第十二夜 雪降りて、彼の人を想えば





 師走だけに坊主も忙しいが医者も忙しい。
 私も例外ではなく、忙しい日々を送っている。
 急に冷え込んできたのが悪いのだろう、風邪が流行っていた。
「うう・・・寒い・・・」
 虎蔵でさえこう言って火鉢を抱いている。
「・・・なんだその目は?」
「お前でも風邪をひくんだなぁと」
「どういう意味だ・・・」
 半眼で睨みながら虎蔵はくしゃみを一つ。
 毎年毎年今年の風邪はたちが悪いと言われるが、今年の風邪は本当にたちが悪いらしい。
「へぶしっ!」
 またくしゃみ。
 ・・・世も末だ。
 こいつまで風邪を引くとは。
「なんだよ・・・」
 そう睨みながらも鼻水が垂れている。
 やれやれ。


「・・・・・・」
 ある日。
 往診の帰り、私は坊主とすれ違った。
 やはり師走だ。
 あんなに焦っている坊主は初めて見た。
 焦っている、と言うより・・・
 何かに取り憑かれているような気がした。
 なりは坊主だったが、発している雰囲気は坊主ではない。
 どう言えばいいのだろうか・・・そう、俗っぽすぎた。
 あまりにも。
 何かを欲しすぎている。
 そんな気がした。
 そして・・・
 不意に嫌な雰囲気がして。
 私は振り向いた。
 そこには、先ほどの坊主。
 にや、と。
 嫌な笑いを浮かべて。
 言った。
「見つけた」
 と。
「何を?」
 考え違いかも知れない。
 私はそう思いつつ、訪ねた。
 途端に。
 坊主は嬌笑を上げた。
「何を、か!ふん。何を、か・・・!」
 懐に手を入れて。
「人外の者が・・・何を人のように振る舞って居る?」
 そして取り出す。
 数珠と、鞨摩。
 それを構えて。
「まぁ、貴様らのような奴が居るから拙僧も潤うのだがな・・・」
 舌なめずり。
 胸が・・・むかむかする。
「何を不思議そうな顔をしている?当然だろう。貴様らは我々の生きる糧。それだけのものだ。それだけしか存在価値がない」
 どうする?
 確かに虎蔵たちは人外の者を屠る。
 気に入らないから。
 生きるため。
 あるいは、助けるため。
 少なくとも目の前のこいつのような傲慢なことは言いはしなかった。
 しかし。
「案ずるな。封ずるだけだ・・・この中にな」
 取り出された物。
 それは。
 水晶玉。
 静里が、封じられていた。
「・・・それ・・・は。・・・?」
 言葉を絞り出す。
 こいつが封じたと決まったわけではない。
 まだ決まったわけではない。
「これか?封珠といってな。貴様らを封ずるための物だ・・・」
 決まったわけではないが。
「色々封じた。風精、竜、鬼、蜘蛛・・・雪女」
「な!」 
「あの雪女は惜しいことをした。静里とか言ったが。拙僧の囲い女となって居れば封じまではせなんだものを・・・」
 そうか。
 そうか。
 そうか――!
 こいつが静里を。
 ならば。
 何も。
 遠慮は要らない!
「しかし貴様のような妖は初めてだな。さぞ高い値で売れるだろう・・・」
 そう言って坊主は鞨摩を投じた。
 それは光の刃を生み、回転しながら追ってくる。
「く!」
 糸を放つ。
 絡め取るための糸を。
 しかし。
「無駄よ!」
 糸はあっさりと切られた。
 糸を切っても勢いは変わらない。
「もらった!」
「まだだ!」
 懐から取り出す。
 刃を。
 刃は鞨摩を両断した。
「・・・蜘蛛かと思うたら・・・狐の力まで・・・」
 坊主は少し以外だったようだ。
 しかし、ひるんだ風ではない。
「ならば!」
 と。
 数珠を付き出し、唱えはじめた。
「オンアボキャベイロシャノウマカボンダラ・・・」
 その言葉が鎖となる。
 鎖となって私を絡め取ろうとしている。
 この程度なら、鬼の力を以てすれば・・・
 力を込める。
 しかし、鎖は切れない。
「な・・に・・・?」
「・・・鬼の力もか。いよいよ高く売れる」
 にこやかに。
 楽しそうに坊主が近付いてくる。
「この鎖は貴様らの力では絶対に切れぬ・・・」
 そう言って突き出された封珠が――
 坊主の腕ごと、凍り付いた。
「・・・妖の力では切れない、とか言ってたな?」
 その時私に浮かんでいた笑顔は――
 おそらく、人間の物ではなかったろう。
「残念だったな。おれは・・・人間だ」
 力を込める。
 澄んだ音を立てて。
 何も残さず、鎖は消えた。
「あんた・・・やりすぎたよ」
 私は一歩一歩坊主に近付いた。
「ひ!」
 坊主は腰を抜かしたのか、這って逃げていく。
「逃がさねぇよ・・・」
 呟き、糸を放つ。
「た、助けてくれ!」
 腹が立った。
 こんな奴に・・・
「これまであんたに封じられた奴らも・・・そう言ったんだろうな」
 狐から貰った刃を私は一閃した。
 鬼の力を込めた腕で。
 そして。
 数多の封珠が転がり――
 封じられていた全てのものが解放されて――
 雪が降り始めた。
 そして。
 正直言って気が滅入るというか、信じることが難しい。
 封じられていた妖は一様に泣き崩れて・・・
 私を命の恩人だと言って色んなものを押しつけていった。
 美津里に見せたら、目の色を変えていたのを覚えている。
 ・・・私にはガラクタにしか見えないが、そうではなかったのか。


 私は帰途についた。
 雪はなおも降り続けている。
 雪。
 思い出す。
 思い出さずには居られない。
「静里――」
 言葉に出しても。
 呼んでも、もう会えない人。
 しかし。
 いつか逢えるのではないか、と。
 その望みを捨てられないのも事実だ。
 苦笑が漏れる。
 こんなときは酒を飲んで寝てしまうのが良いだろう。
 早く、少しでも早く寝てしまうのが良いだろう。
 ・・・夢で逢えるから。
 私は肩に食い込む荷物の重さと雪の運んできた寒さに辟易としながら戸を開いた。
「ただいま」
 やはり癖になっている、挨拶。
 しかし。
 聞こえた。
 それは懐かしい、声。
 もう逢えることはないのだと思っていた声。
 確かに聞こえた。
「おかえりなさい」
 と。
 静里の声が。
 そして。
 姿が見える。
 待ち望んでいた、姿。
 私は。
 彼女の名前を呼ぶ。
 万感の想いとともに。
「おかえり、静里」