過ぎ行く夏の日の宵に





 ちりん、と風鈴が鳴っています。
 午後の風に揺られ、もう一度。
 ちりん。
 私の思い人は、私の膝の上で、どんな夢を見ているのでしょうか。
 私は団扇でぱた・ぱた・ぱたと、彼の顔を仰いでいます。
 ・・・本当によく寝ちゃってます。
 そんな彼のすぐ近く、日陰には黒い子猫が転がっています。
 少し暑いのでしょうか、丸まらずにだらんと寝っ転がっています。
 しっぽがだるそうに動いていますから、寝ているわけではないようですね。
 でも・・・何だか狡いですねー。
 それはこの離れに誘ったのは私ですよ?
 膝枕どうですかと言ったのも私です。
 でも、だからといってこの眠り様はどうでしょう。
 ほったらかしな感じです。
 何だか悔しいですね。
 鼻をつまんでみましょうか、えい。
 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
「ぷはぁっ!」
 あ、目が覚めたみたいですね。
「・・・酷いですよ、琥珀さん」
 あはー、私をほったらかしにした罰です。
「・・・悪かったです」
 分かればいいんです、分かれば。
「じゃあ、お返し」
 え?それってひょっとして?
 そんな正座して、自分の膝を叩いてみせて。
 ・・・膝枕どうぞって事でしょうか?
「そうですよ?」
 あはー、困りますね、って嫌なんじゃなくてあのその。
 えーと、なんて言えば良いんでしょうか。
「膝枕が嫌なら、こんなのは?」
 あ、寝っ転がって・・・ええっ?腕枕ですかぁ?
 わ。もっと照れますよ。
 ・・・うう、でも何も答えなかったらお預けというか、無期延期ですかひょっとして?
 うーん、それはあまりにも哀しいですから・・・少し覚悟を決めましょう。
 でも照れますよー、本当に。
「どうしたの?」
 なんて意地悪そうに笑っています。ちょっとむっとしちゃいましたよ?
 あはー、志貴さんは私を甘く見ていますね?
 そんなことする人には、こうです。・・・どきどきしちゃいますけど。
 ぽふ。
「わっ!こ、琥珀さん?」
 何だか良い感じです。
 まさか本気で腕枕を使うなんて思っていなかったのでしょうか、志貴さんは少しばかり驚いた表情。
 ふふ、いい気味です。
 それにしても、ここは気持ちいい風が吹くんですね。
 何で静かで、とても――
 すぅ。
 ・
 ・・
 ・・・
 ・・・・
 ・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・
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 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 あ。
 よく寝てしまったみたいですねー。
 秋葉さまが留守で本当に良かったです。
 ・・・翡翠ちゃんは、心配なんてしてないんでしょうね。
 ――心、繋がってますから。
 多分、翡翠ちゃんは私が・・・私たちがどこにいるか、分かっているはずです。
 でも、わざわざ迎えに来ないと言うことは・・・
 あはー、本当に良い妹です。感謝ですよー。
 口の中で御礼を言いつつ、ふと外を見ればいつの間にか薄い闇。
 庭ではりいん・りいんと虫が鳴いています。
 この離れの庭には、鈴虫がいるんですね。
 お気に入りの場所になりそうです。
 あら、志貴さんはまだ寝ているようですね。
 チャンスですね、あは。
 私は少し近付きます。
 ずりずり。
 ずりずり。
 ずりずり。ぴと。
 やっぱり、落ち着きますねー。
 くっついたらやっぱりまだ少し暑いですけど、それもまた良しです。
 風が吹いたらちりんと風鈴。
 風が無いならりいんと鈴虫。
 そしてとくんとあなたの音。
 ちりん。ちりん。
 りいん。りいん。
 とくん。とくん。
 そんな優しい音の中、私はそっと目を閉じます。

  夕風夜風 寂しけりゃ
  ふたりで家に 帰りゃよい
  夕闇宵闇 こわければ
  手と手繋いで 帰りゃよい
  ふたりで家に 帰りゃよい
  手と手繋いで 帰りゃよい

 
 遠く、遠くから聞こえるそんな歌。
 口ずさんでいたのは誰なのでしょう?
 私の疑問と同時に、 
 くう。
 そんな音を立てたのは、あなたのお腹。
 慌てて目を開いてみます。
 あ。寝たふりですね、志貴さん。
 あなたの顔を見てみたら、寝てるふりだってのがよく解ります。
「うーん・・・」
 寝言のふりしても無駄ですよ、志貴さん?
 そんな気まずそうな顔して寝てる人がいますか。
「・・・しまった」
 志貴さん、最初から起きてたんですね?
「・・・はい」
 ・・・起きてたのに、何も言わなかったんですね。
「・・・何だか琥珀さん、迷子みたいな感じがしたから」
 え?
「俺がどこか行っちゃうんじゃないか、って。
 そんな今にも泣きそうな感じがしたんです。だから、琥珀さんが落ち着くまでそのままでいようかなって」
 そうですか・・・私はそんな顔をしていましたか。
「はい・・・。だから、慰めてあげたいって、思いました。でも、それだけじゃないんです。・・・そうですね、俺は琥珀さんに甘えて欲しいんですよ」
 え?それってどういう事ですか?
「琥珀さん、人に甘えさせてあげてるばかりで、自分から甘えてないじゃないですか。それって、結構辛いんですよ、俺としては」
 ・・・・・・
「だって好きな人には甘えて欲しいじゃないですか」
 そうですね・・・私も志貴さんにもっと甘えて欲しいですし・・・
 でも、いいんですか?そんなこと言われると、私甘えちゃいますよ?
「ん、いいんじゃないですか?」
 本当の本当に甘えちゃいますよ?
「どーんと甘えちゃって下さい」
 ・・・・・・じゃあ、志貴さん。
「ん?何ですか?」
 志貴さん、少しだけでいいですから。このままでいさせてください。
 もう少しだけ、あと少しだけ。
「・・・うん。いいですよ、琥珀さん」
 頭にふと感じる、あなたの手。
 私を・・・撫でてくれているんですね。
 私はそっと、目を閉じます。
 そうしたら、あなたの温もりをより強く感じることが出来ますから。
 ずっとずっと昔のこと、憧れた御伽話がありました。
 その中に出てくるお姫様の様に、今私は温もりを感じています。
 その温もりをくれるのは、私の大好きな人で。
 私がずっと望んで、夢見てきた温もりは――
 ここに、あります。