ドクター・ナル・マキタの不安



さや まりほ

 
 
 「たまにいるんですよ。あなたのようなピアスをしている人って。そういう人を見ると、この人はご両親に望まれて生まれてきたのかしら、と思ってしまいます。だって、子供の誕生の準備で一番大切なのは、ピアスでしょう」
 金髪の受付嬢は、興味深そうに僕の顔を見つめる。僕は笑顔を作って答えた。
 「そうですね。ほとんど通信機能しかありませんから。まるで初期の携帯電話のようだと、よく言われます」
 
 受付嬢は、少しとまどった表情になった。
 「チェック完了しました。あの、失礼ではなかったでしょうか。えーっと、ドクター・ナル・マキタ?」
 僕はマニュアル通りに答えた。
 「僕には何をおっしゃっても大丈夫ですよ。ご存知でしたか。ストラップはもとは携帯電話に付いているアクセサリーの名前だったんです。使っている時の形状は、携帯電話の方に似てますけどね」
 僕は掌にある入出力装置、ストラップを、軽く空中に放り上げた。空中で二つに分かれ、紙がくしゃくしゃに丸まるように小さくなり、二つの小さな青いボタンになって僕の左右のピアスにくっついた。
 
 「いいえ、知りませんでしたわ」
 彼女もストラップを放り上げた。それは二本のブレスレットの形になり、彼女の耳たぶにぶら下がった。
 「きれいなストラップですね。ピンク色がよくお似合いですよ」
 彼女は恥ずかしそうにうつむいた。
 「ありがとうございます。ドクターの青いストラップも、瞳の色と似ていて、ステキだと思いますわ」
 「ありがとう。ところで僕のクライアントのジミーは、病室にいますか」
 「ええ、もちろん。とても楽しみにしていますよ。ドクター・ナル・マキタに会えるって」
 
 僕は照れたそぶりで頭をかいた。
 「どうも僕は子供に人気があるようですね」
 「あら、私も、ドクター・ナル・マキタのファンになりましたけど」
 「それは光栄です」
 「爆発事故のケガは順調に回復しています。でも、心のケアの方は、私たちではちょっと・・・・・・」

*     *     *     *     *

 「ドクター・ナル・マキタ! 本当に来てくれたんだね!」
 「はじめまして、ジミー。会えて嬉しいよ」
 ジミーは目を輝かせて僕を見つめる。
 「ねえ、握手してくれる?」
 「もちろん、ジミー」
 ジミーはちょっと僕の顔と僕の差し出した右手を見比べてから、僕の手を握った。僕も親しみを込めてジミーの柔らかな手を握った。
 「わーっ、人間の手と同じ感触だ」
 僕は自然に笑顔になる。
 
 「ねえ、マキタって名前のついたロボットは、牧田が造ったロボットが原型なんでしょう? ナルは、たぶん牧田の造った二番目のロボット、ナルシスから来ているんだ」
 「よく知ってるねえ。君もロボット博士になるの」
 「うん、なれたらね」
 ジミーは真剣な表情になる。
 「会えたら聞こうと思ってたんだ。どうしたら、ロボットが心を持てるようになるの?」
 「うん、とても難しいことだけどね。コンピュータも、<予想する>ことはできるよね。人間とは予想の仕方が違うけど。たとえば、人間が相手の気持ちを思いやるのも<予想する>ことに近いんじゃないかな。そういうことから始めるんだ。今の段階は、まだまだだけどね」
 「ふうん」
 
 「じゃあ、始めようか。やり方を説明するね。まず、君のピアスの情報を僕に送ってもらって、それからカウンセリングに入る。話した内容は、後で君の右のピアスに戻すけど、僕から100%情報がなくなるわけじゃない。次に会った時、僕が君の顔も名前も、おしゃべりした内容も、何もかも忘れちゃってたら、がっかりするだろう?」
 ジミーは少し不安げにうなづいた。僕のほうから記憶がなくなることが不安なのだろう。子供にはよくあることだ。
 
 「じゃあ、左のピアスの基本情報から送ってくれる?」
 ジミーは両耳のピアスから、アンモナイトをデザインしたストラップを外して、頭上に放り投げた。二つの小さなアンモナイトは、ジミーの頭上で合体し、ジミーの掌に落ちると同時に入出力装置の形状になった。
 ジミーの左右のピアスから、僕の右のピアスに情報が送られてくる。僕はまるで人間が考え込むように、目を閉じて受け入れる。そして、ゆっくりとジミーとおしゃべりを始める。
 
 へえー、すごいなあ。おじいさんとおばあさんのDNA情報までそろってる。パパとママもかなり優秀な遺伝子だ。君はとってもいい環境に生まれたんだね・・・・・・
 爆発事故で、たくさんの人が死んだんだね。"事故にあっても生き返ることを望まない"と、遺言していた人たちもいたんだね。ふうん、自分はいつ死ぬべきか・・・・・・いや、別に変じゃないよ。君の年でそう考えても。とても大切なことだよ。
 僕? 僕は自分では決められないからね。悲しい・・・・・・こと、かもしれない。
 
 僕たちロボットも、歴史を引き継いでいるんだ。開発する人間が変わってもね。先祖のDNAに似ているかもしれない。新しい技術やデータを積み重ねて進化していくけど。
 嬉しい、かなあ。う〜ん、残念ながら僕には嬉しいという感情がないからね。
 実はね、僕たちロボットが、将来もし、人間のように心を持つようになると、ロボット本来の能力は落ちるだろうと言われてるんだ。ロボットの能力に人間の心を、そのままプラスすることなんてできない・・・・・・
 
 僕の中で何かが物理的にはじけた。
 ジミーのデータが、僕の回路のなかの秘密の鍵穴に一致したようだ。先祖から引き継いだパンドラの箱と呼ばれる箱の。
 もうすぐ、<心>が芽生えるかもしれない。

 

 



(初出:サイト 『Creator's Synopsis』企画 SS競作 第16回テーマ「携帯電話」 2002年2月1日)
(『しけんきゅう』138号に掲載 発行日:2002年6月1日)