そのさんじゅうなな。





「……キャスター。シロウが起きてきません」
 そわそわしながらセイバーが言った。
「珍しいですね。いつもなら朝ご飯作ってる時間なのに」
 ライダーが首をかしげて言えば、答えるようにシニカルな声。
「どーせ夜更かしでもしたんじゃない?」
 なぜ貴女が此処にいるのかが分からないわ、遠坂凛。
 朝食をたかりに来たって所でしょうけど、仕方ないわね。食費を払っている以上、拒む理由はないわね。残念だけど。
「ところで、アーチャーどうしたの?ここのところ遊びに来てないけど」
 問えば少し眉をしかめて、
「うーん、あいつ最近、口を開けば『合体ロボ欲しいよぅ、合体ロボ欲しいよぅ』って。
 相当参ってるからね、無理矢理ガンドで眠らせてきたわ」
 そうでもしないと寝ないのよ、と大きな溜息ひとつ。
「そうですか、アーチャーがそんなことになっていたとは……」
「まったく、どうしたものやら」
 そう言って溜息もう一つ。
「で、相談がてら来たんだけどね」
 起きてこないんじゃね、と少し困った顔をして。
 ふぅん、悪い子じゃなさそうね。
 って、噂をすれば影ね。近づいてくる足音一つ。
 でも、なんか様子がおかしいわね?こう、ふらふらしているような。
 襖が開いて、
「おはよぉぉおおおおお?」
 そのままぱたりと倒れ込んだ。
 ………!
 拙いわ!このままだと士郎があのあかいあくまの腕の中に!
 あかいあくまは受け止める気満々で腕を広げている。
 このまま指をくわえて見ているしかないの!?
 諦観に囚われかけたその瞬間。
「おっはよぉぉぉ!」
 士郎を襲った横殴りの衝撃。
 イリヤ、今日ばかりはGJよ。良く阻止してくれたわ!
「わー!シロウが吹っ飛んじゃったー!」
「えー!何よそれー!」
 でも後が悪いわ。何しろ士郎が吹っ飛んだその先は、
「衛宮、俺の胸の中にウェルカム………!」
 なんかこう、や ら な い か という空気を漂わせている柳洞一成の腕の中。
 そしてその光景に、あかいあくまは凍て付いた。
 なによこれ余計に悪いじゃない!GJって言ったのは取り消しよ取り消し!
 って、なんでそこにいるのよ柳洞一成っ!?
 苦々しい声で私が呟く。
「……なんでこの人がいるのかしら?」
「それは僕が呼んだからだよ!」
 爽やかに答えたのは間桐慎二もといヘタレワカメ。
 そしてメガネはワカメに心からの笑みを見せた。
「心からありがとう我が友よ!ああこの温もり汗の匂いハァハァハァハァ」
 なんてこと――このメガネ、本物だわ。
 このままじゃ士郎の貞操が危ないわ!
 魔術で屠ろうにも剣で斬ろうにも、瓶詰サイズな私たち。
 絶望的なまでに力が足りない。
 頼みの綱のイリヤは目の前の『うほっ、いい衛宮』な光景に固まっている。
 どうすれば――どうすればいいの!?
 諦めかけていたとき、その声は響いた。
「兄さん。柳洞先輩。なかなか楽しいことしてるじゃありませんか」
「そうね。どんなつもりか、教えて貰わなきゃね?」
 意識を失い、襲われるのを待つだけだった士郎を救ったのは黒姉妹。
「リン、サクラ。その者達にキッツイお仕置きをしてあげてください」
「分かっているとは思うけど、もはや問答無用よ」
 私たちの声援に黒姉妹はにっこり笑い、メガネとワカメを引きずっていった。
 そしてそんな二人を羨ましそうに見送る間桐爺。
 やれやれというか、なんというか……私には解らない世界ね、つくづく。
 でも流石ね。どうやらうっかりさんは姉妹揃ってみたい。
 そう、これは………
 ちゃーんす。
 士郎にアピールするチャンスなのですよ!
 黒姉妹はメガネをいぢめるのに忙しいでしょうから、数には入れないで良いわね。
 ま、あかいあくまはプライドが邪魔して看病できないでしょうけど。
 桜が帰ってきたときが拙いわね。でも、あの様子だと当分戻ってこないでしょうから多分平気。
 セイバーは看病されたことはあっても看病したことはないはず。
 イリヤスフィールも同様ね。もの凄く頑張りそうだけどね。
 問題はライダーね。正直あの子は読めないわ。
 ユニコーンでも召喚されたら即・完治。大問題だわ。
 釘を刺しておかないと、っていうか……
 共同戦線が前提になるのね。何しろあたし達ってこんなちんまりだから。
 って……
「ちょっと何やってるのセイバー?」
 あたしが見たのは不可視の剣を振りかざした戦闘使用のセイバー。
 その行き着く先は、恐らくあのおにぎり。
「え?シロウがお腹空いたでしょうから究極の焼きおにぎりを作ろうと思いまして」
 ほらね。でもね?
「……セイバー。病人に焼きおにぎりは良くないと思うんだけど」
 微かな目眩を感じて言えば。
 へにょり、とセイバーのあほ毛が萎れた。
「そんな……」
 えぐえぐとしゃくり上げだした。ま、拙いわね。そんなつもりで言ったんじゃ無いのに。
「な、泣いちゃダメのダメダメー!」
「でも、ひっく、私、えぐっ、焼きおにぎりを焼くくらいしか、えっく、出来ないから」
 う。考えろ考えろ私!
 えーとえーとえーとえーと、むむ、そうだ!
 この前言峰が食べてたアレがあるわ!
「………お茶漬けにしたら良いんじゃないかしら?
 ほら、焼きおにぎり茶漬けっていうの、あるから」
 こう言えば。
 あ、凄い凄い!萎れていたアホ毛がぴんと立った!
「キャスター。貴女に感謝を」
 ふぅ、これで一安心。あとは役割を割り振ったらおっけーね。
 よし。
「イリヤスフィール。貴女は汗を拭いてあげてね。
 ライダーは氷精の召喚。でもあまり強いのはダメよ?」
「りょーかいっ!」
「承知です」
 ん、これでいいわね。みんな素直で助かるわ。
「私は体力回復の陣を敷くわね。
 これで少しは楽になるはずだから」
 陣を敷いて、呪文を唱える。
 周囲の生物の生命力を奪う、って陣じゃない。
 今の私には無理だし、何よりそんなことしたら士郎は多分自分を責めるから。
 だから、大気のマナを集めて、注ぐもの。
 効果は気休めに近いけど。ストレス緩和って部分がかなり大きい陣。
 なんて言うか、私も変わったわね。
 英霊の座にいるときには、多分こんなことは思いつきもしなかった。
 ずっと、裏切られていたから。
 でも、今は――この世界では、誰も私を裏切らない。
 私も、もう裏切れない。
 私の在り方を変えたこの世界に現界出来たことを、心から嬉しく思う。
 そして、この世界で彼らと出会えたことに心から感謝。


「んー……」
 あ、目覚めた目覚めた。
「やっと目を覚ましてくれたんだねー!」
 案の定、真っ先に飛びついたのはイリヤスフィール。
「ああ、イリヤが汗拭いててくれたんだ。ありがとな」
「家族なんだから、それくらい当たり前よ」
 ほんのり頬を赤らめて、恥ずかしそうにこう言った。
 士郎が次に目を向けたのは次にセイバー。
「セイバー、この焼きおにぎり茶漬け、美味しいよ。さんきゅな」
「あ、当たり前です!私が全身全霊を込めて作ったのですから!」
 アホ毛がしゅぴーんと輝きを放った。どうなってるんだろうか?
 魔力は感じなかったし……つくづく不思議ね、あれ。
「ライダー。氷嚢、気持ちよかったよ。凄く楽になったよ。お前のお陰だ」
「………ぽっ」
 照れてる照れてる。珍しいわね、この子のこんな姿も。
 ああ、なんて言うか……みんな、可愛らしいったら無いわね!
 でも、ね?
 取り仕切ったの、わたしなんだけど。
 でも、ま、いいかな?
「キャスターだろ?取り仕切ったの。
 本当に、ありがとな」
 ほら、分かってくれているんだから。
 指先が軽く私の頭を撫でる。
「た、大したことじゃないわ。つ、つ、妻として
 当然のことよ!」
「それでも、ありがとう、だ」
 うん、もう大丈夫ね。
 これで、明日はきっと元気。


 そんな午後、頬に赤茶色の飛沫を付けて、スッキリした顔の遠坂凛。
 ニヤニヤしながらこう言った。
「バカは風邪引かないって言うけど……」
「遠坂。何が言いたい?」
 どてらを着た士郎が問えば、答はすっごいイイ笑顔。
「大バカになると風邪引くのね」
「帰れっ!」
 直後、
「げほがはぐひょげはぁっ!?」
 むせてるむせてる。
 大声出すからよ、バカね。
「まぁ、冗談はさておき。みんな、心配してるんだから。大事にしなさいよね?」
 士郎の頭を軽く叩いて、
「衛宮くんがこんなだからね。今日の晩ご飯、あたしが作っておいたから」
 と綺麗な笑顔を残して帰って行った。
 なんだ、本当に良いところ有るじゃない。
 仕方ないわね、今後も遊びに来るの、許してあげるわ。



 で、翌日。
「うう、不覚です」
「うーんうーん、高熱ですよー。うーん、うーん、重病人ですよー」
「きゅう」
「これは……困ったわね……」
 4人揃って風邪をうつされて寝込んでしまった、ってわけ。
 でもね?
「た、確かに苦しいけど、こう考えてみない?」
 ぜぇぜぇ言いながら私は言った。
「この風邪はあたし達の士郎への愛の証!
 この風邪のウイルスで、あたし達と士郎とは更に強い絆で結ばれたの………」
 うっとり。
「流石です、キャスター!」
「そ、そうですね、そう考えればこの熱もまた格別……」
「えへへへへへへへへへへ」
「この熱は私を焦がす愛の炎……」
 四人それぞれにでへへーとなっている様を見て、士郎はちょっと困った顔で、
「……大人しく寝とけよ?」
 軽く、優しく、微笑って怒った。
 だから、私たちは。
「はーい」
 素直に、穏やかに眠るのだ。