さや まりほ
1.珍しい症状だ
ふーん、ほな痛いんは頭やのうて、頭の上 20 p くらいのところでっか。めずらしいお人ですなあ。話には聞いたことおまっけど、これ、ファントムペイン ( phantom pain ) ですわ。幻肢痛て、聞いたことおまへんか? 事故なんかで足なくしてしもうた人が、ないはずの足が痛い、爪先がかゆい、いうやつですわ。
頭の上に何があったかァて、心配せんでもツノやおまへんで。そやけど、これ僕の専門外やなあ。友達にこういうのに詳しいのがおりまっけども、今ちょっと外国行ってますさかい、今日のところは簡単に話だけさせてもらいます。受け売りですんませんけど。
何科のォ……て、医者やおまへん。考古学やってま。それも学者やのうて、マニアですわ。今、ペルーに行ってますねん。ナスカ高原の地上絵、あれ好きで……ヘンな顔せんと、これがおたくの頭痛にかかわってまんねや。
彼の説によりますと、昔、人間はみーんな頭の上にアンテナついとりまして、鬼のツノやおまへんで、目に見えんもんでっさかい。なんやこう……天の声いうか、神の声いうか、まあインスピレーションみたいなもんが、そっから入って来たみたいですな。
わりと少人数で平等に暮らしとった時代には、ようアンテナが働いとったんですわ。それが人間社会に権力者が出てきて、支配者と被支配者の関係ができて、どうもそのへんからだんだんアンテナが退化していきよったらしいんですわ。
日本でいうたら五千年前から一万年ぐらい前までは、アンテナがついとった言うてます。縄文時代……そうそう、おたく学がありますなァ。なんや、ほめられたら、すなおに喜びなはれ。
ふーん、専門家がただのマニアではあきまへんか。医者が関西弁しゃべったらあきまへんか。僕、いっつもは普通にしゃべってますわ。でなかったら、医者いう商売はやってけまへん。だいいち僕は関西人やないから、もう特別大サービスや。心配せんでもヤブやおまへんで、まだタケノコですわ。分かってまっせ。おたく、本当はこういう話好きでっしゃろ。
ほな先行きまっせ。それとも何か質問……ピラミッドでっか? あれは権力者が造らせたもんですわ。古代文明はどこでも似たようなもんですわ。神殿やカレンダーみたいなもんは、アンテナが退化しかけた時に、先祖の知恵が残っとる間に、あわてて支配者が造らせたもんです。
アンテナがのうなりかけた時、それまでの知恵を形にしたんがおおかたの古代建造物ですわ。それで形になった文明に頼りだして、ますますアンテナが退化していきよったわけです。
えーと、友達がナスカの地上絵見に行っとる言いましたやろ。あれはええもんらしいですな。あれは権力関係あらしまへん。言うときまっけど、宇宙人とも関係あらしまへんで。宗教プラス遊びで造ったんですわ。何代もかけて。
アンテナの能力、よう分かります。セスナ機から見せてもらうそうでっけど、そんな高いところから見て、やっと分かるもん、どなんして描いたかァいうことですわ。
地上におりながら、高〜い所から見たんと同じもんが見えるんでっさかい、ものすごいもんですなあ。
2.僕は医者だ
ほな、ちょっと医者らしい話させてもらいま。手足がのうなっても、神経の続きは、やっぱり脳までつながったまんまです。アンテナのうなっても、脳の中には、先祖の記憶がおまっしゃろ。おたくの頭の上 20 p、あるはずのないもんが痛いいうことですわ。
シッポ? そんなもんではファントムペインはおこりませんわ。完ペキに神経からはずれてしもうてまっさかい。
アンテナは、本当はみんな持って生まれてきてます。退化してまっけど、生まれた時は持ってますのや。そやけど、もともと目にみえんもん、いつなくしてしもうても気がつきませんわ。子供は短い間にものすごい変化しまっしゃろ。それにまぎれてしもうて。
科学的に立証しようがないから、あいつ、学者には相手にされません。僕も医者としては、こんなこと言えまへん。そやから医者らしい話し方してませんのや。
存在するかせんか分からんもんの話しとるんや。ましてそれが痛いやなんて。
色即是空 (しきそくぜくう) 空即是色 (くうそくぜしき) 有るもんは無い、無いもんは有る。やめとこ。お経はもろ専門外や。あれ読んどったら病気も痛みも、有って無いことになって医者は用なしですわ。そやけど、おたくも儲けにならん患者やなあ。頭痛薬は出せんし、レントゲンも撮れん。しゃあない。金即是空(きんそくぜくう) 空即是金(くうそくぜきん) ゼーキンはいやや。あれは確かに存在しとる。
そやそや、笑うとりなはれ。どうせ、おたくのアンテナ、役に立ちませんで。無いんでっさかい。無いもんが痛いからファントムペイン。痛がっとったら損なだけですわ。
ほんま言うたら、脳を三つに分けた説明もしよう思うてましたけど、やめときますわ。考えてみたら僕、内科医や。
軽ーいアルコールで痛み忘れまへんか。ペルーから、もうすぐ例の専門家が帰ってきよりますねん。三人で一杯どうでっか。おもろい男や。あいつも喜ぶ思います。
そうと決まったら、儲けにならん患者ははよう帰ってんか。お後がつかえとりまっさかい。
おだいじに。
(『しけんきゅう』129号 1997年7月発行)
この作品に関連した文章を、【創作ノート 18】の、頭上ncmの「ミカン集中法」に書いています。