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。。。だったと思います。確か。でも、文法的におかしいかな。「来年は、鉄腕アトムの生まれた年です」というのは。どう言えばいいんだろう。。。昔のSFの秀作は、こういう面白いことがおきるんですね!(12月28日 記)
12月6日拝受。発行日:平成14年9月10日第二版第一刷 発行所:さぼてんブックス
CDを送ってくれたのかと思いました。大きさがそのくらいのハードカバー。樹崎さんは、10月に『BLUE ON BLUE』をいただいています。やはり、同じものが流れていますね。詩の原点を思い出させてくれます。「あとがき」の冒頭です。この詩集には、高校生の時から最近の詩までを混ぜています。作品に書かれた日付は表示していませんが、この感性は高校生かな、と考えながら読ませてもらうのは楽しいです。私が一番気に入った感性の詩、これはいつ書かれたんでしょうか。私は、詩の中の自分が好きです。
美しいものは美しい、悲しいことは悲しいと、ありのままを素直に感じて、考えようとする自分がいるからです。
月 夜
樹崎 蓮
あの日
銀の袋に
隠してしまった
私の心
何も見ない
聞きたくないから
これ以上傷付く前に
閉じ込めてしまった
私の心
引出しの奥で
ひっそりと
冷たくなって
ところどころに黒ずんで
痛みを感じないまま腐っていた
大丈夫
まだ生きてるよ
大きな白い月が
にんまりと笑うから
私は心を取り出して
窓辺のプランターの
横に並べた
自然の風が
一番いいって・・・
うん、分かるなあ。なぜこういう表現をするか、というのが。「銀の袋」に意味があるのかないのか分かりませんが、私も分からないままこういう表現をしますね。出ちゃったら。個人的に、理屈抜きで共感しますね。(12月15日 記)
瀬戸大橋の有効利用を考えないと、ヤバイんじゃないかなあ。無責任だけどアイデアを少し。
★ その1
お盆に交通規制をして、橋の上を歩けるようにする。瀬戸内海では盛大な花火。(3か所ともやるかな?) サービスエリアには、露天商さんにも参加してもらう。
★ その2
クリスマスには、橋をツリーに見立てて電飾。サービスエリアでは何かイベントを。なお、人工雪を降らせる、というのはボツ。路上に積もると危ないから。(どうせ、今年は間に合わないでしょうけど)
本来の目的(通行)じゃないことばっかり。。。だって、どうせ通行料を安くしないと、車なんかそんなに通らないもん。だから、近くで見るだけでも楽しめるようなのを考えたんですけど。
それから、めでたく通行料金が安くなったら、今度は船関係のお客が減ってしまう。これなら、船も賑わいそうでしょ。(12月14日 記)
12月5日拝受。発行日:平成14年9月10日 発行所:澪標(みおつくし) 発行者:京都文学研究所 定価:1600円
「ありま たかし」さんと読みます。京都の詩人による、京都弁の詩集です。どの地方でもそうでしょうけど、その土地の人のホンネは、その土地の方言が一番伝わりやすい。でも、ある程度なじみのある方言でないと、イントネーションが分からないのがつらいところ。
京都弁はメジャーですからね。京都の人たちの呼吸が聞こえてきそうな詩ばかりです。活字は楷書(毛筆で一文字一文字かっきりと書いた感じ)の縦書き。表紙も「草子」のイメージが出ていますね。たぶん、他にもいろいろ工夫して(遊んで)いるんですよ。それが分かる人はにこにこすることうけあい。
どれもこれも味のある詩ばかりなんですけど、これなんかいかがでしょう?
実況中継
有馬 敲
アホくさ
このアナウンサー じゅんさいやな
勝った横綱のことばっかり言うとる
なんで 負けた相手のことを
ひと口もしゃべらんのやろ
この世の中で
横綱の顔知らんもんがいるかいな
負けたほうの顔は
あんまり売れてへんさかい
はよう名前を言うたげんかいな
途中でスイッチひねって
テレビ見る人もいるんやでェ
えこひいきせんと
もっと あんじょう
放送できんもんかいな
「後書」は、なぜか作品中の方言の解説のみ。この詩に関しては、○アホくさ(馬鹿げている) ○じゅんさい(よい加減な)
私は思わず広辞苑をひきました。「よい加減」は、「いいかげん」と同じです。「良い加減」に、悪い意味もある。知っていました? 私には標準語も難しいなあ。
この詩集は日本中の人が楽しめるものです。たぶん、ご本人も楽しんで書かれたんじゃないかと思います。日本文化に興味のある外人さんにもおすすめしたいです。(12月10日 記)
土曜の夜の『スマステ2』、今は医療問題をやっていますね。と、昨日とつないでおいて。。。
英語のヒアリングも楽しいですね。先週、ネイティブは「and」を「n」と発音するということをやっていました。たとえば、「ソルト アンド シュガー」は「ソルトンシュガー」(大丈夫か?)になるとか。
それなら、日本語にも似たようなものがありますね。わたしたちネイティブの発音は、「の」が「ん」になることがあります。たとえば、「わたし の おうち」「あなた の ところ」は、「わたしんち」「あなたんとこ」と発音しています。英語と最も大きく違うのは、TPOを考えなきゃいけない、ということかな。(12月 9日 記)
発行日:2002年11月1日 発行所:土曜美術社出版販売 装幀:狭山トオル 定価:1800円+税
先月拝受しています。永井さんの看護師(看護婦という表現の方がお好きかも)の仕事を通しての詩作品をまとめたものです。帯の文を引用させていただきます。
現代の医療は本当に人を幸せにしているのだろうか?
看護師として死の淵を泳ぐ人を見守る日々。
その人たちのかわりに声を残して置きたい。
このように生きた、このように死んだ・・・と。
異色の病院詩集。
確かに病院側の詩って、めずらしいんじゃないかなあ。患者側の詩は多いです。患者さんやその家族が病気やケガを通して、「命ってなんだろう」「生きるとは」「死ぬとは」と深く考えますから。
患者さんの場合、一人の人が一つの命のことを掘り下げて考える。「1:1」ですね。治療、看護を仕事とする場合、これが「1:多」になります。シンドイ、と思います。
リアリティな詩が多いので、現実をつきつけられる感じです。それがこの詩集の意義なんでしょうけど。ここでは、日本的叙情というフィルターを通して濾過された(抽象化された?)詩を紹介したいと思います。
お花見
永井ますみ
車椅子にはりついて
突如として現れる一団
手足をこわばらせ
首がひんまがった人も居る
歩ける人もどこか危なげで
花の下まるくなり手を叩く
その音もかすかに力なく
湧きあがる若者たちのこえ
子供の叫び
肉のあぶられる香りにかき消されて
眼を閉じれば彼は我
若い人にかしずかれ せっつかれ
開きはじめた花を見上げる筋力もなくて
思い出の中で花見をするか
二十年前の花
三十年前の花
一陣の風があり
眼を開けると
すべてが終わっている
「散る桜 残る桜も 散る桜」と共通した世界ですね。中国の古い物語も連想し、イメージの広がりがあります。
ほとんどのリアリティのある詩も、構成がきっちりしているので、文学性という意味でも素晴らしいと思うのですが、重いです。詩集を読み終わった後は、映画が終わって照明がついた後も、しばらく席を立てずにいる状態に似ていました。(12月 8日 記)
もし、あなたが、「お前のクローン人間を造った。****万円を持って来ないと、お前のクローンを殺す」と脅迫されたら、どうします?
もし、あなたに片思いしている人が、勝手にあなたのクローン人間を造ったら、どうします?
知らない間に、自分のクローンが百人もできていたら、頭がへんになるんじゃないかなあ。「僕は、お金がないし、そんなにモテないよ」って、そりゃあそうでしょう。
まあ、このへんなら、すでにSF小説でやっているかもしれませんね。クローン人間が認知されたら、動植物の品種改良のノリで人間の遺伝子操作をするようになるんでしょうか。
事実は小説より奇なり、と言います。クローン人間が造られるようになったら、何が起こるか分からないけど、「あなたや、あなたの大切な人の遺伝子を盗まれないためのマニュアル」ができるかな。(12月 4日 記)
昨日の寒川さんの詩にも関係するかな。拙誌の詩人が教えてくれた反戦歌のこと。「君が好きだから、ずっといっしょにいたい」というのも反戦歌になるのよ。だって、戦争になったら、いっしょにいられなくなるんだから」
そんなこと言ったら、世の中の歌はほとんどは反戦歌になってしまいます。これは、「戦争は悪という共通の認識がある」、という大前提があってのことでしょうね。(12月 2日 記)
11月27日拝受。印刷・製本:青木印刷株式会社 発行日:平成14年12月3日 定価:2000円(税込)
今回、第6詩集になるんですね。寒川さんは、短歌や俳句でも活躍していらっしゃる実力派です。詩集全体から、あるがままを全て受け入れる、その中で愛する人たちに尽くし、自分の精神世界を大切に持つ、という生き方が伝わってきます。「返すなら」という詩の最終連、
何度も病気になったわたしは
十一回の手術をしたが
生きて二人の息子に伝えたい
この傷だらけの体でも
役に立つなら
いつでも全部あげようと
この詩の最初の方で、亡くなったご両親から、嫁ぐ日に、「わたしの命でよかったら」「この手足でよかったら」と言われたことを回想しています。なお、後記によると十二回目の手術をなさったそうです。
寒川さんは政治的なことは、あまり書かない方です。男性の詩人が戦争を書くと、正義感、義務感、責任感から、メッセージ性が強くなります。女性の詩人は、「戦争反対」とは書かずに、たんたんと表現することにより反戦をアピールする、という手法をよくとります。ポエジーという点では、女性の詩の方が上かな、という気がします。
寒川さんの次の詩は、「等身大の戦争」とでもいうのでしょうか。「ああ、本当のところはこうだったんだな」という感じです。
戦争の時間割
寒川靖子
私は学習する
国民学校一年生
国の言葉を読む 読み方
国の言葉で書く つゞり方
人の道を学ぶ 修身
国の歌を唄う おぼろ月夜 荒城の月
オルガンが聞こえる運動会
君が代 日の丸の旗
山里の校庭は
健やかに呼吸していた
戦争の時代
あんなことがあった
こんなこともあった
悲しくてなつかしい記憶
それでも大きな
希望があった
空は青かった
山はみどりだった
空気は澄んでいた
人はやさしかった
私の歳月の確かな部分
「暗い時代だったけど、私には私の青春(子ども時代)があったのよ。今の若い子たちが羨ましいとは思わない。今さら、恨みつらみは言わない」という、きぜんとしたものが伝わってきます。私はそう読みました。他にもいろいろ読み方があると思いますけど。(12月 1日 記)
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