過去はどこへ行った
渡邉英夫
それがいつ頃だったかはっきり覚えていないが、少なくとも就職してからだから、もう二十年以上前になるはずだ。
それ以来、私は一度も自分の写真を撮ったことがない。確かに家族の写真は撮った。友人や学生たちに誘われて、一緒の写真におさまったことはある。それ以前の、フランス留学中には結構撮っている。
しかし、その後どうして写真に関心をなくしたのだろうか。いつだったか写真を撮らない理由を問われたことがあり、一瞬真面目に考えてみたがはっきり述べるほどのこともなかった。
「外国旅行だって、また来ればいいのだし」「写真に撮られると、きまって表情が不自然になるし」、などと答えた。
時間は流れており、それを映像で固定することが何だか不自然で……。まあ、肌に合わなかったというのが正直な理由だ。私は時間や場所に固定されたくないし、その証拠を残したくないと思っていた。
また、私は日記をつけない。しかし、十年以上も毎年同じ大型の手帳を使っており、克明にスケジュールを記している。
備忘用のメモも残す。しかし、それ以上を書いたことはない。別にこれで何の不都合もなかった。手帳は十年ごとに整理している。日記を書かない理由も、写真を撮らないのと同じである。記録はとった。しかし、それに感想や思いつきを記すのは慎重に避けた。
社会やシステム、私を巡る周りの状況から外れて、ただ参加しているに過ぎない、そう思いたかった。すべてから身軽でいたかったようだ。
最近、学生時代からの親しい友人が亡くなった。彼とはフランス語の授業で机を並べていたが、友人はその後アラビア語を学び、ベイルートに在った。
無性に悲しく、共に過ごした懐かしい時が切れ切れに思い出されて、時々涙が止まらない。
慌てて私は昔のメモを取り出して、あれは何時の事だろうと調べるが、メモ以上ではない私の手帳からは、その時期に彼と係わった詳事は確定されない。
合わない眼鏡で見る活字のように、それが果して思い出だったのか、はたまた夢だったかと、なんともイライラして落ちつかない。
せめてあの時写真を撮っておけば……と苛立ちが自己嫌悪になり、「過去」が定まらないまま「今」をも確定できずに、アイデンティティ不安に陥る。中島義道氏の『時間を哲学する』(講談社現代新書)は、最近私の読んだ本の中で最も印象に残るものである。
不明なものに言葉を与えられた爽快感。氏はまさに時間を哲学したというか、解明したのである。
中島氏によると「思い出す」のは「忘れる」ことを含意・している。私たちが思い出すのは過去の一部に過ぎない。
つまり「過去」とは、覚えていることと忘れていることのすべて、「想起可能なものの総体」である。
だから、私たちは自分が直接体験した事以外の夥しい出来事と関連づけて、はじめて客観的時間としての過去を知ることになる。
自分の固有の体験を、史実との関連で客観的時間として構成することにより、はじめて私たちは過去を「夢ではなく現実」であったと認めることができるのだ。
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私は、ずっとこの直接的体験は簡単に想起出来るものと思っていたし、自分の記憶力を過信していた。
しかし、さすがにその記憶のすべてを持たない私には、これが果たせない。
その上、個人的な行動と感想などの記録は手帳にも書かなかったが故に、私の体験を確かな「過去」とする「想起可能なものの総体」を掴むすべを持っていない。
自らの直接的体験を想起できず、そのために過去が構成できない私は、確かにあったはずの「不在への態度」も見えない。
考えてみると、友人と私の関係は外に開かれておらず、私たちは多くを語り批判をし、そこに互いの知性や判断力や感性をあからさまに見せ合ってはいたものの、確実に在ったであろう私との体験の外の彼を、私は知らなすぎた。
お互いが不誠実だったとは思わない。ただ、私たちは「現在」に執着しすぎていたのだ。
「今」がいつまでも持続するものと思い、互いを結ぶ絆の固さに安心していたのである。
しかし、友は逝った。彼と一緒に、私たちの過去もどこかに行ってしまったのだろうか……。
(『しけんきゅう』134号 2000年6月1日発行)
創刊50周年企画 テーマ"自画像"より