな。
そんなことは……………ないよな?