我が胸に哭け狩猟者
「兄さん、好きです!」
意を決した秋葉が言えば、
「断る」
志貴はあっさり断った。
「どうしてですかっ!私のどこが不満なんですか?」
問いつめたその果てには。
「だって秋葉胸無いし」
そんな冷たい答があった。
そしてそれからだった。
志貴の周囲が変わったのは。
周囲の胸が大きい人が逃げていくのだ。
自分を見ただけで。
「何故だ?」
首をかしげるも、その答は出ない。
志貴はただ空虚な思いを抱えて毎日を過ごすのであった。
そして、志貴から巨乳達が逃げ出したその真相だが――
当然秋葉が絡んでいた。
「・・・む!また兄さんを狙う巨乳の気配!」
眠りにつこうとしていた秋葉だったが、乙女特有の超感覚が知らせたものか。
不穏な気配に目を覚ました。
「赦さない・・・!」
そして装束を身に纏い、今日も秋葉は夜の闇に飛び出した。
そして秋葉の目的地。
「遠野君・・・♪」
少女は大きな胸を抱き、恋する人の名を呼んだ。
と。
「そこの巨乳!」
現れた影。
その姿は。
羽マスクに忍者装束。
そして胸は不自然に大きい。
「へ、変態!」
もっともな感想である。
しかし飛び込んできた影――言うまでもなく秋葉の変装なのだが――は激怒した。
「だ、誰が変態ですかっ!」
「・・・」
答えるように黙って秋葉を指さす。
「こ、この・・・」
悔しそうに呻くが、こんな話をしている場合ではない。
「そんなことはどうでもいいんです!そこの巨乳!遠野志貴に近付くのを止めなさい!」
まずは言葉で。
しかし、対外の相手はここで反論するのだ。
なんでそんなことを、と。
だから秋葉は先手を打った。
「近付くのを止めないと、貴女の恥ずかしい秘密と過去をばらまきます」
と。
「たとえば小学校1年のときの夏休み。貴女は母方の田舎で野壺に落ちましたね?」
「!」
それは、確かにあったこと。
しかし同時に忘れたかったことだった。
「そして小学校2年のプールの授業。貴女は溺れて排水溝に吸い込まれかけた・・・」
「な、なんでそれを・・・」
問いたげな少女は気にも留めず、秋葉は更に言葉を続けた。
「更に!今でも貴女は幼稚園の頃から使っていた毛布がないと眠れない。違いますか?」
「・・・」
無言が全てを語っていた。
そして秋葉が浮かべたのは勝利の笑み。
「貴女の秘密を公開されたくないのなら、兄さげふんげふん、遠野志貴に近付かないことです!」
「くっ!卑怯な・・・!」
悔し涙を流しつつ、その少女は諦めた。
彼女の恋を。
「解ればいいんですよ、解れば・・・とぉっ!」
そして秋葉はまた夜の闇に消えた。
別の巨乳を倒すために――!
兄の愛を独占するために日夜戦い続ける貧乳妹秋葉!
人は彼女を巨乳ハンターと呼ぶ!
「あのさ、晶ちゃん?」
志貴はその同人誌を閉じ、額に指を当てた。
「・・・はい?」
と答えたのは晶。
志貴は大きな溜息一つ。。
「・・・なんだってこんなの見つけちゃうかな、君は」
顔は笑っているが怒っている。
「相談に乗って欲しいって言うから何かと思えば・・・ナニコレ?」
晶はわたわたと手を振りつつ、
「し、知りませんよ!気が付いたらあったんです!」
気が付いたらあった。
何かが気にかかるが、それよりもまず確認すべき事。
それは。
「これを知ってるのは?」
「月姫先輩と、羽居先輩です」
「秋葉には?」
「言えるわけないじゃないですかっ!」
「そりゃそうだよなぁ・・・」
二人してまた溜息をつく。
「これ見たとき、羽居先輩はくすくす笑ってましたし・・・」
諦観した賢者のような口調で、晶。
「月姫先輩に至っては涙流して笑い転げてました・・・」
そしていきなり泣き出した。
「どぉしましょぉ?」
どうする?
何が出来る?
自問自答。
出来ること。
やるべき事を考えて、結論。
この同人誌を――コロス。
「とにかくだ!塵一つ残さずに抹消するしか生き残る術はないぞ多分」
勇気づけるように晶に告げると同時に。
「どうしたのですか、兄さん?」
今は一番聞きたくなかった声が聞こえた。
「うわっ!」
「と、遠野先輩?」
瞬間。
時間の流れが変わる。
変革した時間流の中、志貴は眼鏡をずらし、本の死を見て――
死点をつく。
瞬時に本は分解された。
その筈なのに、
「あら、その本は?」
と秋葉が手を伸ばしたその先には――
「嘘だろっ!?」
先ほどの同人誌。
確かにコロシタ筈なのに。
その本は未だその姿を留めている。
ならもう一度、と死点を突いたが――
一瞬のうちに復活している。
本を手に取った秋葉が気付かぬうちに。
「拙いな、これは・・・」
「ど、どうしましょう?」
舌打ちをする志貴。
泣き出しそうな晶。
二人の願いを余所に秋葉は本を読み進め、だんだん顔つきが険しくなる。
「・・・へぇ?」
と薄い笑い。そしていつの間にか深紅の髪に。
死が、すぐ側にいる。
「全くなんで復活するんだ?」
そんな手段があるはずがないのに。
まさか真祖とか、死の概念がない存在じゃあるまいし。
そこまで考え志貴は気が付いた。
ある一つの可能性。
空想具現化。
コロシタ端からそれをされていたら――
「随分念の入った嫌がらせだなぁ・・・」
溜息一つ。
大きくついて。
「アルクェイドっ!」
と名前を呼ぶ。
「あ、ばれちゃった」
その割には済まなさそうな気配もなく、やっほーと手を振りながら彼女は現れた。
金色の髪。
真紅の瞳。
そんな白い吸血姫が。
「ばれちゃったじゃ・・・」
志貴はそんな真祖の姫に。
「ねぇっ!」
情け容赦ない鉄拳。
「わっ!ぶった!志貴がぶった!」
「何でこんなもん作ったんだ!しかも空想具現化でっ!」
その志貴の問いに、アルクェイドはんー、と唸った後にっこり笑い。
「面白そうだったから?」
その答に志貴が動くより先に、秋葉の声。
「そう・・・貴女だったのね?」
「そうだよ〜。どうだった?」
深く暗い秋葉の声と対照的に、ひたすら明るいアルクェイドの声。
「ふ・・・うふふふふ」
蠢く紅。
不吉な笑いに呼びかける。
「おーい、妹?」
世界が、恐怖に震えている。
志貴はすぐ側で震えている晶の手を取った。
「晶ちゃん?」
「はい?」
「逃げよう」
そして志貴と晶は疾走開始。
それと同時に秋葉とアルクェイドは戦闘開始。
商店街を容赦ない破壊が支配した。
疾走しながら晶の問い。
「あの、志貴さん?」
「ん?」
「巨乳好きなのは本当ですか?」
「違うっ!」
「じゃぁ、貧乳好きなんですか?」
晶の問いがひたすら痛い。
志貴はただただ涙を流した。