フラクタルの微笑 



さや まりほ

 
 
 ファザコンと言われたからって、マザコンと言い返すなんて、舞ちゃんはコンピュータなみに無垢だなあ。でも、悪いのは口だけだろう。もう顔はかわいいしスタイルもいい。すれてないし、まあ研究所の中で特別優秀というわけではないけどさ、まじめに仕事やってて君も助けてもらってるんじゃないの。それにしても、二言目には「牧田センセイ、牧田センセイ」だもんな、くっそ〜。
 
 な、なんだ、さっきからその刺すような冷ややか〜な目は。うへっ、バレてた? そ、ボク、舞ちゃん、めっちゃ好み。でも立場上どうすることもできないから、君の応援してるんじゃないか。ほんと、君さえその気なら、協力はおしまないよ。
 
 
 ・・・・・・じゃなくって、あれか、コンピュータなみに無垢ってこと? 悪かったな。ボクが格闘してたコンピュータは無垢だったんだ。ま、友達でもあったけど。ジェネレーションギャップを感じるなあ。この前言ったろう、ボクは2006年に30で死んだんだ。あ〜あ、守護霊が人間にばかにされちゃ、おしまいだ。科学技術のジャンルの守護霊は損だなあ。芸術や宗教の連中は楽でいいよ、まったく。
 
 これでもボクは、あの時代では最先端にいたんだ。人の心を持つロボットを造ろうなんていう今の君達に比べりゃたいしたことないけどさ。盲導犬ロボットの山本と言えば、少しは知られてたよ。うん、関係者に少しだけ知られてたよ。うっ、なさけない。
 
 
 いいか、よく聞け。君達の牧田博士はな、高校生の時、よくボクのボロアパートに数学と物理を教わりに来てたんだ。楽しかったなあ・・・・・・、「この前教えてもらったの、別の方法でも解けるみたいですよ」なんて言ってきてさ。
 なんだ、その人を、じゃなくて霊をバカにしたような目は。アインシュタインだって隣の高校生に数学の宿題を教えたら、間違ってたことがあったんだ。
 
 そ、ボクは天才じゃないさ。そこそこの秀才。牧田君も、超がつくけど、しょせんは秀才。でも、君は天才だ。だから君のところに来たんだ。
 ボクは本当は牧田君の守護霊になりたかったんだけど、牧田君にはレベルの高いのがついてて、ボクなんかおよびじゃない、って感じでさ。しばらく牧田君のそばでうろちょろしてたら、いじけた天才少年の君にであったわけだ。君のもともとの守護霊は追い出したよ。ちょっとタチの悪いのがついてたから。牧田君の守護霊が助けてくれた。
 
 あれから15年、自分の力のなさを痛感するなあ。でも、舞ちゃんが君に興味を持っているのは確かだよ。君も努力が足りない。
 
 
 コホン、話をもどそう。牧田君はボクが勤めてた会社関係の医者の息子だったんだ。2005年にボクが担当してた盲導犬ロボットのユーザーが死んでね。ユーザーといってもまだ子供でさ、その子のじいさんが孫の使ってた盲導犬ロボットのシステムを人型ロボットに組み込んでくれって注文してきたんだ。会社の方針は「逃げ」だよ。
 
 仕事でボクは眼科の医者より精神科の医者によく相談してた。この件でボクは独断で休みの日に精神科の先生の家に行ったんだ。そこに牧田君がいたってわけ。牧田君もボクに出会わなかったら、医者になってたろうな。
 
 
 牧田君とはいろいろ話をしたよ。ある時、「1−1は0ですけど、位置−位置も0になると思いますか?」と聞くんだ。ボクは言葉遊びかと思ったよ。「1 次元+1次元が2次元になるなら、1次元から1次元を引いたらどうなるかな、と思ったんです」。
 
 ボクはそれには答えずに、将来いっしょに囲碁のソフト開発をしないか、と言ったんだ。人間にしかないヒラメキやカンの要素を組み込んだ最初のソフトを作ろうと提案したんだ。名人は全体の図形を見て、瞬間に判断をする。それをコンピュータにどうやらせるか、ということだけど。無駄な情報をどんどん捨てて、有益な情報どうしを結びつけるようにしよう。・・・・・・ま、このへん、君には釈迦に説法だろうけど。
 
 牧田君は乗ってきたよ。「いいですね。ソフトの名前は、『ピカ中』にしましょう」。まさか本当に作って特許取るとは思わなかったなあ。おまけに人の心を持つロボットに発展するとはね。
 
 
 この前は、いきなり出てきてびっくりさせてゴメン。牧田研究所のやっていることは危ない。技術が悪用されたら、とんでもないことになる。少なくとも、中途半端な状態で世の中に出回ったら、何が起こるか分からない。たとえ、悪意やもうけ主義じゃなくても、知的好奇心は、時として危険だ。
 
 ボク自身のことを考えてもね。実際、ボクはどうしてロボットの「ナルシス」が湖の底に向かって歩いていったか知りたくてしかたがない。君のやったことはロボットへの自殺幇助だ。君の天才ぶりには脱帽するけど、研究をストップさせるどころか、みんなの知的好奇心をめちゃくちゃ刺激してしまったじゃないか。ボクの頼んだことと反対の結果になったわけだ。
 
 感情は、安全機能の制御を難しくさせるなんてことは、最初から分かっていたからな。要は、君自身が実験したかったんだ。
 
 
 いいか、これだけは言っておく。クローンやバイオの技術で命を操作することはできても、心は人工的には絶対に作れない。命も人工的に作られたものは弱い。
 
 プランク常数は知ってるよな。これ以上分解できない時間の最小単位。命も1秒間に10の15乗回も明滅している不安定な存在だ。この不安定さがエネルギーのもとなんだ。きれいな魂は明滅もすごくきれいだよ。魂と心と体は連動して明滅している。ボクには見える。ボクは時間を超越した霊だから。君もいずれは見えるようになるよ。
 
 
 お、やっと尊敬の眼差しに変わってきたな。こうでなくっちゃ。えっ、フラクタル幾何学? それなら知ってる。ボクも学生の時に作って遊んだからね。変数の与え方が微妙で面白かったなあ。はっとするようなきれいな図形を作るには、いろんな変数をバランスよく調合しなきゃいけない。失敗するとグロテスクになる。
 
 何だって! 変数を1/fのゆらぎにすると、きれいな性格ができる・・・・・・かもしれない? 性格を図形化しようってのか。これは面白そうだな。よし、がんばれ。君がその気なら協力はおしまない。舞ちゃんのこともまかせておけ。で、どうするの。おせーて。

 

 



(初出:『しけんきゅう』139号 発行日:2002年12月1日