そのさんじゅうろく。





 あれは夢だったのか。
 現実だったのか。
 今となってはそれを問うことは無意味だ。
 何しろ誰もが、その記憶を持っていなかったのだから。


 それは昨日の昼下がり。
 サーヴァント達と猫は縁側でお昼寝。
 俺達マスターは待ったりお茶を飲んでいた。
 そこで、不意に疑問を口にした。
 今思えば、それが引き金だったのだろう。
「なぁ、慎二」
「なんだい衛宮」
 お茶を一口。
 口を潤し、訊いてみる。
「冬木の聖杯ってさ、遠坂、マキリ、アインツベルンの魔術師が作ったんだよな?
 なんで聖杯を作ろうと思ったんだろうな?」
 その問いに口を開いたのは遠坂。
「あのね、魔法に辿り着くために決まってるじゃない」
 何当たり前のことを、といった口調の遠坂に、鋭い否定の声が届いた。
「甘い!甘いぞ遠坂の小娘!」
「誰よ!?」
 お約束。ああ、お約束。
 問いただした遠坂の目に映るのは、すっくと立った影一つ。
「儂ぢゃ!」
 逆光気味の臓硯じーさんだ。
 じーさんじーさん、あんたそんなヒロイックな出方も出来たのね。
「とうっ!」
 不気味なまでの軽い身のこなしで降りたって、
「目的は魔法だと?何を根拠にそのようなことを言うのぢゃ!」
 指さし強く言い放つ。
「え?違うの?」
 びっくり問い返した遠坂に、臓硯じーさんはきっぱり言った。
「何を言っているのぢゃ?
 遠坂の家系は既に魔法に辿り着いているではないか。何故新たな魔法を願うのぢゃ?」
 一呼吸。
 そもそも、と言葉を繋いで更に言い放つ。
 魔術師としてのあるべき姿を。
「魔法への道など、願望器に祈るべき事ではあるまい!
 魔法への到達はあくまでも魔術師の力量によって成されるべきもの!
 そうであろうが、遠坂の魔術師よ!」
 ああ、その姿はまさしく古き血の魔術師。
 強き魔術師だ。
 その気迫に遠坂は戦いた。
「う……そう言われればそうだけど!
 じゃぁなんで聖杯作ったのよ!?」
 問われ、悩むのは古き血の魔術師。
「むむむ……言ってしまっていいものかどうか迷うところぢゃな」
 悩んでいるじーさんを呼んだのは、やたらフレンドリーな声。
「ゾーちんゾーちん」
「儂をそう呼ぶのは……ゼルやんぢゃな?」
 空間をみにょーんと切り裂いて、いかにも魔法使いですー、といったじーさんが現れた。
 む、この魔力………まさかとは思うけど、
「きしゅあ・ぜるりっち?」
 イリヤがその名を口にして、
「正解だ。ほら、御褒美をあげやう」
 じーさんはあめ玉をイリヤに手渡した。
「わーいアメちゃんだー」
 バンザイして喜ぶイリヤだ。
 そりゃーとんでもないレアものだもの、魔法使い自ら手渡されたアメちゃんなんて。
 ……と思っていたらすぐさま口に放り込んだ。
 なんだ、単純に嬉しかったのか。
 苦笑してじーさん2人に目を向けたら、
「お久しぶりですね。ゾーちんにゼルやん」
「むむ、アーたんまで」
 ………なんか、イリヤに似た感じの半透明のひとまで来ましたよ?
 イリヤもなんかあれれ?って顔で見ているし。
「……誰ですか?」
 皆を代表して問えば、
「あ、はじめましてですね。
 アインツベルンの聖杯秘儀者の幽霊さんですよー」
 との返答。
 ああ、でも瓶詰サイズの英霊がうろついている冬木市だ。幽霊如きで驚かないぞ。
 なんだか溜息出てしまうけど。
 脱力しそうな俺達の視線の先。
「この際だから教えてやろうではないか」
「事実を知らせるのも先達の仕事ですよ、ゾーちん」
「ふむ?」
 3人(?)はコソコソ話し合って、
「そうぢゃな。そうかも知れぬな」
 意見の統一に至ったらしい。
 小さく頷き、こちらを向いて、最初に口を開いたのは幽霊さん。
「遠坂の家が聖杯秘儀に手を出した理由はただ一つ。
 金運の復活です」
 ……うわ何そのショボい理由。
「ゑ?」
 嘘よね嘘と言って頂戴お願いお願いー、と祈る遠坂の様子を見ながらも、じーさんきっぱり言ってのけた。
「コレ作ったら、私には影響はなかったんだがな。
 私の血に連なる者の金運、ぜーんぶ吸い取られちゃってなー」
 宝石剣を見せつつゴメンネ、と謝る宝石翁。
 うわ本物だ本物。やっぱいいなぁ、凄いなぁ。アーチャーの投影したのしか見たこと無かったけど、本物はやっぱ違うなぁ。
「特に直系とかは酷いことになってしまったもので。
 宝石魔術の家系でこれって拙いだろう?なんとかせにゃなぁ、と」
 正直すまんかった、と謝る宝石の魔法使い。
 でもあまり悪かったと思ってないだろあんた。何しろ笑ってるし。
「あうあうあうあうあうあうあうあう」
 ほら、遠坂なんて泣きそうだ。
 その様に不安を覚えたのはイリヤ。
 止めておけばいいのに、つい訊いてしまった。
「あ、アインツベルンはどうなの?」
 これに答えたのは臓硯じーさん。
「うむ。『我がドイツのォォォォォ!科学力はァァァァァ!世界一ィィィィィ!』を永遠とするために、ぢゃ」
「てへ」
 肯定するように照れ臭そうに笑ったのはアインツベルンの聖杯秘儀者――の残留思念。
 その姿に、
「うふふふふふふふふふふふふふ」
 ぎち、と音を立てて魔術回路が浮かぶ。落ち着けイリヤ。頼むから。
 自分たちの子孫を見やり、自嘲の笑みを浮かべる宝石翁と独逸幽霊。
「……俗な願いだ。遠坂も」
「そして、アインツベルンも。低俗で、下卑た願いです」
「救われぬほどに、な」
 そして、寂しそうな笑みを浮かべるゾーケン爺さん。
 もう俺は何をどう言って良いか分からないよ。だから聞き流すだけさ。
 ――現実逃避とも言うな。
「だが間桐家は――間桐家だけ違った。
 至高の目的を以て聖杯秘儀に挑んだのだ」
 憧憬を秘めた目で臓硯爺さんを見るゼル爺さん。
「ええ。私たちにはとても思いつけなかった、崇高な願い。
 世界の在り方さえ変える願いでした」
 臓硯爺さんは小さく頷き、
 せめて。
 せめてマキリの願いだけはまともなものであってくれ、と切に願う俺たちの前で――
 誇らしく雄々しく高らかに言ってのけた。
「そう………我がマキリが聖杯秘儀に向かったのは――真祖の姫君のぱんつを入手するためなのぢゃ!」
 刹那。
 世界が凍った。
「うむ、それは正しく至高の目的!」
「魔術の究極にして願望の極みですっ!」
「流石ぢゃよな儂ら!」
 キャイキャイと楽しそうな聖杯秘儀者×3。
 そのサバトとも思える光景を最後に、俺たちは意識を手放した。
 手放したんだってば。