ごろんごろん。





  姿見の前に立ち、笑ってみる。
 ――なんて。
 ――なんて、可愛くないのだろう。
 いつから私はこんな笑いしか出来なくなったのだろうか?
 思い出す。
 8年前。
 目の前で紅く染まった兄。
 それを見て嗤っている兄。
 私は嗤い続ける兄が赦せなくて――
 そして――
 その後の記憶は――薄い。
 あるにはあるけど朧気で、掴もうとすると消えてしまう。
 なんて――不安定。
 でもその不安定の素だった、変態シキはもういないっ!
 ・・・猫気味な吸血鬼とか、カレーの風味漂う聖職者とか、無表情なメイドとか笑ってるけど何考えてるか分からない家政婦とか少し先のことを見ちゃう後輩とか謎の蒼い魔術師とか邪魔者はまだ居るけど、兄さんに一番近いのはこのわ・た・し!
 だって、私は兄さんの側に居るんだからっ!
 それよりなにより過去に用は無し!
 全ては輝かしい兄さんと私の未来のためにっ!
 なんて思ってるんだけど。
 はぁ。
 思わず溜息が出てしまう。
 いざ、顔を合わせると・・・例えば、今朝もこうだった。


「おはよう」
 少し眠そうな兄さんがリビングに姿を現す。
 私はそちらをちらりと見た後、溜息一つ。
「兄さん、おはようございます。・・・今日は早いんですね」
 ああ、まただ。
「今日はって・・・それじゃいつも俺が寝坊しているみたいじゃないか」
「事実ではありませんか?」
 ・・・何でこうなるんだろう?
 本当はもっと違うことを言いたいはずなのに。
 でも、止まらなかった。
「まったく兄さんは・・・少しは遠野家の長男としての自覚を持って下さいませんか?」
 兄さんは苦笑して、食堂へ去っていって・・・
 冷めた紅茶と、私が残されて。
 私は、小さく呟いた。
 本当に、可愛くない。


 思い出して、自己嫌悪。
「またやっちゃった・・・」
 なんでこうなってしまうのだろうか?
 予定では。
「おはよう」
 眠そうな兄さんがリビングに入ってきた時に、笑顔でこう。
「おはようございます、兄さん」
 にっこり。
 すると、兄さんは少し照れたように笑って・・・
『あ、ああ。おはよう秋葉』
「どうしたのですか、兄さん?」
 私は少し、余裕を見せて。
 そしたら兄さんは困惑気味で、
『あ。いや、なんだか今日は雰囲気が違うなーって』
「それじゃぁいつもはどうだって言うんですかっ!」
 そして私の檻髪が兄さんを・・・ってやり直し!
 やり直しを要求します!


『あ。いや、なんだか今日は雰囲気が違うなーって』
「酷いです、兄さん」
 と私は拗ねてみる。
『あ、ごめんな秋葉。そんなつもりじゃなかったんだ』
 拗ねた私に謝るように、兄さんは私の頭を撫でて・・・
 そうそう、こんな感じっ!やり直し成功!
 で、私は兄さんを上目遣いで見つめて、
「兄さん・・・」
 と、切なそうに呟く。
 兄さんも意を決して、
『秋葉・・・』
 そして重なり合う唇!
 そーよ!
 こーよっ!
 こーなるはずなのにっ!
 でも・・・何で出来ないのかな?
 悩んでしまう。
 ふう・・・そう言えば悩んでる時、羽居は転がってたっけ。
 落ち着くよー、とか言ってたけど・・・本当かな?と思いつつ、愛用の枕を抱きながら、
 ごろごろ〜
 と転がってみる。
 あ。
 ごろごろごろ〜
 何だか安らぐ。
 ごろごろごろごろ〜
「おーい、秋葉ー」
 ごろごろごろごろごろ〜
「いるんだろう、秋葉〜」
 ごろごろごろごろ〜
 本当に安らぐ。
「入るぞー」
 ごろごろごろ〜
「本当に入っちゃうぞー」
 ごろごろ
「おい、秋・・・は?」
     ごろ
 え?
 に、兄さん?
 私は転がった状態のまま。
 兄さんはそんな私を見下ろしている。
 ・・・見られた。
 一番見られたくないところを一番見られたくない人に見られた。
 その人――兄さんは、といえば
「へぇ・・・」
 と、なんだかにこにこ笑っている。
「遠野家の長男たる者・・・なんて言ってたっけ?」
 にっこり。
「う」
 わたしはただただ呻くだけ。
「遠野家の当主たる者がごろごろと転がっていていいものかどうか」
 そして兄さんはわざとらしい溜息一つ。
「枕を抱いて、あまつさえ幸せそうな顔で」
「ううう」
 いっそ略奪してしまおうか?
 なんて考えがよぎって。
 髪が何だか赤くなりかけてるのを自覚した時、
「でも可愛かったぞ」
 不意打ちを貰ってしまった。
「え?」
「うん、可愛いぞ」
 にっこり。
「えと、あの、あの」
 あ、狼狽えてしまってる。
 そんな私を見て兄さんは楽しそうに笑ってる。
 まだ真っ赤なままの私に近付いて、そして――
 優しく頭を撫でてくれて。
「何悩んでるか知らないけどな。力になるぞー?」
 なんて言うか、狡すぎる。
 いつもは欲しいものをくれないくせに、こんな不意打ち。
 本当に、狡いと思う。
 なんでこんな狡い人のこと、好きになったんだろう?
 答えは、多分出ないだろうけど。 
 それでも、私は――ずっとこのひとに恋していく。