山本 潔
水をそそのかせば ほころびていく金属の森があり うつくしいものだけをみてきた よごれた目がある 金属の森から逃げれば くりかえされる水の審判があり 遠くまでみることをおそれている 目がある 盗まれていた水の花弁 そのことさらの旅情 いちばんうつくしい心が いちばんなだめにくい
1 なじみの場所がことばでいっぱいなので もう何年も人を好きになっていない 近すぎる人はきらいだ 健康を発明してそれにしがみついてみたり 死なないために生きてみたりしている いつでも滅びの近くにいるし いくつになっても美しい目をしたいやな人だ 2 郊外の古びた倉庫では今日も 労働者の不満が たっぷりとほこりをかぶっている 老職人たちは 形のくずれた歳月をじょうずに梱包している 汗とともに疲れをふきだし せめて一日 とっぷりと眠りにおちてみたい アリも夜には眠るのだろうか 童話のなかでのように 働き疲れて 3 たばこもすわないのに 肌身はなさず持ちあるいていたマッチで だしぬけに枯草へ火を放つ 快晴の真昼 みなれていた風景がいっせいにいろめきたち 燃えさかる火のむこうに 昔の女が水をあたためているのがみえる やけにふとももの冷たい女だったが 4 書きもらしたきのうを記そうとして ぶあつい日記をひらいてはみるが 夜があまりに深いので 浮かびあがってくるものがなにひとつない ましてやあすのことなど どこをひねってもにじみでるはずもない 白いページがどこまでもつづく 5 歴史をうまくなだめても 神々の汚物は説明できない まぶしい教訓は疑わしい 美しい極限もないほうがいい 自分を失うということはありえない 見てはならないものは見ていない 肉体は悲しまなくてもいい 近よりすぎる人はきらいだ 美しい目をした人はきらいだ 老人の話にききほれなくてもいい 大人を信じなくても旅はできる なじみの場所でもことばはかくせる
山本潔さん 第三詩集 『旅情』より トップとトリの作品 発行日:1985年11月30日 発行所:鳥影社 定価:980円