第七夜 磯笛
「・・・どうするかなぁ」
ずるり。
びちゃり。
そんな音が私の抱えた筺の中から聞こえる。
「困ったなぁ」
呟きつつ、筺を開けて中身を見る。
ずるり。
這い出そうとしている。
私は慌てて筺を閉じた。
ここでこれらを解き放つ訳には行かない。
私は筺に封をし、眩桃館へと向かうことにした。
「で、これをなんとかすりゃあいいんだね?」
「ああ。そうしてくれると助かる」
美津里は婉然と微笑むと件の筺を受け取った。
「確かにこりゃぁあんたには荷が重いものさね。でも何だってこんなもんを持ってるんだい?」
「貰った」
「は?」
「治療の礼に貰った」
「・・・またあんたは妙なもん貰って」
見知らぬ人に菓子をもらった子供を叱っているのではあるまいし。
「仕方ないだろう!」
私はあの眼を忘れることは出来ない。
私がもし受け取らなかったらどうなって居たろうか。
想像もつかない。
「まあいいさ。兎に角、これは私が何とかしよう。用意するから待っといで」
美津里はそう言い残し、用意をするために奥に引っ込んだ。
私は筺と居間に残された。
ずるり。
ぴちゃ。
「美津里・・・早く・・・早くしてくれ・・・!」
もう一分一秒も耐えられそうにない。
はやく、これらを何とかしてくれ・・・!
私の願いは呆気なく破られた。
黒ずくめの男。
それがどこからともなく現れたから。
「虎蔵?」
私の携えてきた筺に惹かれたのか。
全くこの手のことには鼻が利く男だ。
しかし、今日は虎蔵では無理だ。
無理なのだ。
だから美津里に頼んだのだ。
「虎蔵!」
私の声が引き金となったのか。
虎蔵はどこからともなく『それ』を引き出し、振りかざした。
その眼はもう『それら』しか見えていない。
その異常な気配を察したのか、美津里が出てきた。
「虎蔵・・・まさかあんた・・・!」
虎蔵の眼は既に正気ではない。
狂気とも言える驚喜に満ちている。
「ふ・・・ふふふ・・・ふふふふふふははははははははは!」
「虎蔵!止めろ!」
「虎蔵!止めな!」
私と美津里は虎蔵を制止した。
しかし一瞬にして虎蔵は――
『それら』を見る影もなく蹂躙した。
「せっかく完治のお礼に貰ったのに・・・」
「あたしが酒を用意してる間に全部喰うとは・・・」
「しくしくしくしくしくしくしくしく」
どぽん。
・・・・・・・・・・・・
ぷか。
どさどさどさ。
「ああ、サザエにアワビにウニにタコ・・・」
「罰として同じだけの量獲ってきな」
「しくしくしくしくしくしくしくしく」
どぽん。
・・・・・・・・・・・・
ぷか。
どさどさどさ。
鵜飼の鵜よろしく首に綱を付けられた虎蔵が海に潜っていく。
浮かべられた特大のたらいにウニだのサザエだのを潜って獲っては放り込み、潜って獲っては放り込み。
その姿は一抹の哀れを呼んだのだが、慈悲は無用だ。
さて、私は美津里と酒で飲みながら、たらいが一杯になるのを待つとするか。
−短いなぁ。
「短いですねぇ」
−本当に短いなぁ。
「本当に短いですねぇ」
−全くもって短い。
「全くもって短いですねぇ」
−どうしようもなく短いよなぁ。
「どうしようもなく短いですよねぇ」
−・・・・・・
「・・・・・・」
−おい。
「はい?」
−二人してボケてどーするんだ。
「いえ、どこまで続くのかなーと思いまして」
−んな下らんことで行数稼ぐな。
「でも本文短い分こうでもしないと」
−見透かすな。
「でも書いてて食べたくなりましたでしょ?」
−ウニとかエビとかタコとか。
「岩ガキとかサザエとか・・・」
−それらを肴によく冷えた良い酒をきゅぅっと!・・・ああ、宜しいなぁ。
「宜しいですねぇ」
−といった欲望から生まれたという部分が無きにしもあらず。
「っていうかそのままですね」
−ははははははははは!
「あはははははははは」
−・・・・・・帰るか。
「・・・・・・そですね」