さや まりほ

オレ、腕ききの詐欺師。でも、たまにはドジもやる。今から話すのが、その数少ないドジな事件。それはバスの中で起こった。まずは舞台の状況説明から。
登場人物 A:詐欺師(オレのこと)
B:小学生の男の子
C:ベテラン刑事
D:新米刑事
日 時 ある晴れた日の午後
場 所 バスの中オレは黒いカバンを膝に乗せ、窓側の席に座っていた。カバンの中は、パリパリに熱くて厚い札束(続きナンバー)と、焼却予定の書類だ。
オレはイライラしていた。交通事故でもあったのか、バスがなかなか進まない。終点のY駅まで、あと少しというところなのだが。隣の小学生も、もてあましぎみで、さっきから両足をブラブラさせている。いくらガキとはいえ、気取られないよう、膝のカバンには無関心なふりをしていた。
事件は唐突に起こった。「ねー、おじさ〜ん、そのカバンの中、何が入ってるの」
ゲッ、冗談だろう。
「う、うん、仕事に使うものだよ」
思わず抱えこんでしまう。と、のぞくように顔を近づけてくる。
「どんな?」
図体は五〜六年生だが、顔はそれより幼い。色白で小太り、凹凸の少ない顔。口元にしまりがない。カワイクない。「あのねェ。人の持ち物のこと、とやかく言わないの。君も友だちにカバンや机の中、さわられたくないだろう」
男の子は、しゅんとしぼんでしまった。
いけない、いけない。“詐欺師は女・子どもに好かれるべし”というのがオレのポリシーだ。「おじさんはねェ、実は手品師なんだ。だから、手品のネタが入っているカバンを人に見せるわけにはいかないんだ」
しぼんだ風船がパーンとふくらんだ。
「本当!?」
が、ヤバイ、今乗ってきた二人づれ、デカだ。「う、うん本当」
ベテランと新米のペアだ。オレのカンに間違いはない。二人ともチラリとオレの方をみた。あちらもプロのカンが働くのか。「ね、本当に手品師?」
「本当に手品師」
ベテランはオレの前の席の通路側、新米は斜め後ろの通路側に座った。図にすると、
○ C 通 路 ○ ○ A B ○ ○ ○ ○ D ○
A:オレ B:小学生の男の子 C:ベテラン刑事 D:新米刑事
かなりヤバイ図だ。
「本当に手品のネタ?」
「本当に手品のネタだよ」斜め前の七三頭の後姿をうかがう(黒7:白3だ)。あきらかにこちらを意識している。斜め後ろから黒百パーセントの視線も感じる。大丈夫、カバンの中さえ見られなければ。オレの仕事はいつも完璧だ。
「ボクねー、ハトが好きなんだ。ハト出してよ」
「あのねー、バスの中はペット持ち込み禁止なの」
「ハトないの」
「そう、きまりは守らなきゃ」
万一の時のためだ。どういう裁判でも、子ども好きの優しい人というのは有利だ。「じゃあ旗出してよ。運動会みたいなの」
「旗はねェ、そのー、ピストルがいるんだ。バスはピストルも持ち込み禁止だよ」
「あぶないから?」
「それもあるけど、みんながビックリするでしょ。パンクしたと思って」
七三頭の首と肩が笑っている。あまりこっちに注意を向けさせてはやばい。いくらオレの仕事が完璧だといっても。「じゃあ、お札増やすのやって。お金ならあるでしょ」
ななっ、何とオソロシイ発言! 落ちつけ、落ちつけ。
「あれはねェ、ニセ札使うんだ。バスはニセ札の持ち込みも禁止してるんだよ」
「なんで?」ガキの目はキラキラ輝いている。とてもオレを解放してくれそうにない。
「これ、ワンマンカーだからね、運転手さんは忙しいの。みんなの運賃をいちいち本物かどうか調べてられないでしょ」バスは終点のY駅に着いた。とにかく自然に、ヤツらを意識しないようにふるまおう。
ガキは、オレのソデをにぎって引っぱるように急ぐ。ラッキー!
やつらは少し遅れてバスから降りた。新米がなにやら言いたそうな表情で小走りで近づいてくる。
大丈夫、オレの仕事は完璧だ。逃げてはいけない。新米がガキの肩にポンと手をおいた。ガキは振り向き、新米を見上げて言った。
「先生、ボク、大人と一緒だよ、ウソじゃないよ」
センセイ?
ベテランもこちらを向いてにこにこしている。
「ね、教頭先生、ボク、このおじさんと一緒だよ」
キョートーセンセイ?
七三のベテラン先生は、やさしくほほえみ、膝を曲げてガキの頭をなでた。それからオレにこう言った。「失礼ですが、あなたは本当に手品師ですか?」
オレは肩をすくめて答えた。
「いえ、違います。実はわたしは詐欺師なんですよ」
ベテラン先生は楽しそうに笑った。
「ほう、それはそれは………。実は我々もそうなんですが、まだまだ未熟でして」
なるほどね。
(『しけんきゅう』127号 1996年5月発行)