それはよく晴れたある日のこと。
「志貴様、失礼いたします」
私はいつもの様に志貴様を起こすため、お部屋に入ります。
すると、志貴様の枕元で微かに動く何かを見つけました。
私はそっと近付き、それが何かを確かめました。
猫さんです。
黒いです。
丸まっておられます。
可愛いです。
触りたいです。
そーっと、そーっと・・・
あ。
目を覚まされました。
・・・欠伸をしておられます。
そして・・・志貴様の布団の中に潜り込んで、またお眠りになった様です。
喉をゴロゴロ鳴らしておられるのが聞こえます。
本当に可愛いです。
でも、それ以上に・・・
羨ましいです。
猫さんだけなんて、本当に狡いです。
でも、志貴様はよくお眠りです。
――チャンスです。
秋葉様は前の学校に戻っておられます。
姉さんは・・・今は食事の準備です。
私はそそくさと扉に向かい、鍵をかけました。
これで、大丈夫です。
・・・猫さんもお逃げになることは出来ませんでしょう。
そーっと、そーっと。
近付いて。
大丈夫、志貴様が目をお覚ましになる気配はまだありません。
猫さんがお逃げになる気配もありません。
私は志貴様の隣に潜り込んだ時のことを想像しました。
・・・ああ、駄目です。
思わず顔が赤くなってしまいます。
想像するだけで何だかドキドキします。
深呼吸をして落ち着きましょう。
一回。
二回。
三回。
少し、落ち着きました。
では。
私は布団に手を伸ばしました。
と。
「おはよう、翡翠」
・・・酷いです!
なんで起きておられるのですか!
「志貴様・・・なんて酷い」
この様にして、私の朝は始まります。
昼下がり、洗濯物を干し終えた私はベランダで志貴様を見つけました。
「志貴様」
声をおかけしたのですが、志貴様は何も返事を返して下さいません。
酷いと思います。
少し近付いてみましたら、案の定寝ておられました。
そしてお膝の上には――
やはり猫さんです。
黒いです。
丸まっておられます。
可愛いです。
触りたいです。
とても気持ちよさそうに眠っておられます。
今度こそ撫でます。
撫でて見せます。
そーっと、そーっと。
あ。
猫さんは志貴様の膝の上から逃げてしまわれました。
「あれ?どうしたの、翡翠?」
・・分かりました。
志貴様が目をお覚ましになって、それで猫さんはお逃げになったのでしょう。
今度こそ猫さんを撫でることが出来ると思いましたのに。
「志貴様・・・なんて酷い」
この様にして、私の昼は過ぎていきます。
眠りにつく前の、ひととき。
私はこのゆったりとした時間が好きです。
リビングで本を読んでおられる志貴様のお膝の上に――
やはりおられました。
猫さんです。
黒いです。
丸まっておられます。
可愛いです。
耳としっぽを動かしておられます。
寝ては――おられないようです。
私はつい、猫さんをじっと見つめていました。
どうやら私はよほど熱心に見ていたらしいです。
そんな私に志貴様は言って下さいました。
「ああ・・・翡翠はレンを撫でたかったんだね?」
志貴様は抱いておられた猫さん――レン様というお名前なのですね――を私に差し出して下さいました。
猫さんは心持ちイヤイヤをしておられる様に見えますが・・・
構いません。
私は猫さんをずっとずっと撫でたかったのです。
だから迷うことなく猫さんを抱き寄せます。
暖かいです。
猫さんは――まだ逃げようとしておられます。
哀しいです。
でも、まだ手を放すわけにはいきません。
まずは背中を撫でてみましょう。
・・・良い手触りです。
次は・・・そうです。
肉球です。
肉球を触らずして何故猫さんを触ったと言えましょう?
では・・・いきます。
震える指をそーっと、そーっと伸ばします。
・・・・・・はう。
ぷにぷにです。
気持ちいいです。
猫さんはまだ嫌がっていられます。
・・・どうやら、無理強いをしたようですね。
猫さん、すみませんでした。
でも、最後に――
もう一度。
私は猫さんを軽く抱き上げました。
そして空いた手で、頭から背中を撫でています。
私はいつしか――微笑んでいました。
猫さんは、何故か――
そう、何故かもう逃げようとなさる気配がありません。
それどころか、私の手を――舐めて下さいました。
心を開いて下さったのでしょうか。
嬉しいです。
本当に、嬉しいです。
今、猫さんは私の胸元で喉を鳴らしておられます。
「志貴様、ありがとうございました」
猫さんは少し名残惜しそうなお顔をなさっていましたが、それでもやはり志貴様の方が良いのでしょう。
志貴様の元に戻り、身体をすり寄せておられます。
「じゃあ、俺そろそろ寝るから。翡翠、お休み」
志貴様は猫さんを抱き上げながらそう言われました。
一緒にお眠りになる御積りなのでしょう。
・・・やっぱり、猫さんがちょっと羨ましいです。
でも、今日は――猫さんが心を開いて下さったので、とても良い夢を見ることが出来そうです。
だから私はいつもの様に、こう言って志貴様をお送りします。
「志貴様、お休みなさいませ」
この様にして、私の一日は終わります。