−かなもじ論に思う−
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型+血→形
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ある詩集出版記念会で
遅れて来た来賓の大学教授があいさつに
たまたまその著者がかなもじ論者であったことにつけて
自分のローマ字論を開陳し始めたとき
「先生 講義は教室でやってください」 と末席から
さわやかな声で叫んだ尾崎徳
あれは確かに 「詩人の声」 だった |
これは衣更着信さんによる尾崎徳への追悼詩 「詩人」 の一部である。 (初出 「しけんきゅう」 107号 1986年2月発行) この大学教授は今で言うKY (空気読めない) か。 かなもじ論者は当然じっこくさんのことだろう。 興味深いのは、衣更着さんと尾崎徳が、じっこくさんのかなもじ論に対して同じ考えを持っていたと想像できることだ。
(私は尾崎徳を直接には知らない。 この詩の影響で私の頭の中ではどうしても尾崎徳に敬称が付かない)
「詩研究」 (101号以降「しけんきゅう」) 創刊者じっこ くおさむ (十国修) さんは、第2次世界大戦でビルマに従軍し、日本兵の8割が犠牲になったというインパールを経験している。 軍隊の立て直しができるまでラングーン日本語学校で教壇に立ち、教科書も作る。
この時、漢字教育の困難さを思い知る。 漢字には読み・意味・形に一貫性がないため覚えてもすぐ忘れてしまうのだ。 例外の背景には文化があるものだが、数が多すぎる。
なお、ここでの日本語教育はビルマ人の強い希望で行われたもので、文化の侵略ではない。 当時、日本とビルマは友好国であり、日本兵とビルマ人との関係は良好で、学校の雰囲気も良かった。 (政策はどうであれ)
戦後、日本ローマ字協会に入り、強い影響を受ける。 そして独自にかなもじ・分かち書きの表現を工夫することになる。
じっこくさんのかなもじ論は私には分からない。 特に漢字をシナ文字と呼び、かなもじは日本独自の文字である、というのは無理があると思う。 漢字は日本で長年使われているのだから。
ご自身も、「自分のモジ体系を自分で批判することは,自分の虫歯を自分で抜くほどむずかしい。 ただ,国の外へ出てながめると,自分が病気であるという自覚だけはできるのである」 と、 「ある少年のことば」というエッセイの中で書いている。 もじ論に賛同を得られないこともあったのだろう。
じっこくさんの詩は理屈ぬきで素晴らしいし、他の人にかなもじを強要することはなかったので、作品をかなオンリーで表現することに問題はないはずだ。
むしろ、ローマ字にならって詩を横書きにしたことの方が議論を呼んだようだ。 「詩研究」 を横書きにしてしまったので、ここで発表するものは原則として横書きになる。 同人、誌友に外国語に詳しい人たちがいたため、内部では受け入れやすかったようだ。
私が山下さんから 「しけんきゅう」 の事務局を引き継ぐことになった時、じっこくさんからいただいた手紙には、次のような一文がある。 「思い切った編集をしてください。何をやってもいいけれど、横書きだけは当分の間守ってください。 本当は国字の問題の方が大切なのだけれど……」
なお、国字にどういう問題があるかは書かれていない。
昔、古武道の先生から、 「型は効率的に稽古するためのもの。 型に血が通って形になる」 とうかがった。 ただし、形の向こうにある天衣無縫の世界のことは、安易には口にしない。
詩人の血は、確実にじっこくさんの中にある。 自分はローマ字の型を基本に詩の形を作れるが、普遍性は? 知識と正義感が苦悩を生んだことだろう。
じっこくさんの晩年の戯歌 「ムリとムダかかえてこの世地獄鍋 ムリとムダ捨てて宇宙を一人旅」 は、やはり天衣無縫の世界を夢見ていたことを教えてくださっているような気がする。
まとまりのないことを書いている。 的外れのこともあるだろう。 言い訳をさせてもらえば、じっこくさんは詩人なので、じっこくさんのかなもじの解釈は、詩の解釈が自由であるのと同じように自由だと思う。
戦争のことなど無関心で、漢字や難しい言葉は辞書を引くのが面倒なのであまり使わず、横書きのレイアウトを楽しむ私に、 「うらやましいなあ。 僕もそんなふうに書いてみたいなあ」 とおっしゃっていたことを思い出す。
「このままでは、じっこくさんは忘れられてしまう」 と心配する人もいると聞いた。 お亡くなりになって11年。 そんなに軽いキャラではないはずだ。 実作者としては、じっこくさんから受けた影響が作品に出ればいいし、それぞれの作品がまた誰かに影響を与えればいいと思う。
それは 「しけんきゅう」 や、やはりじっこくさんが精神的中心の英詩の会 「アスフォデル」 のような同人誌だけの仕事ではない。 文学のジャンルに限ったことでもない。 じっこくさんは教育者だったのだ。 「何か」 を引き継いでいる人はゴマンといるし、広がっているだろう。 当然、姿を変え、薄まっていくかもしれない。 でも、作品や記録や記憶が残っていれば立ち返ることができると思う。
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