我が胸を屠れ略奪者
あの日、アルクェイドが空想具現化で作った同人誌を読んだ秋葉は、何かのヒントを得た。
ふと見下ろす自分の胸。
すとーん。
とそんな感じで。
しかし、今秋葉は笑っていた。
そう。
成すべき事とそれを為すための力は既にある。
後は――そう、動くだけだ。
「なんでこんな簡単なことに気付かなかったのかしら・・・?」
笑みを浮かべながら秋葉はシエルに一歩近付いた。
「・・・何をする気ですか、秋葉さん?場合によっては遠野君の妹さんでも・・・」
そう言って睨むシエル。
「そう。簡単なことだったのよ」
しかし、秋葉はシエルの視線など気にしてはいない。
「胸がないなら――『略奪』すればいい」
自分の思いつきに酔っている。
「私の略奪は命を奪う・・・」
くす、と笑い。
「胸もまた女性のとっての命。ならば略奪出来ないはずがない。そう思いませんか?」
「な・・・!」
漠然とした恐怖に思わず一歩退いたシエル目掛けて――深紅が奔った。
「兄さん、待ってて下さいね。ないすばでーになった私を・・・」
そして響くシエルの悲鳴。
倒れたシエルの胸は――
すとーん。
と、そんな感じになっていた。
「ああ・・・憧れのないすばでーに・・!」
部屋の姿見に自分を映して秋葉は浸っていた。
確かに。
確かに秋葉はないすばでーになったと言えるだろう。
貧弱なお嬢さんと言われたあの頃が嘘のように。
今の秋葉の姿はと言えばネグリジェである。
しかも肩ひも無し、胸の部分で辛うじて引っかかっているという状態。
「・・・兄さん」
秋葉は決心し、志貴の部屋に向かって一歩を踏み出した。
と。
すとーん、と。
ネグリジェが落ちた。
「へ?」
見れば胸は元の状態に。
「そんな・・・?」
保たなかった。
そう、保たなかったのである。
どうこう言ってもシエルは人間である。
命の総量は人間を大きく超えるものではない。
そう。人間だったから。
ならば。
あのひとから略奪すれば。
秋葉は会心の笑みを浮かべた。
一方。
真祖の姫は得体の知れない寒気を感じていた。
「な、何だか嫌な予感がする・・・」
嫌な汗が流れるのを感じ、アルクェイドは窓から一歩下がった。
と。
紅の流れが窓を粉砕。
「勘がいい・・・!」
舌打ち混じりの声。
つまり。
「妹!何考えてるのよ!」
「貴女の胸を貰います!」
「妹・・・まさか本気じゃないよね?」
乾いた笑いと冷たい声で問い掛けたその答は
「私が冗談を言うと・・・?」
嘲笑。
秋葉の本気を察し、アルクェイドの眼が――金色に。
紅の奔流が白の壁に遮られた。
「空想具現化」
勝ち誇った声でアルクェイドは呟いた。
「私以上の意志。それがない限りこの壁は――」
壊せない。
そう。そのはずだった。
しかし。
今、壁は――
崩れている。
崩れ落ちている。
「な、なんでぇ?」
思わずそう呟いたその時には既に白い壁は存在しなかった。
跡形もなく。
「妹!なんでこんな事が出来るのよっ!」
悲鳴のようにアルクェイドが問えば、
「知れたこと!」
秋葉は冷たく狂おしい笑みを浮かべ――
「私がないすばでーになるために!」
紅を放った。
「私と兄さんの甘い甘い生活のために!」
「にゃぁぁぁぁぁ?」
そして紅は白に突き刺さり――
アルクェイドは胸を『略奪』された。
「ふふふ・・今度こそ!」
むん、と気合いを込めて秋葉は志貴の部屋へ。
落ちない。
今度は落ちない。
やはりエネルギー総量がものを言ったのか。
シエルから奪ったときとは比べ者にならないほどの大きさを保ちつつも、アルクェイドから『略奪』した胸は定着したようだった。
「待ってて下さいね、兄さん・・・」
期待を抱いて、目指すのは志貴の部屋。
多分誰も眠っているだろうと思ったのだが――リビングから聞こえてきた声。
志貴と――琥珀が話をしているらしい。
多分翡翠もいるだろう。
「まったく・・・兄さん達は」
文句を言いつつも、秋葉の表情は綻んでいる。
この場に巨乳を通り越し、爆乳になった自分が現れたら志貴達はどんな顔をするだろうか?
特に志貴。
『秋葉!俺にはもうお前しか見えない・・・』
「兄さん・・・」
『秋葉・・・』
「うふ・・・うふふふふふふふふふ」
涎を垂らしながら妄想している秋葉。
「ねぇ・・・」
と、声を掛けかけたのと同時に、
「で・・・志貴さんは巨乳好きなんですか?」
そんな琥珀の質問。
「ふっ・・・決まり切ったことを」
秋葉は勝利の笑みを浮かべたが。
「なんでそーなりますか・・・」
という志貴の声に愕然とした。
「うーん、嫌いじゃないけど好きでもないですねぇ」
という言葉に
「ほへ?」
と間抜けな声を出し。
そして次の言葉が――秋葉をコロシタ。
「巨乳はともかく爆乳は遠慮したいです」
それを聞いた琥珀は嬉しそうに、
「有り体に言うとどういう事ですか?」
と問い。
「有り体に言うと自然なのが良いなぁと」
志貴は照れながら答えた。
「良かったね、翡翠ちゃん」
「・・・・・・」
どうやら姉妹はほっとしているらしい。
しかるに秋葉はふと自分の胸を見てみた。
「・・・・・・」
目に映ったのは不自然なほどの爆乳。
拙い。
どうやら奪いすぎたらしい。
「・・・手を打たなければ!」
そして秋葉は夜の闇に飛び出した。
「うう・・・今日は酷い目にあったよ・・・」
ふらふらと夜道を彷徨うアルクェイド。
その胸はやはり。
すとーん。
と。
そんな感じで。
「はぁぁぁぁぁ・・・」
溜息ばかり漏れていく。
「うう、これじゃ志貴を誘惑できないよ・・・」
しょぼんとしている真祖の姫に、
「居ましたね!」
と鋭い声が届いた。
顔を上げたらそこには。
「げ、妹!」
紅い髪を靡かせて、遠野の娘が立っていた。
アルクェイドは思わず後ずさり、
「も、もう奪うものは無いわよっ!」
ほら、とばかりに胸を張る。
対する秋葉は薄笑い。
「奪いに来たんじゃないわ・・・」
そう言いつつ、鮮烈な紅は舞い――
静謐な白は動くことも出来ず、蹂躙された。
「確かに返しましたよ!」
そして秋葉は帰っていった。
「返したって言われても・・・・」
見下ろす。
先ほどよりホンの心持ち、大きくなったようなそんな気がしないでもない胸を。
「うう・・・志貴に慰めて貰おう・・・」
と、涙を流しつつ遠野の屋敷に向かってみたら。
「・・・シエル?」
「アルクェイド?」
同じくらいの胸の大きさになってしまった仇敵がしょんぼりとしている。
「あんたも・・・?」
「あなたもですか・・・?」
二人で見つめ合い、漏れ出たのは乾いた笑み。
「あは・・・あはははは」
「あははははははは」
そして大きな溜息。
と同時に戦闘開始。
「志貴に慰めて貰うのはわたしなんだからねっ!」
「お黙りなさいこの泥棒猫っ!」
わーわーきゃーきゃーどたんばたん。
そうこうしているうちに翡翠と琥珀が現れて、
「志貴様のお休みの邪魔です。静かにして下さい」
と翡翠が催眠術をかまし。
「煩いので黙ってて下さいね〜」
と琥珀が妖しげな液体の入った注射器を投与。
「きゃー!」
「ひゃぁっ!」
そして静寂が訪れた。
一方。
「うふ・・・うふふふふ・・・」
1人嬉しそうなのは秋葉である。
アルクェイドとシエルが戦いを繰り広げ、翡翠と琥珀が鎮圧に赴いている丁度その時。
秋葉は志貴の部屋へと向かっていた。
その姿はと言えば、ごくごくシンプルなパジャマ。
そっちの方が良いだろう、と言う判断である。
「今なら邪魔はないはず・・・」
ごきゅり。
と喉が鳴る。
深呼吸一つ。
ドアを叩いてみるが――返事はない。
どうやらもう寝ているのだろう。
「それならそれで手はあります・・・」
秋葉はほくそ笑み、ドアを開いた。
そして――
「え?」
秋葉が見たのは、何の屈託もなく眠り続ける志貴と。
志貴の横で気持ちよさそうに眠っているレン(黒猫ver.)だった。
「くっ!」
よっぽど叩き起こそうかと思ったのだが。
「・・・気持ちよさそうに寝てる・・・」
はぁ、と溜息一つ。
「お休みなさい、兄さん・・・」
秋葉は眠り続ける志貴に微笑みを向け、静かに部屋から立ち去った。
こうしてなんだかんだで遠野志貴の周囲の女性は同じくらいの胸の大きさとなったわけだが、それに関して遠野志貴は、
「ん?胸の大きさ?気にしないけど」
と答え、略奪された二人をほっとさせたのもこれまた別のお話。