入れ替わりゲーム
さや まりほ
ぼく A
いっそ家出でもしてやろうかと思った。いやなんだ、おふくろが。おやじはいいんだ。別に何をしようと、たいていのことは知らんぷりしてやってもいい。でも、おふくろはいやなんだ。
最近、いやにハデハデしくなった。高校の同窓会かなんか知らないけど、あれがあってからおかしくなった。おやじの帰りが遅いのをいいことに、なんだかんだと口実つけて出かけていく。おやじが、かまってやらないのも悪いけど、それならぼくだって同じように寂しい。おやじは知っているのかな。知らないのかな。
おふくろは出かける時と、帰ってくる時、変におどおどするんだ。ぼくと目があうのをさけてる。きれいなおかあさんだね、とか、最近おたくのおかあさん若返ったね、とか言われると、そいつのこと、ブンなぐってやりたくなる。
ぼくは学校を出ても、そのまままっすぐ家に帰る気がしなかった。なにげなく、近くの児童公園に寄ってみた。公園には誰もいない。こどもたちも帰ったあとだ。ぼくは所在なく、ブランコに腰かけた。ゆうべ電話でおふくろめ、ヒソヒソ話やってたな。「今夜はだめだけど、あしたの晩なら……」とか言ってたな。
ふと、足元に半分ひしゃげたピンポン玉を見つけた。ぼくはブランコから立ち上がり、ポン、とけとばした。ピンポン玉はコロコロところがり、その先にはいつのまにか人が立っていた。隣のクラスのBだ。
Bは足の裏でピンポン玉を止めて、ニヤリとした。
「おまえ、何やってんだ。」
と言ってBはピンポン玉をけり返した。
カラカラとここちよい音をたててぼくのところに返ってきたピンポン玉を、ぼくはまたBに向かってけった。
「家出しようかと思ってるんだ」
Bはまたニヤリと笑った。Bは足で止めたピンポン玉を、今度は手で持ってぼくのところまで歩いてきた。
「実は、ぼくも家出しようと思ってるんだ」
ぼく B
別に家出するほどのことじゃないけど、いやなんだ。ぼく、養子になんか行きたくないよ。そりゃあ嶋田のおじさんやおばさんは好きさ。母さんは体が弱いから、ハルオが生まれる前からあいつが二つになるまで、ぼくを育ててくれたし、五年前、父さんの転勤でこっちに住むようになっても、行き来していた。
ぼくが恵まれてるってことは知っている。小さい時離れて暮らしていた分、父さんも母さんもぼくを大切にしてくれる。おじさんとおばさんも、ぼくがかわいくってしかたがないみたいだ。ハルオがひがむぐらい、ぼくは愛情に恵まれていると思う。
でも、養子はいやだ。ハルオだって、ぼくがいなくなれば寂しがるに決まっている。父さんや母さんもいやなんだけど、どうしてもって言われて困っている。
おじさんは母さんの兄さんで、こどもがいない。嶋田家は古い家柄で、どうしても血のつながった後継ぎが欲しいらしい。父さんや母さんは、ぼくがおとなになったら、名前だけ継げばいいと思っている。
むこうの考えでは、ぼくが高校生になるのをきっかけに、いっしょに暮らしたいらしいけど、冗談じゃない。あと一年足らずで家族や友だちと別れなきゃいけない。そんなのいやだ。はっきりイヤと言いたいところだけど、おじさんとおばさんを傷つけたくないし。いっそ不良になって、あきらめてもらおうか。
学校を出たものの、家に帰る気になれなかった。ふと、近くの児童公園にでも行って時間をつぶしてみようかと思った。きょうの昼の新幹線で、おじさんとおばさんが家に来ている。めんどうだな。きょうは土曜日だから、今夜はうちに泊まるつもりだ。
公園には、隣のクラスのAがいて、小さな白いものをけとばしていた。コロコロとぼくの方へころがってきた。足の裏で受け止めると、こわれたピンポン玉だった。Aがきょとんとした顔でぼくを見た。ぼくは急にAに親しみを覚えた。
ぼくたち AとB
ぼくたちは、お互いの顔と名前は知っているけど、今まで一度も話をしたことはなかった。
ぼくたちは、どちらからともなくブランコに乗って思い切りこいだ。ヨイショ、とか、ヤッホー、とか声をあげるほかは、ぼくたちは時々顔を見合わせて笑うだけだった。気のすむまでブランコをこぐと、ぼくたちはハアハア肩で息をしながらブランコに座った。初夏の夕暮れのやわらかな風がぼくたちを包んだ。
ぼくたちが話し合ったことは、家出するほどのことじゃないけど、家族にもう一度よく考えてもらいたいことがある、ということだった。お互いの事情は何も言わなかった。
そしてぼくたちはおもしろいことを、思いついた。互いに相手の家にカバンを届け、家の人に「事情は知らないが、彼は家に帰りたくないと言っている」と伝えて、もう一度この公園にもどってこよう。それからしばらく時間をつぶしてから、それぞれの家に帰って家族の変化を見よう、というものだ。
ききめがあるかどうか分からない。けれども、今まで名前も聞いたことのない友だちがカバンを届けてそう言えば、びっくりするだろう。
公園を出て、互いの家の道順を説明しあいながら歩いた。別れぎわに、十字路の交差点を渡りながら、「あっちの道を……」と言ってバックすると、急にぼくたちは両方から車のライトにはさまれた。
アッと思った瞬間、車はそれぞれ走りすぎて行った。ぼくたちはほっとして顔を見合わせ、不思議な心の結びつきを感じながら別れた。
ぼく Ab
ぼくはBに教えられた道を、すんなり間違わずに行けた。まるで今まで何度も通ったことのある道筋のような気がした。Bの家の前で十歳くらいの男の子が、ブロック塀を相手にひとりでキャッチボールをしていた。
「おい、ハルオ、そのグローブどうしたんだ」
ぼくは無意識にその子に声をかけた。ぼくは、なぜだか知っていた。その子がBの弟でハルオといい、Bの家にグローブがないことを。ハルオはふくれっ面を向けた。
「にいちゃん、遅いじゃないか。土曜日だってのにィ…」
そう、ぼくはいつのまにかBになっていたのだ。
「これ、おじさんのお土産。にいちゃんのもあるよ。はやくキャッチボールやろうよ。暗くなっちまうから」
おじ、おばへのあいさつもそこそこに、ぼくはハルオとキャッチボールをはじめた。おじ、おばも、母親もよく知った顔だった。暗くてボールが見えなくなるころ、父親が帰ってきていっしょに家に入った。
すぐに食事になり、いつもどおりのたわいない話で、あえて養子のことはさけているようだった。ハルオがやたらとぼくに甘えてくる。後で宿題をみてくれ、というのだ。父さんと母さんは、ケンカもするけど、ぼくたちがとても仲のいい兄弟であることを、おじ、おばにほのめかした。
ぼくは彼らから逃げる口実ができたと思い、ハルオをしかりながら、ていねいに算数を教えてやった。それからぼくも自分の勉強をした。ぼくはBのカバンの中にあるものも、授業がどこまで進んでいるかも、宿題も、するべき予習が何であるかまで知っていたのだった。
ドアをノックする音がした。返事をすると母さんが入ってきた。
「おじさんとおばさん、あしたの朝の新幹線で帰るそうよ。ひきとめたんだけど……」
見つめ合うと、生まれたときからぼくの母親のような気がしてきた。ぼくは何だかてれくさくなった。
「そうだ、友だちんとこ電話するの忘れてた」
と言って、ぼくは部屋をでた。ぼくは、ぼくの家に電話した。ぼくがBになりきっているように、Bもぼくになりきっているに違いない。
ぼく Ba
なぜだろう。Aの教えてくれた道順を思い出すまでもなく、足が自然にAの家にむいていく。すいこまれるようにAの家の玄関の中に入って行った。
「ただいまあ」
くつを脱ぎながら自然に口にでて、はっとした。
「おかえりなさい」
Aのおふくろさんの声だ。声のする方へどかどか歩いて行った。鏡台の前で化粧をしていた。センスのいい服を着て、髪もきれいにセットしている。鏡の中で、ぼくの顔もおふくろの顔に並んだ。ぼくは何と、Aの顔をしていた。けれどもそれがちっとも不思議に思わなかった。ぼくは鏡にうつったおふくろの顔に、にらみつけた。
「お夕飯、早く食べてちょうだい。かあさん出かけるから。九州のお友だちが、こっちに出てきたの。ちょっと会ってくるから」
おふくろはふり返らず、早口で言った。
ぼくは台所へ行き、Aがいつも座るいすに座った。すぐにおふくろも来た。
「おかず何?」
「時間がなかったから、焼きメシとみそ汁だけ。ごめんね」
ぼくは急に怒りがこみ上げてきた。
「何だよ。ベットリ化粧するヒマはあっても、メシ作るヒマはないのかよ。それにマズイんだよ。香水の匂いプンプンさせてりゃ、みそ汁の匂いが消えちまうだろォ」
ぼくはいすをけって立ち上がり、そのまま二階のAの部屋に入ってベットに横たわった。涙があふれ出た。ぼくは怒りの正体を知っていた。ぼくはAの悲しみを、Aになりきって悲しんだ。
どのくらい時間がたったろう。電話のベルの音がした。おふくろの応対の声が聞こえ、階段を上ってくる音がする。ドアを遠慮がちにノックした。
「電話よ」
ぼくがドアを開けると、化粧を落としたふだん着のおふくろが、ひっそり立っていた。ぼくは階段を駆け下り、階段の下からおふくろを見上げた。ぼくの心の中には、このおふくろに、さっきとはまるで違う、せつない感情が生まれた。
ぼくたち 2AB
次の日の日曜日、ぼくたちは公園で会った。なぜだかは分からないが、ぼくたちが入れ替わってしまったことを確認しあい、けれどもどうすることもできずに、それぞれの新しい家に帰って行った。
月曜日、ぼくたちは、当然のように新しいクラスの中に入っていき、授業を受け、友だちとおしゃべりした。
おもしろいことがあった。昼ごろ、警察から学校に問い合わせがあったそうだ。土曜日の夕方、例の公園のそばの交差点で、右折車と直進車の衝突事故があり、片方の運転手は意識不明だが、もう一人の運転手が言うには、横断中の中学か高校の男子生徒二人をまきこんだ、と。ところが現場にはそれらしい血こんさえ残っていないし、その二人を見たという人もいない。間違いだと思うが、念のため、付近の学校に該当する生徒がいないか聞き合わせている、というのだ。
これで分かった。ぼくたちは、あの時一度死んだんだ。体から魂が抜けだし、何かのひょうしに、また体にもどった。しかも、もどる体を間違えて。
ぼくたちの心、頭の中は急に広くなって、変な感じだ。なにせ二人分の過去、二人分の記憶があるのだから。けれども新しい環境になれるにしたがって、急速に以前の記憶が遠のいていく。魂が体になじんでいっているのだ。そのうち、完全に入れ替わってしまうだろう。
ぼくたちは学校の休み時間や電話で、お互いの近況を報告しあう。家を訪ねあうのは当分しない方がいい、ということになった。過去の情が薄れてしまった後でなければ、家族に感づかれる危険があるからだ。
先生や友だち、家族さえ、ぼくたちの変化を全くあやしむ様子がない。ただ一つ、クラスもクラブも家の方向も違うぼくたちが、急に仲良くなったこと以外は。
ぼくたちは今、ぼくたちの変化を静かに楽しんでいる。
(『文化高松』6号 1984年3月発行)